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【ETV特集】のびのびと 思いのままに −子どもたちが描いた100年−|山下清の原点と八幡学園児童作品、貼り絵が育てた知的障害児アート100年|2026年1月31日

ETV特集
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子どもたちが紡いだ100年のアート物語

このページでは『ETV特集 のびのびと 思いのままに −子どもたちが描いた100年−(2025年1月31日放送)』の内容を分かりやすくまとめています。

千葉県市川市の八幡学園には、子どもたちが心のままに描いた色と形が、時代をこえて生き続けています。貼り絵の天才として知られる山下清が才能を開いた場所であり、多くの子どもたちが独自の世界を表現してきた学びの場でもあります。

ひとつひとつの作品には、その子が見つめた景色や感情が力強く息づき、100年の時間が鮮やかによみがえります。

八幡学園とは何か――子どもたちが100年描き続けた場所

千葉県市川市にある八幡学園は、昭和3年(1928年)に設立された障害児入所施設で、現在は福祉型障害児入所施設として運営されています。知的障害のある子どもたちが暮らし、学び、表現する場として約100年の歴史を重ねてきました。

創設者・久保寺保久が掲げた標語「踏むな 育てよ 水そそげ」は、この学園の魂そのものです。子どもを押さえつけるのではなく、傷つけないこと、育てること、そして水をそそぐように環境と関わりを整えること。この考え方が、日常生活の支援から学習、そして造形活動まで、一つの軸として貫かれています。

八幡学園では、開園当初から知的障害のある子どもたちの能力を引き出すために、造形活動を教育の中心に据えてきました。絵画、貼り絵、立体作品など、子どもたちが手を動かし、色や形で自分を表す時間が、日課の中にしっかり組み込まれてきたのです。

こうした積み重ねがあるからこそ、八幡学園の作品群は「施設の児童作品」という枠を超え、日本の障害児教育や福祉、さらには美術の歴史の中でも特別な位置を占めるようになりました。

今回の番組では、この長い歴史の中で生まれた作品たちと、そこで暮らした子どもたちの時間をたどりながら、「子どもたちが描いた100年」を一気に立ち上がらせていく構成になると考えられます。

山下清の才能が花開いた「貼り絵」の原点

放浪の画家として知られる山下清は、12歳のときに八幡学園へ入園しました。ここで彼は、のちに代名詞となる「ちぎり絵(貼り絵)」に出会い、その才能を急速に開花させます。

学園の授業の一環として始まったちぎり絵の時間で、山下清は昆虫や花、友だちとの日常など、自分の身の回りの世界を細かな紙片で埋め尽くしていきました。当初は単純だった構図が、やがて画面全体を緻密に構成する大作へと変わっていきます。

八幡学園での作品は、早稲田大学などで開かれた児童作品展にも出品され、銀座の画廊での展覧会では新聞各紙が取り上げるほどの反響を呼びました。山下清の名は、この学園での制作と展覧会から全国へと広がっていきます。

しかし彼は18歳のとき、突然学園を出奔し、15年以上にわたる放浪生活に入ります。旅先で見た風景を驚異的な記憶力で焼き付け、学園や自宅に戻ってから貼り絵として再構成するスタイルは、この八幡学園での造形訓練と環境があったからこそ生まれたものです。

番組では、八幡学園に残る山下清の初期作品や、学園での写真、日記などを手がかりに、「放浪の天才画家」の原点が、いかに一つの福祉施設の造形教室から立ち上がっていったのかが、ドラマチックに描かれていきます。

子どもたちの絵画・貼り絵が放つ、圧倒的な生命力

八幡学園で生まれたのは、山下清だけではありません。石川謙二、沼祐一、野田重博といった仲間たちも、それぞれに重い障害を抱えながら、圧倒的なエネルギーを持つ絵画や貼り絵、クレパス画を残しています。

彼らの作品は、子どもらしい素朴さだけでは語り尽くせない力を帯びています。画面いっぱいに広がる海水浴や潮干狩りの風景、祭りや競走の場面など、日常の一瞬をとらえたモチーフが、極端に単純化された形や大胆な色彩で構成され、見る側の心を揺さぶります。

これらの作品は、学園内にとどまらず、「山下清とその仲間たちの作品展」「生命の表現力 山下清とその仲間たちの作品展」などとして全国の美術館や百貨店を巡回し、多くの人に「知的障害児アート」の可能性を強く印象づけてきました。

最近では、市川市文学ミュージアムや各地の美術館で、山下清とその仲間たち、そして八幡学園の歴史を紹介する展覧会が開催されています。学園の子どもたちの作品は、単なる福祉の成果物ではなく、一つの芸術的表現として鑑賞される存在へと位置づけられつつあります。

番組では、こうした過去の代表作と、現在の子どもたちが制作している絵画や貼り絵を並べながら、「100年の時間」が一枚の画面に重なって見えてくるような演出が期待できます。

先生たちが引き出した「あるがまま」の力と教育の哲学

八幡学園の造形教育は、単に技術を教えるものではありません。初代園長の標語「踏むな 育てよ 水そそげ」に沿って、子ども一人ひとりの特性や興味を丁寧に見極め、その子に合った働きかけを行うことが原点になっています。

例えば、細かい作業が得意な子にはちぎり絵や貼り絵で紙片を重ねる表現を、ダイナミックに体を動かすのが好きな子には大きな画面にクレパスで描く表現を、といった具合に、「子どもを型にはめる」のではなく、「子どもの方に表現の方法を合わせていく」スタイルが一貫しています。

学園の造形教室の講師や、外部の専門家も関わりながら、長年にわたって制作の場が継続してきました。講演会や貼り絵ワークショップなどでは、八幡学園の造形教室講師が講師を務め、学園での指導法を社会へ発信する取り組みも行われています。

先生たちは、子どもたちの作品を評価するだけではなく、「どのような生活や関係性の中からこの表現が生まれたのか」を常に考え続けてきました。その視点があったからこそ、作品は単なる「特異児童」の珍しい例ではなく、一人ひとりの人生の証として見つめられるようになっていったのです。

番組では、過去の指導者の証言や記録、現在の職員たちの語りを通して、「教える側」がどのような価値観と責任感を持って子どもたちと向き合ってきたのかが、じっくり描かれるはずです。

八幡学園アートが切り開いた障害児アート100年の系譜

八幡学園で生まれた作品群は、日本の障害児芸術・アール・ブリュットの歴史の中で、きわめて重要な位置を占めています。知的障害児のための施設が、絵画や貼り絵を通じて社会とつながり、子どもたちの存在を広く伝える役割を果たしてきました。

昭和10年代には、八幡学園の子どもたちの作品を「特異児童作品展」として世に問う試みも行われました。その後も、「ハート♡アート展」や各地の山下清展、さらに「山下清とその仲間たちの作品展」などを通じて、八幡学園の作品は全国を巡回し続けています。

近年では、障害のある人のアートを紹介するアール・ブリュットの潮流の中で、八幡学園の歴史が改めて位置づけられています。芸術教育と福祉、そして地域社会とのつながりを考える上で、八幡学園の100年は欠かせないモデルケースになっているのです。

今回のETV特集は、そうした100年の歩みと、現在の子どもたちのまなざしを一つの物語に束ねる試みです。千葉県市川市の一施設から始まった造形教室が、どのようにして日本の文化史の中に深く根を下ろしていったのか。その全体像を映像で体感できる、非常に濃い1時間になると考えられます。

まとめ

このページでは『ETV特集 のびのびと 思いのままに −子どもたちが描いた100年−(2025年1月31日放送)』の内容を分かりやすくまとめています。内容は実際の放送と異なる場合があります。

千葉県市川市の八幡学園では、子どもたちが思いのままに表現した貼り絵や絵画が100年にわたり受け継がれてきました。貼り絵の才能を開花させた山下清をはじめ、多くの子どもたちの作品が今も強い存在感を放っています。

まとめとして、番組では学園に息づく創造の力と、子どもたちの表現がもつ豊かな可能性が描かれていきます。

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