海辺の銭湯に灯る、珠洲のあたたかな時間
このページでは『ドキュメント72時間 奥能登・珠洲 海辺の銭湯(2026年2月6日)』の内容を分かりやすくまとめています。
倒壊した家の木材を燃やし、地下水をくみ上げて湯を守る 奥能登・珠洲 の海沿いの銭湯。ここに集まるのは、地元の人、ボランティア、解体工事で働く人たち。
湯気の向こうで交わされる言葉や笑顔は、傷ついた日常を少しずつつなぎ直していく力を持っています。
人が寄り添い、また戻ってくる――そんな珠洲の“よりどころ”の物語です。
奥能登・珠洲の海辺に立つ銭湯「海浜あみだ湯」とは

(画像元:海浜あみだ湯)
ドキュメント72時間「奥能登・珠洲 海辺の銭湯」の舞台になっているのは、石川県珠洲市野々江町の海沿いに建つ公衆浴場 海浜あみだ湯 です。海のすぐそばにあり、浴場から日本海を望むことができる「海が見える銭湯」として知られています。
もともとあみだ湯は、珠洲市役所の裏山に湧いた鉱泉を源泉として始まり、その後1988年に現在の海岸沿いの場所へ移転し、今の 奥能登・珠洲 を代表する町の銭湯になりました。長く地元の人に愛されてきた場所で、世代を超えて利用されてきた歴史があります。
館内には広い浴槽やジャグジー、サウナ、水風呂、外気浴スペースなどが整い、湯上がりにはくつろげる休憩スペースも用意されています。湯上がりにアイスや飲み物を楽しめる昔ながらのコーナーもあり、番組でも「番台前はまるでリビングのよう」と語られるように、銭湯というより一つの大きな居間のような空気が漂っています。
珠洲市 の住民にとって、ここはただの入浴施設ではありません。家族連れ、高齢者、仕事帰りの人、そして遠方から訪れた ボランティア や 解体工事 関係者まで、立場の違う人たちが自然に混ざり合い、近況を語り合う「地域のリビング」として機能しています。番組では、その3日間に訪れた人々の声を通じて、この銭湯がどれほど大きな役割を担っているかが浮かび上がります。
能登半島地震後、地下水と薪ボイラーでいち早く湯を届けた理由
2024年の 能登半島地震 では、珠洲市一帯で断水が長く続きました。その中で、地震からわずか約1週間後に営業を再開し、人々を驚かせたのが 海浜あみだ湯 です。
その最大の理由は、この銭湯のインフラが「地下水」と「薪ボイラー」に支えられていることです。あみだ湯では、地下からくみ上げた水を使い、ボイラーで地元の木材を燃やしてお湯を沸かしています。生活を終えた民家や事業所の廃材、解体で出た柱や床板などが燃料となり、お湯を温める炎へと生まれ変わります。番組でも、倒壊した家屋の木材が焚き付けとしてボイラー室に積まれ、湯気になって立ち上る様子が描かれます。
自治体の無料入浴支援や補填制度も後押しとなり、地元住民は入浴料を支払わずに利用できる体制が整えられました。珠洲市 や石川県が行った支援によって、「被災地でお風呂に入る」というハードルが下がり、多くの人がここに集まるようになります。
番組の取材時点でも、あみだ湯は「まちを葬(とむら)い、悲しみに寄り添うアートプロジェクト『kari(sou)』」の拠点としても機能していました。解体現場から運び込まれる木材は、単なる燃料ではなく、かつて人が暮らしていた家の記憶そのものです。それをお湯に変え、来訪者の体を温めることは、「まちの記憶を燃やして、次の暮らしへとつなぐ行為」として位置づけられています。
こうした背景を知ると、番組で映し出される薪くべのシーンやボイラー室の風景が、単なる裏方仕事ではなく、奥能登・珠洲 の復興を支える大切な営みに見えてきます。
無料開放された1月10日 常連と被災者が交わる日常
番組の撮影は1月10日から始まります。震災後、海浜あみだ湯 は 珠洲市 の人たちに対し、入浴料無料で大きな湯船を開放しました。この日も、仮設住宅から通う人、仕事帰りに立ち寄る人、かつての常連、家族連れなど、さまざまな人が出入りします。
仮設住宅で暮らす人にとって、ここは「自宅では得られない大きな湯船」と「誰かと顔を合わせて話せる場所」がセットで手に入る貴重な空間です。番組では、風呂上がりにアイスをかじりながら他愛もない話をする男性や、子どもと一緒に湯上がりを楽しむ家族の姿が印象的に映ります。
また、製塩業を営む男性も登場します。塩づくりの現場は海に近く、地震や津波で大きな影響を受けました。それでも仕事を続ける彼にとって、ここは一日の疲れを落とし、同業者や地元の仲間と情報交換をする「仕事場の延長」のような場所になっています。
市役所職員の家族もやってきます。災害対応で忙しい日々の中、家族で一緒に湯船につかれる時間は貴重です。番台の前では、仕事帰りの職員と常連さんが、復旧の進み具合や最近のニュースを交えながら会話を交わします。
夜になると、解体業の男性が訪れます。昼間は家屋の解体現場で、時に住民の思い出が詰まった家を壊す仕事を続けている彼にとって、ここでの一風呂は心身を切り替える大事な時間です。倒壊した家の木材を自ら運び込み、それがボイラーで燃やされて湯になっていく。番組を通して、その循環の中にいる人の複雑な思いがにじみ出てきます。
こうして1月10日は、被災地の現実を背負った人たちが、一つの湯船で肩を並べる姿を通して、銭湯 が「同じ時間を共有する場」として機能していることを強く印象付けます。
1月11日 火を守る地元スタッフと高校生・ボランティアの物語
翌日の1月11日、朝早くから銭湯にやってくる男性がいます。彼は震災前の常連客でしたが、今はボイラーの火を守るアルバイトとして、毎朝の「火おこし」を任されています。まだ暗い時間に一人で薪をくべ、湯を沸かし始める姿は、この町の一日を静かにスタートさせる合図です。
この日、番組は元漁師の男性にも密着します。海と生きてきた彼は、漁業の再開が見通せない中でも、海浜あみだ湯 に通うことで仲間と顔を合わせ、漁の様子や今後の暮らしについて語り合います。湯船で交わされる何気ない会話が、孤立しがちな被災者同士をつなぎとめていることが伝わってきます。
準備スタッフの多くは、自らも被災した地元の人たちです。自宅が半壊・全壊した人、家族が避難生活を送る人もいます。それでもここで働く理由は、「自分もつらいけれど、誰かの役に立てる場所が欲しかったから」というシンプルで強い思いです。番台で笑顔を絶やさず、湯加減を気にしながら客を迎える姿には、奥能登・珠洲 の底力がにじみます。
午後になると、毎日のように通う常連客が増えてきます。その中には、受験を控えた高校3年生の姿もあります。彼は銭湯の休憩スペースで課題を広げ、勉強の合間に湯へ浸かります。家では落ち着かない状況でも、ここなら「人の気配を感じながら集中できる」と語ります。
さらに、この日は遠方から訪れた ボランティア も加わります。瓦礫撤去や物資配布など現場で活動した一日の終わりに、あみだ湯で汗と疲れを流す。湯船の中で地元の人と並び、「今日はどこで作業していたの?」と声をかけられる。短期間の滞在でも、ここで交わす会話が、被災地との距離を一気に縮めていきます。
1月12日 炊き出しとプレハブ暮らし 駐車場に生まれた大きな食卓
1月12日。番組のカメラは、前日に出会った元漁師の男性のその後を追いかけます。彼が再び銭湯を訪れ、湯に浸かりながら今の生活や将来への不安を語る姿は、震災から1年が経ってもなお続く現実を静かに伝えます。
この日、海浜あみだ湯 の駐車場には人だかりができていました。そこでは、全国から集まった ボランティア による炊き出しが行われています。温かい汁物やご飯、おかずがずらりと並び、子どもから高齢者まで列をつくって順番を待ちます。湯上がりの赤い頬で、屋外のテーブルを囲みながら食事を楽しむ姿は、まさに「野外の大きな食卓」です。
炊き出しの列には、プレハブ住宅で暮らす夫婦の姿もあります。自宅を失い、仮の住まいで生活する彼らにとって、あみだ湯は「お風呂」と「人付き合い」を同時に取り戻せる場所です。番組では、プレハブでの生活の苦労や、それでも前を向こうとする気持ちが、素直な言葉で語られます。
解体業の男性も再び登場します。昼間は家を壊し、夜はその家の木材で沸かした湯に浸かる――この循環は、一見すると皮肉にも見えますが、彼にとっては「壊して終わり」ではなく、「その家の最後の役目を見届ける」行為でもあります。炊き出しの鍋を囲む場面では、彼が地元の人やボランティアと肩を並べ、笑い合いながら食事をしている様子が印象的です。
営業終了後、スタッフや常連、ボランティアが集まり、大きな鍋を囲むシーンでこの日の取材は締めくくられます。湯気の立つ鍋を中心に、仕事や住まいもバラバラな人たちが輪になって座る様子は、銭湯 がもはや「風呂屋」という枠を超え、地域のコミュニティセンター、そして小さな家族のような場になっていることを物語っています。
1月13日 神奈川から通い続けた女性と、珠洲に根を下ろす決意
取材最終日の1月13日、番台には見慣れない女性の姿が立っています。彼女は神奈川県から毎月のように 海浜あみだ湯 を訪れ、1年近く通い続けてきた人です。通い始めたきっかけは、被災地を支えたいという思いでしたが、通ううちに、あみだ湯の空気、人の温かさ、そして 珠洲市 の暮らしそのものに惹かれていきました。
番組が取材したこの日、彼女はとうとう住民票を神奈川から珠洲へ移したことを明かします。観光客でもボランティアでもなく、「珠洲に暮らす一人の住民」として、この町に根を下ろす決意をしたのです。番台に立つ彼女は、地元のお客さんにタオルを渡し、常連さんと軽口を交わしながら、すっかりこの銭湯の一員になっています。
このエピソードは、ドキュメント72時間 が描く物語の核心部分です。被災地に「支援しに来た人」が、やがて「この町で生きる人」へと変わっていく。その変化を支えたのが、毎回の滞在で必ず立ち寄ったこの銭湯であり、そこで出会った人々でした。
最後に番組は、初日に登場した男性を再び訪ねます。震災から1年、そして取材の4日間を通じて、彼の言葉や表情にも変化が見えてきます。「またここで会おう」という一言には、この先も 海辺の銭湯 を拠点に生きていく覚悟がにじみます。
2026年の今も、奥能登・珠洲 の復興は道半ばですが、海浜あみだ湯 には相変わらず多くの人が通い続けています。地下水と薪ボイラーで湯を守り、地元住民の無料入浴支援やボランティアの受け入れを続けるこの銭湯は、「ただいまとおかえりを温める場所」として、これからも珠洲の暮らしを支えていきます。
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