認知症克服のカギを探る ― NHK特集から見えた未来
2025年9月6日放送のNHK総合「知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥の!? 認知症 克服のカギ」では、医学の最前線から生活習慣、そして人生の向き合い方まで、幅広い角度から認知症が取り上げられました。番組に登場した研究や体験談を整理しながら、私たちが学べるヒントをたっぷり紹介します。
感染症が認知症を早める?驚きの研究結果
番組の冒頭で紹介されたのは、新型コロナウイルスと認知症の関係です。イギリスのUKバイオバンクが100万人規模のデータを解析したところ、感染後の人ではアルツハイマー病の進行を示す指標が2〜4年分も早まっていたことが分かりました。これは一時的な症状ではなく、脳の変化に長期的な影響を与える可能性を示す衝撃的な結果です。
さらに、肺炎やインフルエンザといった身近な感染症も認知症リスクを押し上げることが判明。重症化した人ではリスクがおよそ2倍になるというデータも示されました。しかし希望の光もありました。肺炎球菌ワクチンを接種した人は23%、帯状疱疹ワクチンでは20%も発症リスクが減少することが分かり、ワクチン接種が認知症予防につながる可能性があるのです。
家族性アルツハイマー病と「ダイアン研究」
次に焦点が当てられたのは、遺伝によってほぼ確実に発症する家族性アルツハイマー病です。このタイプはアルツハイマー病全体のわずか1%ですが、発症年齢が親とほぼ同じになるという特徴があります。研究からは、発症の20年以上前からアミロイドβが蓄積し、直前になるとタウが急速に広がるという流れが見えてきました。
このプロセスを長年追跡しているのが、アメリカ・ワシントン大学の「ダイアン研究」。発症が予測される人を症状が出る前から調べ続けることで、脳の変化を細かく把握し、発症前に治療を始める臨床試験が進められています。これは、認知症の予防医学にとって大きな一歩です。
発症しなかった女性と「クライストチャーチ変異」
番組では、同じ家族性アルツハイマー病の遺伝子を持ちながらも発症しなかった女性の事例も紹介されました。舞台はコロンビア。家族が40代で次々に発症する中、彼女だけが病気を免れました。その理由は「クライストチャーチ変異」という珍しい遺伝子を持っていたことでした。
この変異は、脳の免疫細胞に働きかけてタウを分解する力を高めると考えられています。彼女の脳にはアミロイドβが大量に蓄積していたものの、タウは広がらず発症を防いでいました。この発見は、新しい薬の開発に直結するヒントとして世界中の研究者から注目されています。
APOE遺伝子と進化の二面性
アルツハイマー病の発症に深く関わる遺伝子として有名なのがAPOEです。特にe4型を持つ人は、持たない人に比べてリスクが最大13倍高まります。しかし、この遺伝子は単なる「不利なもの」ではありません。
ボリビアの研究では、e4型を持つ女性は出産回数が多く、人類の繁栄に貢献してきた可能性が示されています。また若い頃には認知機能が高いという利点もあります。つまり、APOE e4は「若いときには有利だが、長寿社会では不利」という二面性を持っており、人類進化の歴史の中で大きな役割を果たしてきたのです。
久山町研究が示す生活習慣の力
日本からの報告として紹介されたのが、福岡・久山町研究です。60年以上にわたる追跡調査の結果、生活習慣の改善によって認知症の割合が減ってきていることが分かりました。喫煙率の低下や運動習慣の定着、糖尿病や高血圧治療の進歩が背景にあります。
さらに2024年には、認知症リスクの45%を占める14の危険因子が特定されました。その中でも注目は難聴。聞こえが悪いと脳への刺激が減り、認知症のリスクが高まりますが、補聴器を使うことで17%リスクを下げられるという結果が示されています。
犬との暮らしが生む予防効果
番組では、犬を飼っている高齢夫婦の生活にも密着しました。犬を迎える前は会話が少なかったものの、飼い始めてからは食卓でも話題が増えたそうです。最大のポイントは散歩で、毎日の運動習慣になるだけでなく、近所の人との交流が増え、孤独感を減らす効果があると紹介されました。実際に調査でも、犬を飼う高齢者は要介護認知症のリスクが40%低いことが報告されています。
チマネ族に学ぶつながりの力
南米ボリビアのチマネ族では、驚くことに高齢者の認知症発症率がわずか1.2%にとどまっていることが分かりました。背景には、大家族での生活や地域社会との強いつながりがあります。孤立を防ぐ環境が、認知症予防に大きく寄与していると考えられます。
ヒートショックプロテインが守った男性
アメリカでは、家族性アルツハイマー病の遺伝子を持ちながら発症を防いだ男性が登場しました。彼は長年海軍で働き、エンジンルームなどの高温環境にさらされ続けた結果、体内でヒートショックプロテインが活発に働いていたのです。これがタウの蓄積を抑える働きをし、発症を遅らせていたと考えられています。
この事例は、「遺伝子の設計図は変えられないが、環境によってその発現を変えることはできる」ことを示す貴重な証拠でした。
認知症と共に生きる ― 哲学的な問いかけ
番組の終盤では、研究者や出演者が「認知症と共に生きる意味」について語りました。精神科医のジル・リビングストン氏は「たとえできることが減っても、その人なりに楽しむことはできる」と発言。さらに谷口優氏は「認知症は一つの生命の終え方かもしれない」と語り、人生観にまで踏み込む視点を提示しました。
一方で山中伸弥氏は「病気を克服して100歳まで生きることが本当に幸せなのか」と問いかけ、長寿と幸福の関係について考える重要なテーマを投げかけました。
ユーモアで締めくくる ― シルバー川柳
最後には、日常をユーモラスに切り取ったシルバー川柳が紹介されました。たとえば「万歩計 半分以上 探し物」という一句は、笑いながらも加齢に伴う物忘れに共感できる内容で、重いテーマを少し和らげる役割を果たしていました。
まとめ
今回の番組を通して浮かび上がったのは、認知症は遺伝・感染症・生活習慣・環境など多くの要因が重なって発症する病気だということです。しかし同時に、予防や進行を遅らせるための具体的な手立ても数多くあることが示されました。ワクチン接種、生活習慣の改善、補聴器の活用、犬との暮らしや社会とのつながりなど、日常生活の中でできる工夫が未来を変えるカギとなります。
そして何より大切なのは、認知症を「避けるべき不幸」だけとして捉えるのではなく、どう向き合い、どう生きるかを考える姿勢でした。研究の最前線と人々の体験談が交差したこの特集は、認知症をめぐる新しい希望と深い問いを私たちに投げかけていました。
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