ジョン・レノンと軽井沢のモカソフトに込められた憩いの時間
ジョン・レノンと聞けば、世界的なロックスター、ビートルズの象徴として思い浮かべる人が多いでしょう。しかし1970年代後半、彼が軽井沢で過ごした日々は、きらびやかな表舞台とはまったく異なるものでした。この記事では「グレーテルのかまど」で紹介されるモカソフトを軸に、ジョン・レノンが軽井沢で過ごした静かな時間、その背景やエピソードをまとめます。なぜ彼が軽井沢を愛し、そこでモカソフトを味わったのか――知ることで、彼のもう一つの素顔が見えてきます。
軽井沢とジョン・レノンの出会い
ジョン・レノンが軽井沢を訪れるようになったのは、オノ・ヨーコが所有していた別荘がきっかけでした。結婚後、ふたりの生活の拠点は世界中にありましたが、日本に戻った際に、家族で静かに過ごせる場所として軽井沢が選ばれたのです。特に1976年から1979年頃の夏には、毎年のように家族でこの地に滞在し、短いながらも穏やかな時間を重ねていきました。
当時、ジョンはすでに世界的スターとして人々から強い注目を浴びていました。しかし、軽井沢にいる間だけは、そうした視線や喧騒から解放されることができました。街を歩いても大騒ぎになることは少なく、彼は「音楽の象徴」ではなく「ひとりの父親」として、息子のショーンと向き合う時間を確保できたのです。
都会の雑踏やプレッシャーを離れ、四季折々の自然に囲まれた軽井沢の緑豊かな環境は、彼にとって特別なものでした。爽やかな空気、静かな森の小道、小さなカフェや湖畔でのひととき――そのすべてが、ジョンの心を癒し、名声に翻弄される日々から距離を置くための支えとなりました。この場所で過ごした日々は、まさに彼にとって「心の平穏を取り戻す時間」だったのです。
定宿「万平ホテル」の思い出
ジョン一家がよく滞在したのは、軽井沢を代表する老舗ホテルである万平ホテルの128号室でした。木の温もりが漂うクラシックな雰囲気と、落ち着いた佇まいは、ジョンにとって何よりの安らぎの空間となっていました。広がる庭園や静かな回廊は、都会の喧噪や音楽活動のプレッシャーを忘れさせ、家族とともにゆったりとした時間を過ごせる場所だったのです。
現在もこの部屋は「ジョン・レノンが泊まった部屋」として知られ、多くのファンが特別な思いを込めて訪れています。ホテルのスタッフや地元の人々も当時の思い出を語り継ぎ、その存在は単なる宿泊施設ではなく、彼の人生の一部を感じ取れる聖地のようになっています。
この万平ホテルは、世界的スターとして注目を浴び続けた彼にとって、表舞台から離れられる“隠れ家”そのものでした。ショーンと過ごす穏やかな時間、ヨーコと語り合う静かなひととき――それらすべてを包み込んだ場所こそ、このホテルの一室だったのです。
軽井沢の日常と散策
家族との日々はとても穏やかで、ジョンが特に楽しんだのは自転車での街散策でした。緑に囲まれた道を家族と並んで走ることが日課となり、その姿は華やかな舞台に立つスターではなく、自然を楽しむ父親そのものでした。
旧軽井沢銀座にある老舗のフランスベーカリーでは、お気に入りのパンを購入して持ち帰り、朝食やおやつにしていたといわれています。また、中軽井沢の喫茶店離山房では、木陰の東屋でコーヒーを飲みながら、息子のショーンと静かな時間を過ごす姿も目撃されています。そこには、ステージ上のカリスマではなく、子どもをあやす優しい父親がいました。
さらに、家族そろって鬼押出し園や白糸の滝といった自然豊かな観光スポットにも足を運びました。雄大な溶岩の景観や白く流れ落ちる水の涼やかな音に触れながら、観光客に混じって過ごす時間は、ジョンにとって大きな癒やしとなったのです。こうした日々の中で見られたのは、世界的スーパースターではなく、子どもを抱きしめるひとりの父親の姿でした。
軽井沢とモカソフト
ジョン・レノンと軽井沢を語るうえで欠かせない存在といえば、やはりミカド珈琲のモカソフトです。戦後すぐの1952年に軽井沢へ出店したミカド珈琲は、避暑地に集う多くの人々に本格的なコーヒーを提供し続けてきました。そして1969年、「子どもでも一緒に楽しめるコーヒースイーツを作りたい」という思いから誕生したのが、このモカソフトでした。
深煎りコーヒーの芳醇な香りと、ミルクのやさしいまろやかさが見事に調和し、口に入れた瞬間に広がる上品な味わいは格別です。甘すぎない大人の風味でありながら、クリーミーで親しみやすく、家族そろって味わえる特別なスイーツとして人気を集めました。
ジョン・レノンは、この独特の味わいに強く惹かれたと伝えられています。軽井沢の街を散策したあと、涼やかな森の空気の中で手にしたモカソフトは、彼にとって心を解きほぐすひとときでした。世界的なスーパースターでありながら、軽井沢を訪れるたびにこのスイーツを楽しむ姿は、まさに「父として」「ひとりの人間として」の時間を象徴するものだったのです。
モカソフトが生まれた背景
創業者の金坂景助氏は、「飲むのではなく食べるコーヒーを作りたい」という独自の発想を持っていました。その最初の挑戦として1963年に誕生したのが、濃厚な香りと味わいを閉じ込めたコーヒーゼリーです。この新しいスイーツは瞬く間に人気を集め、同店の看板商品となりました。そして、その延長線上で「もっと幅広い世代に愛されるメニューを」という思いから試作を重ね、ついに完成したのがモカソフトでした。
特に意識されたのは、「子どもと一緒に楽しめるコーヒー味」という点です。コーヒー特有の苦味をやわらげ、ミルクのまろやかさで包み込むことで、子どもでも笑顔で食べられる味わいに仕上げられました。その優しい工夫こそが、ジョン・レノン一家にとってもぴったりだったのです。
軽井沢の自然の中、散策の合間に家族で立ち寄り、ひとつのモカソフトを分け合う――そんな穏やかな時間は、ジョンにとって忘れられない夏の思い出となったはずです。華やかなステージとは対照的に、そこで見せたのは愛する家族と肩を並べ、スイーツを味わうひとりの父親としての姿でした。
世界の注目から離れた時間
軽井沢は、ジョン・レノンにとって単なる避暑地ではなく、「リバプールの風景を思い出させる場所」として特別な意味を持っていました。故郷の港町を思い起こさせる澄んだ空気や緑の景色は、彼の心をやわらかく包み込み、海外で暮らす中で失いかけていた安心感を取り戻させてくれたのです。
ある夏の日、森の中にある小さなカフェでライターを忘れてしまったジョンは、後日再び訪れた際にそれを返してもらいました。ほんのささいな出来事でしたが、彼にとっては「時間が止まったような静けさ」を感じさせる体験となり、この土地が持つ穏やかな力を改めて心に刻むきっかけとなりました。
また、オノ・ヨーコも軽井沢での滞在を「親密で調和に満ちた時間」だったと語っています。華やかなステージやメディアの喧騒から離れ、夫婦や家族で過ごす時間は、彼女にとってもかけがえのない記憶でした。日本独自のわび・さびの精神を思わせる静けさに触れることは、ジョンにとって最大の癒やしであり、心の平穏を取り戻すための大切な場所となったのです。
まとめ
ジョン・レノンにとって軽井沢は、スターの仮面を脱ぎ捨て、「普通の父親」でいられる大切な場所でした。そして、その象徴ともいえるのがモカソフトです。甘すぎず、静かな優しさを感じさせる味わいは、彼の心を慰める存在だったのかもしれません。今も軽井沢を訪れる人々がモカソフトを手にするのは、ただのスイーツではなく、ジョンが愛した「憩いの時間」を追体験したいからでしょう。緑の中で一口食べれば、彼が求めた静かな夏の記憶に、少しだけ近づけるかもしれません。
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