執念で挑んだ“みそ漬け実験”──袴田事件を問い直す旅へ
「無実なのに“殺人犯”として生きなければならない人生を想像したことはありますか?」58年もの長きにわたりえん罪と闘い続けた袴田巌さんと、弟を信じ続けた袴田ひで子さんの物語が、2025年9月27日放送の『新プロジェクトX 雪冤 袴田事件 前編:執念の“みそ漬け実験”逆転の新証拠』で描かれます。この記事では、なぜ「5点の衣類」が“ねつ造”と断定され、どのように「みそ漬け実験」がその真相に迫ったのかを整理します。
姉・袴田ひで子の揺るぎない信念
直感と家族への信頼
事件が起きた直後から、袴田ひで子さんは「弟が人を殺すはずがない」という強い直感を持ち続けました。被害者宅が火災と殺人で大きな被害を受けていたのに、弟の袴田巌さんが戻ってきた時の様子には、不自然さや取り乱した行動がまったく見られなかったのです。その落ち着いたふるまいに、ひで子さんは「この人が犯人のはずがない」と強く感じました。さらに逮捕後に届いた手紙で「絶対にやっていません」と書かれていたことが、彼女の信念をより確かなものにしました。
泣き言を言わず、耐え抜く姿勢
長い年月、無罪を信じて行動し続けることは、想像以上に大きな重荷だったはずです。しかしひで子さんは、自分が果たすべき役割を見失わず、「泣き言は言わない」「愚痴はこぼさない」という生き方を貫きました。世間からの誤解や心ない中傷の声にも、必要以上に振り回されず、ただひたすら弟のために、そして真実のために立ち続けました。その姿勢は家族愛にとどまらず、権力と闘う市民の代表ともいえるものでした。
希望を失わない強さ
「50年で駄目なら100年でも戦う」。ひで子さんが語ったこの言葉は、再審を何度も退けられてもなお信念を曲げなかった証です。裁判所はきっと公平に判断してくれる、いつか真実は明らかになる。そう信じ続けたことで、彼女自身が折れることなく歩みを進められました。普通なら心が折れてしまう年月の中で、希望を失わなかったことこそが、最大の強さと言えます。
社会全体への問題提起
弟を救いたいという思いだけでなく、「袴田事件を通して冤罪の恐ろしさを社会に伝えたい」という気持ちも、彼女を突き動かしました。再審法の改正を願い、同じように苦しむ人が二度と出ないようにと考えていました。その意識は、ひで子さんの闘いを家族の問題から社会全体の問題へと広げ、より大きな意味を持たせました。
信念が形となった瞬間
その長い歩みの中で、とくに「5点の衣類」のねつ造を指摘することが、再審を大きく前進させるきっかけになりました。そして2023年、無罪判決が確定した瞬間、58年間貫き続けた信念が実を結びました。「弟を人間らしく過ごさせる自由を取り戻す」こと、それがひで子さんにとっての最大の願いであり、成し遂げた瞬間でした。
“ねつ造証拠”と呼ばれた衣類5点
発見された衣類の内容
裁判で「犯行着衣」とされたのは、次の5点でした。
衣類の種類 | 特徴 | 問題点 |
---|---|---|
鉄柑色ズボン | 濃い赤茶色のズボン | 袴田さんの体格には小さすぎて着用できない |
鼠色スポーツシャツ | 灰色の半袖シャツ | 血痕の残り方に不自然さ |
白色半袖シャツ | 真っ白に近い状態で発見 | 味噌に漬かっていたはずなのに白さを保っていた |
白色ステテコ | 下着用の白布 | 長期保存ではあり得ない色合いの維持 |
緑色ブリーフ | 下着 | 血痕の赤みが残りすぎている |
発見の経緯と不自然さ
これらの衣類が見つかったのは、事件から1年2か月後のことでした。味噌タンクの底から突然発見されたのですが、その状態は明らかに不自然でした。1年以上味噌に漬かっていれば、布地は味噌色に染まり、血痕は黒ずんで残るはずです。しかし実際は、白シャツは白いまま、血痕には赤みが残っていたのです。
科学的検証と矛盾
弁護団が行った「みそ漬け実験」では、長期間漬けた布はすべて茶褐色に変色し、血痕も黒くなりました。この結果は「発見された衣類の状態」と一致しませんでした。さらに、DNA鑑定の再検証では被害者と袴田さんを区別できない結果が出て、当初の主張は崩れました。
裁判所の判断
静岡地裁は2014年、再審開始を決定した際に「5点の衣類はねつ造の可能性が極めて高い」と明言しました。捜査機関によって証拠が意図的に作られた疑いが公式に認められ、長年の再審請求を大きく前進させる結果となったのです。
この衣類5点は、えん罪を象徴する“疑惑の証拠”であり、今もなお冤罪問題を考える上で避けて通れない象徴的な存在となっています。
執念の“みそ漬け実験”
実験が始まった理由
事件から1年2か月後に見つかった衣類の状態が、どう考えても自然ではない。袴田事件弁護団と支援者たちは、この疑問を解き明かすため、実際に衣類を味噌に漬け込んで変化を確かめるという実験を始めました。目的は「もし本当に1年以上味噌に漬かっていたら、どんな状態になるのか」を科学的に確かめることでした。
実験の方法と条件
実験では、発見された衣類と同じ種類のシャツやズボン、下着を用意し、そこに血液を付けました。次に、味噌やたまり液に漬け込み、時間を変えて布の変化を観察しました。条件を変えながら、長期保存と短期間保存の両方を比較することで、真実に近づこうとしたのです。
実験で明らかになった結果
1年2か月漬け込んだ場合、血痕は赤みを失って黒褐色に変色し、布地全体も味噌の色に染まってしまいました。これは「発見された衣類の白さ」や「血痕の鮮やかさ」とはまったく一致しませんでした。反対に、短期間だけ漬け込んだ場合には、当時提示された衣類の状態に近い色合いが残ったのです。つまり、「発見直前に投入された可能性」が強く浮かび上がったのです。
裁判所への影響
この“みそ漬け実験”は単なる支援活動にとどまらず、裁判所も実際に結果を視察しました。その影響は大きく、再審開始を認める判断の後押しとなり、長年閉ざされていた「開かずの扉」を動かす決定的な要因となりました。袴田巌さんを救うために支援者と弁護団が積み重ねた執念の検証は、ついに司法をも動かしたのです。
まとめ
この記事で押さえておきたいポイントは以下の3つです。
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袴田ひで子さんは58年間「弟は無実」と信じ抜いた。
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裁判の有力証拠「衣類5点」は発見状況やサイズ、DNAの矛盾から“ねつ造”と認定された。
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“みそ漬け実験”が、衣類が直前に投入された可能性を裏づけ、再審を動かす力となった。
この放送は、えん罪がもたらす理不尽さと、それを打ち破る人間の強さを問いかけるものです。放送後には、番組で描かれた当事者の言葉や新たに明かされるエピソードを追記して、さらに深く掘り下げていきます。ぜひリアルタイムで視聴し、この歴史的瞬間を見届けてください。
ソース:
NHK番組表『新プロジェクトX 雪冤 袴田事件 前編』
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