40歳の春に始まった“人生の再スタート”
12浪の末に早稲田大学へ進学し、40歳で初めて社会人になった石黒さんの歩みが大きな注目を集めています。『ザ・ノンフィクション 橋田賞受賞記念 特別編 12浪の早大生 40歳の春(2026年5月24日)』でも取り上げられ注目されています 。
多くの人が気になったのは、「なぜそこまで遠回りしたのか」だけではありません。40歳からでも人生はやり直せるのか、年齢の壁がある就職活動の現実、地方企業との出会い、年下の同期と働く難しさなど、今の社会だからこそ刺さるテーマが詰まっています。
この記事では、石黒さんの人生を通して見えてきた「遅れて始まる人生」のリアルを、背景まで含めて詳しく整理していきます。
この記事でわかること
・12浪と長い大学生活の背景
・40歳目前の就職活動で直面した現実
・島根で始まった新社会人生活の中身
・年下の同期や先輩と働く時代の変化
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12浪の末に早稲田大学へ進んだ石黒さんの歩み
石黒さんの歩みが強く心に残るのは、単に「12浪して早稲田大学に入った人」だからではありません。多くの人がどこかで区切りをつける受験に、石黒さんは12年という長い時間をかけました。30歳で早稲田大学に入学し、その後も留年や休学を重ねながら、大学生活はおよそ10年に及びました。つまり、石黒さんの人生は「合格したら終わり」ではなく、合格後もなお、自分の居場所や進む道を探し続ける時間だったのです。
12浪という言葉だけを見ると、「なぜそこまで続けたのか」と感じる人も多いはずです。背景には、学歴への強いこだわり、家族との関係、自分を認めたい気持ち、そして一度決めた道を引き返せなくなる苦しさが重なっていました。
受験は本来、未来へ進むための手段です。しかし、長く続けるほど、いつの間にか「合格すること」そのものが人生の目的のようになってしまうことがあります。石黒さんの場合も、早稲田大学への合格は大きな達成である一方、その後に「では、自分は何をして生きるのか」という次の問いが待っていました。
ここが、この人生が多くの人に刺さる理由です。
人は誰でも、何かにこだわりすぎて動けなくなることがあります。受験でなくても、仕事、資格、夢、家族からの期待、過去の失敗など、「ここまで来たからやめられない」と感じる場面はあります。石黒さんの歩みは、特別な人の話でありながら、実は多くの人の中にもある引き返せなさを映しているのです。
そしてもう一つ大切なのは、12浪や長い大学生活を「失敗」とだけ決めつけられない点です。たしかに遠回りではあります。けれど、その時間の中でしか見えなかったこともあります。年齢を重ねたからこそ、自分の弱さ、家族への思い、社会に出る怖さ、自分を説明する難しさに向き合うことになりました。
遠回りは、効率だけで見れば不利です。けれど人生は、効率だけでは測れません。石黒さんの歩みは、遅れても人生は続くということを、きれいごとではなく現実の重さごと見せているのです。
40歳目前で始まった就職活動と年齢の壁
石黒さんが本格的に就職活動へ向き合ったとき、そこにあったのは「新卒」という言葉の明るさだけではありませんでした。年齢はすでに38歳から39歳。一般的な新卒採用では、大学卒業予定の20代前半の学生が中心です。その中に、40歳目前の学生が入っていくことは、かなり大きな壁になります。
特に厳しかったのは、書類選考の段階です。履歴書やエントリーシートでは、学歴や年齢、卒業までの年数が数字としてはっきり見えます。本人がどれだけ真剣でも、企業側が「なぜここまで時間がかかったのか」「入社後に周囲となじめるのか」「長く働けるのか」と考えるのは自然なことです。石黒さんは、面接に進む前の段階で苦戦し続けました。
この話が注目されるのは、日本の就職活動がまだまだ年齢と経歴の空白に厳しいからです。
本来、働く力は年齢だけでは決まりません。人柄、学ぶ姿勢、継続力、責任感、コミュニケーション力など、見るべき点はいくつもあります。しかし、採用の現場では、短い時間で多くの応募者を比べる必要があります。そのため、どうしても「標準的な経歴」から外れた人は説明を求められやすくなります。
石黒さんがぶつかったのは、本人だけの問題ではありません。
たとえば、次のような人も似た悩みを抱えます。
・浪人や留年が長い人
・休学や中退を経験した人
・病気や家庭の事情で空白期間がある人
・夢を追ったあとに就職へ戻る人
・中年以降に未経験職へ挑戦する人
こうした人たちは、「普通の道」から外れた理由を、自分の言葉で説明しなければなりません。ところが、それが一番難しいのです。過去に傷ついている人ほど、自分の経験を前向きに語れません。「失敗ばかりだった自分に何が言えるのか」と考えてしまうからです。
石黒さんも、自己PRを書くことに苦しみました。これはとてもリアルです。自己PRは、自信満々の人だけが書けるものではありません。むしろ、自分の弱さや失敗を見つめ直し、それでも働きたい理由を言葉にしていく作業です。
つまり、石黒さんの就職活動は、単なる内定探しではありませんでした。
それは、自分の過去をどう受け止め直すかという作業でもありました。12浪も、長い大学生活も、空白のように見える時間も、ただ隠すものではなく、「そこから何を学んだのか」を言葉に変える必要があったのです。
ここに、40歳目前の就職活動の本当の難しさがあります。年齢の壁とは、数字の問題だけではありません。社会に説明する前に、まず自分自身が自分の人生を受け止めなければならない。それが何より苦しいのです。
島根のモルツウェルでつかんだ内定と新天地での出発
石黒さんの人生が大きく動いたのは、地方企業との出会いでした。東京での就職活動では年齢の壁に阻まれ、書類選考で落ち続ける日々がありました。そんな中、地方企業との交流の場で声をかけられたことが、島根へ向かうきっかけになります。
就職先となった島根のモルツウェルは、高齢者向けの食品製造販売に関わる会社です。ここで大切なのは、石黒さんが「有名大学卒だから簡単に内定を得た」のではないということです。むしろ、早稲田大学という学歴があっても、年齢や長い学生生活の説明が必要で、就職活動は厳しいものでした。
では、なぜ地方企業との出会いが突破口になったのでしょうか。
理由の一つは、地方企業では都市部の大企業とは違い、採用の見方が少し変わる場合があるからです。もちろん地方企業でも能力や適性は見られます。しかし、大企業のように大量の応募者を同じ基準でふるいにかけるだけではなく、「この人はうちの会社でどう育つか」「地域に合うか」「人柄はどうか」といった部分を丁寧に見る余地が生まれやすいことがあります。
石黒さんにとって島根への就職は、単なる勤務地の変更ではありません。
東京で長く学生として過ごしてきた人生から、まったく縁のなかった土地で社会人になるという大きな転換です。知らない土地、知らない会社、知らない人間関係。そこには期待もありますが、不安のほうが大きくても不思議ではありません。
しかも、40歳での新社会人です。普通なら、40歳は職場で中堅や管理職に近づく年齢です。その年齢で「新人」としてゼロから始めることには、かなりの勇気が必要です。
ここで見えてくるのは、地方就職の新しい意味です。
地方は、ただ「都会でうまくいかなかった人が行く場所」ではありません。人手不足、地域の高齢化、生活産業の担い手不足など、多くの課題を抱えながらも、新しい人を受け入れる余地があります。特に高齢者向け食品のような仕事は、これからの社会にとってますます重要になります。食事は、ただお腹を満たすものではなく、高齢者の健康や生活の安心にも関わるからです。
石黒さんが選んだ道は、派手な成功物語ではありません。
けれど、だからこそ価値があります。都会の有名企業に入ることだけが成功ではない。自分を必要としてくれる場所で、毎日働き、生活を作っていくことも立派な人生の一歩です。
『ザ・ノンフィクション 橋田賞受賞記念 特別編 12浪の早大生 40歳の春』が描くのも、まさにその「華やかではないけれど、確かに人生が動き出す瞬間」です。
18歳の同期と20代の先輩に囲まれた40歳新入社員の現実
石黒さんの社会人生活で特に印象的なのは、同期との年齢差です。同期入社の女性たちは、学校を卒業したばかりの18歳。石黒さんとは親子ほど年齢が離れています。さらに、仕事を教えてくれる先輩は20代。つまり、年齢だけで見れば自分よりかなり若い人たちから、仕事を一つずつ教わる立場になります。
これは簡単なことではありません。
40歳になると、多くの人は「年上として見られたい」「若い人に教えられるのは恥ずかしい」と感じやすくなります。自分のほうが長く生きているのに、仕事では新人。人生経験はあるのに、会社の仕事では何も知らない。このギャップは、本人にも周囲にも戸惑いを生みます。
一方で、18歳の同期たちにとっても、石黒さんは不思議な存在だったはずです。同じ新人なのに、年齢は親世代に近い。どう接していいのか、敬語をどこまで使うのか、仲間として話してよいのか。お互いに距離感を探りながらのスタートになります。
ここで大事なのは、年齢差そのものが問題なのではなく、同じ場所で学ぶ姿勢を持てるかです。
40歳の新人が職場でうまくやっていくには、年下の先輩に対して素直に教わる力が必要です。これはプライドを捨てるという意味ではありません。自分の人生経験を持ちながらも、仕事では初心者であることを認める力です。
反対に、若い先輩や同期にも大切なことがあります。それは、年齢だけで相手を決めつけないことです。「40歳だからできて当然」「年上だから話しにくい」と考えるのではなく、同じ職場で働く仲間として見ることが必要になります。
この構図は、これからの社会でますます増えるかもしれません。
転職、再就職、学び直し、定年後の再雇用、副業からの転身など、年齢と役割が一致しない働き方は広がっています。年上の新人、年下の上司、未経験の中年社員という組み合わせは、もう珍しいものではなくなっていく可能性があります。
石黒さんの姿は、その先取りにも見えます。
年齢で上下を決める職場ではなく、役割と経験に応じて学び合う職場。その中で、40歳の新人がどう自分の場所を作っていくのかは、多くの人にとって他人事ではありません。
特に大切なのは、年齢を言い訳にしないことです。
「もう40歳だから無理」と考えると、何も始められません。けれど「40歳だからこそ、ここから学ぶ」と考えれば、遅いスタートにも意味が生まれます。石黒さんの社会人生活は、年齢差の気まずさを抱えながらも、そこから人間関係を作っていく物語でもあるのです。
家具も布団もない部屋から始まるゼロからの一人暮らし
新天地での生活は、仕事だけではありません。石黒さんの場合、一人暮らしの部屋には家具も布団も十分にそろっていない状態から始まりました。これは、まさにゼロからの生活です。
社会人になるということは、会社に行くだけではありません。朝起きる、食事をする、洗濯をする、部屋を整える、必要なものを買う、お金を管理する、体調を守る。こうした毎日の生活があって、初めて仕事を続けることができます。
長く学生生活を送ってきた人にとって、ここは大きな変化です。学生時代は、授業や試験、卒業という目標が中心にあります。しかし社会人になると、毎日同じ時間に起きて、決められた場所へ行き、任された役割をこなし、また次の日に備える生活が続きます。
それは地味ですが、とても大切です。
家具や布団がない部屋は、石黒さんの状態を象徴しています。まだ生活の土台ができていない。けれど、そこから一つずつそろえていくしかない。部屋作りは、人生の立て直しにも似ています。
この場面が心に残るのは、社会人としての出発が、きれいに整ったスタートではないからです。
多くの人は、新しい人生を始めるとき、完璧な準備ができているわけではありません。お金が足りない、部屋が整っていない、人間関係が不安、仕事についていけるかわからない。それでも朝は来ます。出社の日は来ます。生活は待ってくれません。
だからこそ、ゼロからの一人暮らしにはリアルな重みがあります。
一人暮らしで大切なのは、豪華な家具をそろえることではありません。まずは眠れる場所を作り、食べる環境を整え、清潔に暮らし、仕事へ行ける状態を保つことです。つまり、社会人生活の最初の課題は「成果を出すこと」以前に、生活を崩さないことなのです。
石黒さんのように大きな遠回りをしてきた人ほど、生活のリズム作りは重要になります。急に環境が変わると、心も体も疲れます。知らない土地で孤独を感じることもあります。そんな中で、部屋を整え、食事をとり、明日の準備をすることは、自分を支える小さな土台になります。
この「生活を作る」という部分は、見落とされがちです。
就職というと、内定や入社式に注目が集まります。でも本当に大変なのは、その後です。毎日働き続けるには、仕事以外の時間をどう過ごすかがとても大きい。石黒さんの部屋の様子は、社会人としての現実が、会社の外にも広がっていることを教えてくれます。
遠回りした人生が社会人1年目で見つけた景色
石黒さんの人生を考えるとき、「遅すぎる」という言葉だけでは足りません。たしかに、一般的な進路と比べれば大きく遅れています。12浪、30歳で大学入学、10年近い大学生活、40歳で社会人1年目。この数字だけを見ると、遠回りに見えるのは当然です。
でも、人生の価値は、早さだけでは決まりません。
むしろ石黒さんの姿が注目されたのは、現代社会の中で多くの人が感じている不安と重なるからです。「自分はもう遅いのではないか」「普通の道から外れたら終わりなのではないか」「失敗した過去をどう説明すればいいのか」。こうした不安は、年齢や立場を問わず、多くの人が抱えています。
石黒さんは、その不安を隠さずに見せています。
だからこそ、見る人は応援したくなるのです。完璧な成功者ではなく、迷い、傷つき、時にはうまく言葉にできず、それでも前に進もうとする。その姿に、人は自分の人生を重ねます。
社会人1年目で見える景色は、きっと華やかなものばかりではありません。
年下の先輩に教わる悔しさ。同期との距離感。知らない土地での孤独。仕事を覚える難しさ。生活を整える不安。40歳という年齢だからこそ、若い新人とは違う焦りもあるはずです。
けれど、その景色には希望もあります。
なぜなら、石黒さんはようやく「受験」や「大学」という長い時間の先にある現実の社会へ足を踏み出したからです。肩書きや学歴だけではなく、毎日の仕事、周囲との関係、地域での生活を通して、自分の人生を作り直す段階に入ったのです。
ここで大切なのは、遠回りした人に必要なのは「一発逆転」ではないということです。
必要なのは、今日を積み重ねることです。
・朝起きて会社へ行く
・分からないことを聞く
・失敗しても次に直す
・部屋を整える
・人との距離を少しずつ縮める
・自分の過去を責めすぎない
こうした小さな積み重ねが、遠回りした人生を少しずつ前へ進めます。
石黒さんの物語が伝えているのは、「何歳でも夢はかなう」という単純な励ましだけではありません。現実はもっと厳しいです。年齢の壁はあります。経歴の空白も見られます。新しい環境で苦労もします。
それでも、人生は途中から動かせる。
この一点が、石黒さんの歩みの大きな意味です。
早く成功した人だけが正しいわけではありません。まっすぐ進んだ人だけが立派なわけでもありません。遠回りした人には、遠回りした人にしか見えない景色があります。その景色の中で、自分を責め続けるのではなく、少しずつ働き、暮らし、人と関わっていく。
石黒さんの40歳の春は、遅れてきたゴールではありません。
むしろ、やっと始まった社会人としてのスタートラインです。そこにある不安も、戸惑いも、希望も、今まさに人生を立て直そうとしている人にとって、深く響くものになっています。
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