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NHK【歴史探偵】日本人と選挙 日本の選挙の歴史とは?男子普通選挙1925年と女性参政権1946年を解説|2026年3月17日

歴史探偵
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日本人と選挙の100年をたどる

日本では今、当たり前のように行われている選挙ですが、その歴史をさかのぼると意外なドラマがあります。
男子普通選挙が実現したのは今から約100年前。初めて多くの人が参加した選挙では、投票率が80%を超え、町全体が盛り上がる“お祭りのような雰囲気”だったと伝えられています。

このページでは「歴史探偵(日本人と選挙)(2026年3月17日)」の内容を分かりやすくまとめています。

ポスターや新聞を使った当時の選挙戦、戦時中の選挙、そして戦後に女性が初めて参加した投票まで。
日本の選挙の歴史を通して、日本人がどんな選択をしてきたのかをひもときます。

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男子普通選挙から100年 日本の選挙の始まり

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日本で最初に国政選挙が行われたのは1890年の 衆議院議員総選挙 でした。しかし当時は、25歳以上で高額の税金を納めている男性だけが投票できる「制限選挙」で、有権者は約45万人、人口のわずか1%ほどしかいませんでした。つまり、多くの国民は政治に参加することができなかったのです。

この状況を大きく変えたのが、1925年に成立した 男子普通選挙 です。納税額の条件がなくなり、25歳以上のすべての男性に選挙権が与えられました。この制度によって有権者は約330万人から1200万人以上へと急増し、日本の政治は大きく変化します。

そして1928年には、この制度のもとで初めての総選挙が実施されました。これが日本の民主政治の大きな転換点となり、国民が政治に参加する時代が本格的に始まったのです。

投票率80%超!最初の総選挙が「お祭り」だった理由

1925年に 男子普通選挙 が成立したあと、日本で初めて多くの国民が参加する衆議院選挙が行われました。
それが1928年2月に実施された 第1回普通選挙(第16回衆議院議員総選挙) です。

この選挙では、有権者が約1200万人まで増え、日本の政治に初めて大規模な国民参加が生まれました。そして投票率は 約80%(80.36%) に達し、多くの人が投票所へ足を運びました。

当時の人々にとって選挙は、今のように当たり前の制度ではありませんでした。これまで政治に関わることができなかった人たちが、初めて自分の意思を一票として表せる機会だったのです。そのため町では演説会や集会が開かれ、候補者を応援する人々が集まり、街全体が大きな熱気に包まれました。

さらに新聞やポスターなどを使った選挙運動も盛んに行われ、政治の話題が日常の会話にも広がっていきました。こうして 日本初の大衆選挙 は、国民が政治に参加する新しい時代の始まりとして、まるで「お祭り」のような盛り上がりを見せたのです。

ポスターと新聞が主役?100年前の選挙戦略

現在の選挙ではテレビやインターネット、SNSが大きな影響力を持っています。しかし約100年前の日本では、選挙運動の中心は 新聞と選挙ポスター でした。

1928年の 第1回普通選挙 では、候補者のポスターが町の壁や掲示板に貼られ、サイズだけが決められ内容や数に大きな制限がなかったため、風刺画や強いメッセージを使ったポスターも多く登場しました。こうしたポスターは有権者の関心を集める重要な手段でした。

また、新聞も大きな役割を果たしていました。政党の政策や演説内容、選挙の動きなどが紙面で詳しく報じられ、国民は新聞を通して政治の情報を知るようになります。候補者や政党の主張は新聞記事やビラとして広く配られ、有権者に支持を呼びかけていました。

この時代の日本では 立憲政友会立憲民政党 が中心となり、政党同士が競い合う 二大政党政治 が形づくられていきました。両党は街頭演説や集会、ポスターや新聞を使った宣伝を通して支持を集め、全国各地で激しい選挙戦が展開されていました。

こうして選挙は政治家だけのものではなく、多くの国民が関心を持つ社会的な出来事へと変わっていきました。新聞を読み、ポスターを見て候補者を選ぶという行動は、当時の人々にとって新しい政治参加の形だったのです。

戦争の中でも行われた選挙 太平洋戦争下の投票

1930年代後半、日本は戦争へと向かい政治の仕組みも大きく変わっていきました。1940年には既存の政党が解散し、政治組織として 大政翼賛会 がつくられ、国を戦争に動員する体制が整えられました。

そして 太平洋戦争 のさなかの1942年、日本では戦時下で唯一の国政選挙といわれる 1942年の衆議院議員総選挙 が行われました。この選挙は「大東亜戦争完遂選挙」とも呼ばれ、戦争を支える政治体制を強める目的で実施されたとされています。

しかし当時の政治は軍部の影響が強く、政党の自由な活動は大きく制限されていました。共産党や反戦の政治勢力は活動できず、候補者の多くは 大政翼賛会 が推薦する形で立候補しました。

この選挙では政府側が381議席を獲得し、政治は戦争体制を支える方向へと進んでいきます。表面上は選挙が行われていましたが、自由な政治競争とは言いにくく、戦時体制の中で行われた特殊な選挙だったのです。

それでも投票率は約83%と非常に高く、多くの国民が投票に参加しました。戦争の中でも選挙は続けられていましたが、その姿は平時の民主的な選挙とは大きく異なるものだったのです。

女性が初めて投票した戦後選挙の転換点

第二次世界大戦が終わったあと、日本の政治制度は大きく変わりました。1945年、衆議院議員選挙法が改正され、ついに 女性参政権 が認められます。これによって20歳以上の男女が平等に投票できるようになり、日本の選挙制度は大きな転換点を迎えました。

そして1946年4月、日本で初めて男女がともに投票できる 戦後初の衆議院議員総選挙 が行われました。この選挙では約1340万人の女性が投票に参加し、日本の政治に初めて女性の声が本格的に反映されるようになりました。

さらにこの選挙では39人の女性議員が誕生し、日本の国会に初めて女性が登場しました。女性が政治の世界に参加する歴史的な出来事となり、日本の民主主義が新しい段階へ進んだ象徴的な瞬間といわれています。

戦前は女性が政治活動に参加することさえ制限されていた時代でしたが、この選挙をきっかけに、日本社会は 男女平等の政治参加 へと大きく歩み始めたのです。

日本人はどう選んできたのか 選挙から見える歴史

日本の選挙の歴史を振り返ると、社会の変化と深く結びついていることがわかります。

税金を納めた一部の人だけが投票できた時代から、男子普通選挙、そして女性参政権へと、少しずつ政治参加の範囲が広がってきました。

今では18歳以上の国民が投票できるようになり、選挙は社会の未来を決める重要な仕組みになっています。

選挙の歴史 を知ることは、日本人がどのように政治と向き合い、どんな社会を選んできたのかを理解することにもつながります。


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