未解決事件 File.08 “攻防の核心”に迫る前編
1970年代、日本の若者たちが世界情勢の渦に巻き込まれるなかで誕生した『日本赤軍』。その行動の意味、警察との攻防、日本社会に突きつけられた問い、そして取材対象の広さが物語る歴史の重さ――。今回の放送前編は、この4つの視点から「何が起きていたのか」を理解するための大きな手がかりになります。この記事では、公開資料で判明している事実から、その核心にできる限り迫っていきます。
日本赤軍の行動は何を目指していたのか
日本赤軍は、1971年に結成された国際武装ゲリラ組織です。
中心にあったのは、『世界革命』を実現するという壮大な思想でした。
そのために彼らが選んだ手段は「国際的な武装闘争」です。
この行動方針が、世界中の事件へとつながっていきます。
まず大きな転機となったのが、1972年のテルアビブ国際空港での銃乱射事件です。
空港ロビーで自動小銃を乱射し、手榴弾を投げ、多数の死者と負傷者を出したこの事件は、世界に大きな衝撃を与えました。
日本赤軍の名は、この事件によって一気に国際社会へ広がりました。
さらに航空機のハイジャックは、日本赤軍の行動の象徴とも言えるものでした。
飛行機を占拠し、飛行ルートを変更させ、政府に対して「仲間を釈放しろ」「身代金を支払え」と要求する――その手法は、当時のテロの中でも特に大胆で、各国の警察や政府が頭を抱える存在となりました。
1975年のクアラルンプールのアメリカ・スウェーデン大使館占拠事件では、外交官が人質となる非常に緊迫した事態になりました。
日本政府は苦渋の選択を迫られ、日本国内で拘束中だった日本赤軍メンバーの釈放という決断に踏み切ります。
また、日本赤軍は『国際根拠地論』に基づき、活動拠点をレバノンやシリア周辺など中東地域へ移しました。
その地で他国の武装組織と連携し、訓練を行い、国際的な闘争へ自ら関与していく体制を築いていきました。
つまり、国内から完全に飛び出し、“国家を超えた存在“として活動するようになったのです。
こうして日本赤軍の行動は、国内の暴力闘争の枠を超え、国際社会を巻き込む重大な脅威へと変貌していきました。
警察側はどう動いていたのか
日本警察は、国家としての責任を背負いながら、国内外で起こる事件への対応を迫られました。
ただし、日本赤軍は海外に拠点を移し、行動も国境を越えていたため、当時の警察にとって大きな壁がありました。
まず、事件が起きた国の警察当局との連携が必要となります。
1974年のオランダ・ハーグのフランス大使館占拠事件では、フランス・オランダ両政府と協力し、人質解放に向けて交渉を行いました。
最終的に「拘禁中のメンバーの釈放」という決断につながり、日本政府も非常に難しい判断を迫られています。
また、日本国内に潜伏していたメンバーの追跡も続けられました。
偽名や偽造パスポートで身元を隠す者も多く、逮捕には長期間の情報収集が必要でした。
警察は、国内の監視体制だけでなく、海外の情報機関と連携して国際手配を行い、メンバーの身柄確保に動いていきました。
1980年代以降、日本赤軍の活動は弱まっていきますが、日本警察は最後までメンバー逮捕と組織解体に向けた捜査を続けます。
これは単に「犯人逮捕」という目的だけでなく、国際テロへの対応能力を高めるための積み重ねでもありました。
当時の警察にとって、日本赤軍は「国内では経験したことのない種類の脅威」でした。
だからこそ、国境を越えた捜査協力や、国家間の交渉、海外での情報収集など、これまでの常識を超える対応が求められたのです。
日本社会が向き合う“究極の問い”
日本赤軍の行動と警察の対応は、日本社会に大きな問いを投げかけました。
それは単なる「犯罪の問題」ではなく、社会の根底にある価値観を揺さぶるものです。
『思想と暴力の境界はどこにあるのか』
革命を求める思想そのものは自由であっても、暴力行使はどこまで許されるのか。
そして、国家はどこまでそれを取り締まるべきなのか。
『国家の安全と個人の自由のバランスはどうあるべきか』
安全のために監視が強まることは、個人の自由をどれだけ侵害するか。
どこに線引きをすべきか。
『国際社会の中の日本の責任とは何か』
日本人が国外で重大事件を起こした場合、日本はどのように向き合い、国際社会に応えるべきなのか。
『暴力を選んだ運動の代償とは何か』
犠牲者を生み、外交関係を揺るがし、社会に深い傷を残した。
その代償をどう受け止め、歴史としてどう語り継ぐべきか。
こうした問いは、2025年を生きる私たちにとっても避けて通れないテーマです。
テロ、過激思想、国家の安全保障――その全てに通じる根源的な問題だからです。
取材対象100人以上が語る“歴史の重み”
今回の番組が特徴的なのは、警察の元幹部から日本赤軍の元最高幹部である重信房子まで、100人以上への取材が行われている点です。
この広い取材範囲は、歴史が決して一方向から語れるものではないことを示しています。
事件を指揮した側
事件を捜査した側
事件に巻き込まれた側
事件を外交面で対応した側
事件を記録し続けてきた研究者側
それぞれが異なる立場と視点を持っており、その証言が重なった時に初めて「歴史の立体像」が見えてきます。
特に、長年明かされなかった資料や証言が登場する可能性があり、これまでの認識が覆る部分もあるかもしれません。
「なぜ彼らは武装闘争を選んだのか」
「警察はどんな判断をしてきたのか」
「犠牲者や外交への影響はどう受け止められたのか」
これらを多方向から掘り下げることで、事件が日本社会にもたらした影響の大きさが改めて浮かび上がります。
番組がここまで多くの証言を集めているのは、半世紀を経た今だからこそ語れる“真実”があるからです。
まとめ
『未解決事件 File.08 日本赤軍 vs 日本警察』前編は、1970年代の激動の裏で起きていた攻防の本質を、2025年の視点から改めて浮かび上がらせる内容になると見られます。
日本赤軍の行動の背景
警察の困難な対応
日本社会に投げかけられた根源的な問い
歴史の重さを物語る100人以上の証言
これらは、単なる過去の事件ではなく、現代の私たちが抱える問題にもつながっています。
放送後、分かった内容に合わせて記事を全面的に書き直します。
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