戦国の知将・筒井順慶が教える「動かぬ勇気」とは?
このページでは『先人たちの底力 知恵泉 戦国の“知将”筒井順慶 洞ヶ峠に学ぶ「動かぬ勇気」』(2026年1月20日)の内容を分かりやすくまとめています。
奈良の戦国大名筒井順慶は、強敵松永久秀との長く苦しい戦いをくぐり抜けた人物として描かれます。
そして本能寺の変の直後、天下が割れる大きな局面で、順慶が選んだのは「動く」ことではなく、「あえて動かない」という覚悟でした。
勢いではなく“考え抜く力”で勝ち残った順慶の知恵が、ドラマのように展開されていきます。
① 大和を動かした知将・筒井順慶
筒井順慶は、戦国の大和をまとめ上げた中心的人物として描かれます。とくに郡山城を本拠とした頃には、その存在感は一段と大きくなり、周囲の武将たちからも一目置かれる立場になっていきます。
番組が強調するのは、順慶が力任せに戦わなかったことです。勢いではなく「状況を読む力」で勝つ。相手の性格や情勢の変化を丁寧に観察し、勝てる条件が整う瞬間まで動かない。その慎重さこそ、順慶の最大の強みとして紹介されます。
そして相手は、戦国屈指の策略家である松永久秀。普通なら押し切られるはずの相手に対し、順慶は“勝てる戦い方そのもの”を組み立て続けました。知恵で生き残る武将の姿が、ドラマのように浮かび上がります。
② 宿敵・松永久秀との20年戦い
順慶と久秀の対立は、短期決戦ではありません。20年近くにわたって続いた長く苦しい戦いです。しかも順慶側は常に不利な状況に置かれていました。勢力差、兵力、支配地域──どれを取っても順慶は“弱い側”でした。
大和では実際に、筒井城を中心とした攻城戦が複数回発生し、そのたびに情勢が揺れます。周囲で連動して起きる戦も多く、順慶は常に揺さぶられる立場でした。
しかしここで注目すべきは「負け続けながら負けていない」ことです。順慶はどれほど追い詰められても粘り続け、久秀の足元が崩れる瞬間を待ち続けました。番組では、その粘りが“知将の本当の武器”として扱われています。力不足でも、知恵で勝つ。その象徴がこの20年なのです。
③ 敵のミスを待つ「粘り」の勝ち方
順慶が勝利へ近づく決定的なきっかけとなったのは、久秀側の「自滅」でした。番組ではその代表例として、大仏殿焼き討ちや織田信長への背反が挙げられています。
永禄10年、東大寺大仏殿は市街戦の中で焼失し、久秀の名声は大きく傷つきました。さらに信長に背くという大胆すぎる行動が周囲の信頼を失わせ、勢力は徐々に縮んでいきます。
ここで順慶が選んだ道は、とてもシンプルで、とても賢いものでした。
“敵が勝手に失点するのを待つ。”
強大な相手に正面からぶつかるのではなく、相手の判断ミスや信用失墜が起きるタイミングを逃さず、最後に一気に勝ちを拾うのです。これは戦国の武将でも実践できる者が少ない、高度な戦い方として語られます。
④ 本能寺の変直後の選択と「動かぬ勇気」
本能寺の変後、順慶は豊臣秀吉と明智光秀の、どちらにつくのか迫られる立場になりました。しかし順慶が選んだのは即断ではありません。あえて動かず、状況を静観したのです。
この判断のすごさは、「何もしない」という決断には命を賭ける覚悟が必要だという点です。どちらにつくかで家が滅ぶ可能性もあれば、評価を落とす危険もあります。それでも順慶は、焦って動くほうが危険だと読んだのです。
番組では、この判断を“消極的”ではなく“積極的な防御”として位置づけます。戦国の決断は、スピードだけが正義ではありません。「動かない」という判断こそ、もっとも勇気を必要とする場面がある。順慶はその真理を体現した武将として描かれていきます。
⑤ 洞ヶ峠の誤解をほどく「熟慮断行」の知恵
順慶といえば「洞ヶ峠で日和見」という言葉が有名ですが、番組ではこの“定説”に光が当たります。洞ヶ峠に陣を置いて情勢を眺めた──というイメージが独り歩きしているものの、史料の中ではそもそも洞ヶ峠に出陣していないという説明が示されています。
つまり、順慶が“優柔不断で情勢を見ていた”という解釈自体が誤りだった可能性があるのです。
番組が伝える本質は、「熟慮断行」。
十分な情報がない段階では動かず、勝機が見えるまで判断を保留する。焦らず、慌てず、しかし必要な時にだけ強く動く。これは現代社会でも通用する、きわめて合理的で力強い戦略です。
順慶の「動かぬ勇気」は、逃げではありません。考え抜いた末に生まれた、“強さの証明”として語られています。
まとめ
本記事は番組内容をもとに構成していますが、実際の放送と異なる場合があります。筒井順慶が見せた「動かぬ勇気」は、強敵松永久秀との長い戦いや、本能寺の変後の混乱の中でこそ輝いた知恵でした。勢いではなく状況を深く読み、最も勝てる一手を選ぶ姿は、現代にも通じる学びとして強く印象に残ります。
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