なぜクマは人里へ向かうのか?異常出没の裏にある“変化”を追った1年半
人の暮らしに深く入り込むクマの姿が、2025年は過去にない深刻さを見せています。市街地の中心や建物の中にまで入り込み、死傷者は全国で230人。なぜここまで“異常事態”が広がってしまったのか。今回の追跡調査では、クマの行動、山の環境の変化、そして地域社会の弱点が複雑に絡み合いながら進んでいる現実が浮かび上がりました。クマの動きと人の暮らしがどう交わり、どこで歪みが生まれているのかを見つめることが、この問題を考える第一歩になるはずです。
NHK【クローズアップ現代】緊急検証“過去最悪”のクマ被害 ガバメントハンター・秋田2000件目撃・豊作凶作サイクルの真実|2025年11月19日
クマが市街地に姿を現す“理由”が変わってきている
追跡調査が行われた鹿角市では、野生のツキノワグマ5頭にGPSを装着し、24時間の行動を記録してきました。夏のクマは食べ物が少ないため、本来ならエネルギーを節約して動きを控えます。しかし、調査の最中にクマの行動に異変が起こりました。
7月13日から3日間ほとんど動かなかった個体が、ある時から突然動き始め、市街地近くの“人が植えたスモモの木”を繰り返し訪れるようになったのです。
東京農業大学 山崎教授は「クマは食べ物の場所を覚えると、そこを足がかりに次の探索を始める」と指摘していました。
別の個体はソバ畑に入り、ソバの花を食べていました。人の生活圏にある食べ物が“安全で確実な栄養源”として学習されてしまう。その積み重ねが、クマをどんどん大胆にしていることが確認されました。
大きく動き出した2025年の山 そこで起きていたこと
2025年の秋、クマたちにふたたび大きな異変が起きます。
鹿角市では住民の目撃情報が急増。追跡していたクマの多くが、人里から山奥へ移動を始めました。ブナやミズナラが実り始める季節に向けた動きと考えられましたが、今年は東北のブナが『大凶作』。山に期待した食べ物がほとんどなかったのです。
そのため、クマたちの行動は大きく分かれました。
・早々に進路を変え、市街地へ引き返した個体
・逆に奥山へさらに入り込み、広く山を使い続けた個体
山に食べ物がないと判断したクマは、迷うことなく人の生活圏に戻っていきました。
秋田市で“災害級”の事態に広がった現実
2025年秋。秋田市では市街地の中心部までクマが相次いで出没し、人出はコロナ禍並みに落ち込みました。
店舗は自動ドアを手動に切り替え、被害に備える形に。
10月の被害者は全国で89人。被害者の多くが顔に重い傷を負い、地域に深い恐怖が広がりました。
家族が襲われた池田さんは「残忍で言葉では表せない。あそこまでやるものかと思った」と語り、被害直後、秋田市や猟友会が捜索に動きましたが、クマを捕まえることはできませんでした。
その周辺では、放置された畑や空き家付近で相次いで目撃がありました。この地域は60年で人口が6分の1に減り、人の手が入らなくなった土地が増えています。そこがクマの通り道になっていたのです。
廃屋が“クマのエサ場”に変わっていた
追跡したクマのGPS情報を重ねると、いくつもの廃屋が浮かび上がりました。近くの山に木の実があるにもかかわらず、クマは廃屋に残ったクリを食べていました。
東京農工大学 小池教授は
「人が撤退した場所が、クマにとって自由に入れる空間になってきている」
と語ります。
さらに、兵庫県立大学 横山教授の研究で、メスのクマは若い個体も高齢個体も高い繁殖能力を持ち、個体数は放置すれば“毎年15%増加”する可能性が示されました。
この増加の背景には、『ブナの豊作サイクルの変化』もありました。
秋田県 林業研究研修センター 和田さんによれば、2013年以降、豊作の年が増え、子を産めるクマが増加。その翌年は凶作になり、人里への出没が増えるという連鎖が生まれていることがわかっています。
人に寄るクマをどう止めるか?自治体の限界が見えた
鹿角市 青山さんは、クマを引き寄せる果樹の伐採を2年間続け、1000本以上を伐採。一定の効果はありましたが、新しい出没地域が出てしまいました。
北側の地区に残された大きなクリの木は、持ち主が不明で伐採できず、市としても費用の負担は厳しい状況でした。「この規模だと個人では無理、市だけでもお金が持たない」と青山さんは語っていました。
アメリカには“クマ対策の専門職員”がいるという現実
対策の差も浮き彫りになりました。
アメリカ・モンタナ州には『ベア・スペシャリスト』と呼ばれるクマ対策専門職が存在し、州の職員として対策から駆除、生態調査まで一貫して担当します。前任者は37年も続けていました。
通報があったレストランでは、ジャスティーンさんが電気マットを設置し、クマの侵入を防止。費用も州の予算で賄われていました。
日本ではこうした専門人材は極めて少なく、持続して担当する職員もほとんどいません。
一方、酪農学園大学 佐藤教授の研究室では、学生たちがフィールドで技術を学び、未来の人材育成が進められています。
“山を見切って戻らない”クマもいた 調査が示した新しい姿
11月、雄和萱ケ沢では自衛隊がドローンで捜索に加わりましたが、池田さんの姉を襲ったクマの姿は確認できませんでした。
しかし、ここでも重要な発見がありました。
ソバ畑で花を食べていた個体は、夏に山中を広く動き続け、秋になっても人里へ降りてこなかったのです。
山崎教授は「農地に依存していると思ったが違っていた。ある時期にきっぱり見切って山の生活に戻った。山と集落を広く使いながら生きるクマがいることは大きな発見」と語りました。
クマの行動は一様ではなく、人に依存する個体もいれば、自然のリズムに合わせて生きる個体もいる。その違いを理解することこそ、人とクマの関係を考える基盤になると感じた瞬間でした。
まとめ
2025年のクマ異常出没は、単に“クマが増えた”だけの問題ではありません。
山の実りの変化、人口減少による放置地の拡大、人の生活圏の食べ物の影響、繁殖サイクルの変化。複数の要因が重なり、クマを人の暮らしへと押し出す形になっていました。
クマの姿が見える場所は、私たちの社会の“変化の跡”でもあります。
問題の背景を知ることで、これからの対策への視点も大きく変わるはずです。
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