東日本大震災から15年。双葉町という町はどんな場所なのか
番組のテーマになっているのは、東日本大震災から15年を迎えた福島県双葉町の「いま」です。
双葉町は、福島県沿岸部の「浜通り」と呼ばれる地域にある小さな町です。
福島第一原子力発電所の敷地は、双葉町と大熊町にまたがっていて、町の顔ともいえる存在でした。
海に面したこの一帯は、以前は製造業や農業、漁業など、さまざまな仕事を支える地域でした。
太平洋側の温暖な気候で、稲作や野菜づくりも盛んだったエリアです。
番組では、伊藤海彦キャスターが、この町の「震災前」と「震災後」、そして「今」をつなぐ視点で現地を取材します。
原発事故で“人口ゼロ”になった双葉町に何が起きたのか
2011年3月、巨大地震と津波、そして福島第一原発事故が連続して起きました。
その結果、双葉町全域に避難指示が出され、住民は町外への避難を余儀なくされました。
一時期、双葉町の「居住人口」は統計上ほぼゼロ。
住民は国内外のさまざまな自治体に散らばり、ふるさとに戻ることができない時間が長く続きました。
国は、原発事故による汚染状況に応じて「帰還困難区域」「居住制限区域」などの避難指示区域を設定しました。
双葉町はその中でも、最も厳しい「帰還困難区域」が町の広範囲を占めていた自治体のひとつです。
番組では、この「人口ゼロ」の期間に何が起きていたのか、
地図や当時の映像を使いながら、今あらためて振り返るパートが用意されていると考えられます。
避難指示解除から約3年、約200人が暮らす町の現在
状況が大きく動いたのは、震災から10年を超えたころでした。
2022年夏、双葉町の一部で避難指示が解除され、長い間人が住めなかった町に、ようやく帰還への道が開けました。
その後、町の中心部などでは除染やインフラ整備が進み、
2026年時点では、およそ200人ほどが双葉町で生活するようになっています。
数字だけ見ると、とても小さな人口です。
しかし番組の視点は、「たった200人の町」ではなく、
「200人からもう一度始める町」というポジティブな方向にも向けられていきます。
帰還した人の中には、
・かつての自宅の近くに戻り、静かに暮らし始めた高齢者
・仕事の都合から、町と別の地域を行き来している現役世代
・新しい事業にチャレンジしようと移住してきた人
など、さまざまな立場の人たちがいます。
番組では、そうした一人ひとりの「小さな日常」にカメラが寄り添い、
統計データだけでは見えてこない双葉町の今を伝えていきます。
双葉町駅周辺で少しずつ戻り始めた「ふつうの風景」
双葉町の象徴のひとつが、JR双葉駅周辺です。
かつては通学や通勤で人の行き来があり、駅前には商店も並んでいました。
避難指示解除後、このエリアから少しずつ再開が進みました。
新しい公共施設や商業施設がオープンし、道路や歩道も整備され、
町を訪れた人がまず立ち寄る「玄関口」としての顔を取り戻しつつあります。
番組のロケでも、伊藤キャスターが駅前を歩き、
・新しく整備された建物
・震災前から形を変えながら残っている場所
・まだ空き地のままのスペース
といった「混ざり合った風景」を、自分の言葉で伝えていきます。
ここで大切なのは、すべてが元通りになったわけではない、という現実です。
にぎわいと静けさが同時に存在する駅前の景色は、
復興の「途中経過」を象徴する場所でもあります。
帰還困難区域と特定復興再生拠点区域、双葉町で何が進んでいるのか
今の双葉町を理解する上で、欠かせないキーワードが
帰還困難区域と特定復興再生拠点区域です。
帰還困難区域は、放射線量が高く、長期間の居住が難しいとされたエリアです。
一方、特定復興再生拠点区域は、その中でも集中的に除染やインフラ整備を行い、
将来的に居住を可能にしていくための区域として定められています。
福島県内では、2024年までに、富岡町や大熊町、双葉町など6つの町村で、
特定復興再生拠点区域の避難指示が解除されています。
さらに2025年以降は、「特定帰還居住区域」という仕組みが加わり、
拠点区域の外側でも、徐々に居住を認めていく動きが始まっています。
番組では、地図や図解を使いながら、
「どこまでが帰れる場所なのか」
「どこがまだ立ち入りに制限があるのか」
を視聴者にも分かりやすく説明していきます。
専門用語が多くなりがちなテーマですが、
ニュースーンらしく、日常の言葉でかみ砕くことが期待できます。
仕事・学校・医療はどうなっている?暮らしのインフラの今
町に人が戻るには、住まいだけではなく、
仕事・学校・医療などの「生活インフラ」が欠かせません。
双葉郡全体を見ても、震災後は、人口減少と産業基盤の弱体化が大きな課題になってきました。
しかし近年、
・製造業やエネルギー関連の新たな企業進出
・医療・教育機関の再開や機能強化
・移住支援や起業支援の制度
など、さまざまな取り組みが重ねられています。
双葉町単体で見ると、
町内だけで完結するインフラはまだ十分とは言えません。
通院や買い物、通学の多くは、周辺自治体との行き来を前提にした暮らしになっています。
番組では、
・町内でどんな仕事が生まれつつあるのか
・子どもたちはどこへ通っているのか
・高齢者が安心して暮らすために、どんな支えがあるのか
といった点を、住民や自治体職員の声とともに紹介していくはずです。
「住めるようになった」から「住み続けられる」へ。
この視点で双葉町の今を見せてくれるところが、
今回の特集の大きなポイントです。
残る課題、廃炉と除染土という“見えない背景”
双葉町の風景を語る時、忘れてはいけないのが、
福島第一原発の廃炉作業と、除染で出た土の問題です。
廃炉は数十年単位の長いプロジェクトで、
燃料デブリの取り出しや汚染水対策など、
今も難しい課題が山積しています。
除染で集められた土は、中間貯蔵施設などに運び込まれていますが、
最終的な処分の行き先や方法については、
全国的な議論が続いている状況です。
これらは、日常の景色からは見えにくいテーマです。
しかし、双葉町で暮らす人たちの「将来への安心感」に直結する、重い背景でもあります。
番組では、廃炉や除染土の話題を専門的に掘り下げるというより、
・町で暮らす人が、これらをどう受け止めているのか
・不安と折り合いをつけながら、どんな毎日を送っているのか
という生活者の目線から、この課題に触れていくと考えられます。
伊藤海彦キャスターが見つめる「これからの双葉町」
今回の特集の案内役は、伊藤海彦キャスターです。
ニュースーンは、ニュース解説だけでなく、
現場で人の声をじっくり聞く取材を大事にしてきた番組です。
伊藤キャスターは、
・行政の計画や数字としての「復興」
・住民が口にする「心の復興」
この両方のズレや重なりを、
落ち着いた語り口で伝えていきます。
震災から15年というタイミングは、
「振り返り」と「未来への問いかけ」が交差する節目でもあります。
映像の中で伊藤キャスターが立つ場所、
そこで交わされる何気ない会話や表情は、
双葉町の今だけでなく、
これから日本各地が直面していく「人口減少社会」や「地域のかたち」にもつながる問いを投げかけてくれます。
私たちが双葉町と向き合うためにできること
最後に番組は、双葉町を「遠い被災地」ではなく、
「これからの日本を考えるための、ひとつの鏡」として見つめる視点を提示してくれます。
インターネットで地図を開いてみる。
町の公式サイトや移住情報、復興計画に目を通してみる。
実際に足を運べなくても、
今の双葉町がどんな場所なのかを知ろうとする行動は、
震災の記憶を未来につなぐ、静かな一歩になります。
そして何より大切なのは、
「被災地の話」として聞き流すのではなく、
自分の住む地域のこととして、
災害やエネルギー、人口減少の問題を考えてみることです。
東日本大震災から15年。
ニュースーンのこの特集は、
双葉町の「いま」を通して、
私たち自身の「これから」を問い直す時間になるはずです。
静かだけれど、深く胸に残る47分になると思います。
NHK【あさイチ】ゆず 震災伝承ソング「幾重」に込めた思い|“幾重”の意味と佐藤敏郎さんの言葉、福島・双葉町で見えた15年の今 2026年2月9日
気になるNHKをもっと見る
購読すると最新の投稿がメールで送信されます。


コメント