奥田民生、還暦のさすらい旅が燕市で動き出す
新潟県燕市に降り立った奥田民生が、鶴瓶とともに背脂ラーメンを求めて歩き出します。普段はテレビ出演を避けてきた彼が、「出るならこの番組」と決めていた理由が、旅の始まりから伝わってきます。ものづくりの街らしい人情と出会いが重なり、さすらいの旅に温度を与えていく回です。
このページでは『鶴瓶の家族に乾杯 奥田民生がラーメン求めてさすらい旅IN新潟県燕市(2月7日)』の内容を分かりやすくまとめています。
奥田民生、還暦記念のさすらい旅スタート
今回の旅人は、バンド・ユニコーンでデビューし、ソロ活動30周年を迎えたミュージシャンの奥田民生です。還暦という節目の年に選んだ舞台は、新潟県のものづくりの街・燕市。合流するのは、番組の顔である笑福亭鶴瓶。燕市水道町で待ち合わせた2人は、再会を喜び合いながら、さっそく街歩きのスイッチを入れていきます。
普段はテレビにあまり出ない奥田民生ですが、「もしテレビに出るなら『鶴瓶の家族に乾杯』かなと思っていた」と本音を告白。音楽番組は一番苦手だという彼が、この番組を選んだ理由は、台本通りではない“素の出会い”があるから。そんな本音トークから、今回の旅がただの観光ではなく、還暦を迎えた1人の音楽家が、自分のルーツや価値観を見つめ直す旅でもあることが伝わってきます。
2人がまず向かったのは、公民館。ここで地元の人たちに「燕ってどんな街?」「おいしいラーメン屋さんは?」と聞き込みを開始。燕市は金属加工を中心としたものづくりの集積地であり、同時に背脂ラーメンの聖地としても知られています。伸びにくい極太麺に、煮干しなどの魚介だしを効かせたしょうゆスープ、そこにたっぷりと豚の背脂を浮かべたラーメンは、「燕背脂ラーメン」として全国のファンに支持され、文化庁の「100年フード」にも選ばれているご当地グルメです。
ラーメン好きとして知られる奥田民生が、この街を「ラーメンを食べたいから選んだ」と語るシーンからも、今回の旅のテーマが“音楽家の胃袋を掴むローカルフード”であることがはっきりします。
私物パトカーと背脂ラーメン名店巡り
街歩きの途中、2人の前に現れたのは、なんと私物のパトカーで巡回している男性。市役所勤めの彼は、阪神・淡路大震災をきっかけに災害ボランティア組織を立ち上げた経験を持ち、平時にも地域の安全を守る仕組みを模索するなかで、「民間パトロール車」の所有が認められた際に、真っ先に手を上げて車両を手に入れた人物です。
彼のパトカーは完全な公用車ではなく、あくまで“民間の防犯・防災車両”。それでも、地域の子どもや高齢者にとっては「見かけると安心する車」として定着しており、通学路や住宅街を巡回しながら、防犯パトロールや災害時の初動支援を担っています。番組では、車内に積まれた装備品や、防災への熱い思いも紹介され、街の安全を支える“見えない努力”に鶴瓶も奥田も感心しきり。
そんな頼もしい“パトカーの主”が、2人を噂の背脂ラーメン店まで案内してくれることに。ところが、たどり着いた1軒目のラーメン店は、残念ながらテレビの撮影NG。これも“生の旅番組”ならではのハプニングです。しかし落ち込む暇もなく、再びパトカーに乗り込み、別のラーメン店へ向かうことに。
移動中の車内では、震災ボランティアを続けてきた理由や、民間パトロール車が地域にもたらした変化が語られます。被災地支援から始まった活動が、やがて“ふだんの安全・安心”を支える取り組みに変わっていった背景が描かれ、燕市という街が「ものづくりだけでなく、人のつながりを大事にするコミュニティ」であることが浮かび上がります。
情報量が多すぎる背脂ラーメン店の素顔
ようやく辿り着いた2軒目の店は、いかにも地元密着型の背脂ラーメン店。暖簾をくぐると、カウンターには常連客、壁にはメニューや手書きポップがびっしり貼られた“情報量多め”の空間が広がります。ここで2人が注文したのは、看板メニューの背脂ラーメンとチャーハン。燕背脂ラーメンの特徴である極太麺に、煮干しだしのきいたスープ、白く細かい背脂がスープの表面を覆う一杯は、見た目からしてパンチ力満点です。
番組内では店名こそ大きくは出ませんが、こうした燕市の背脂ラーメン店では、チャーシューの煮汁をベースにしたしょうゆだれに、豚骨や鶏ガラ、香味野菜、複数種類の煮干しを合わせたスープを合わせ、最後に背脂を“チャッチャ”と振りかけるスタイルが多く見られます。 麺はスープをしっかり受け止める極太麺が主流で、岩のりや刻み玉ねぎをトッピングする店も多く、「中華そば=背脂ラーメン」という文化が根付いているのも燕ならではです。
この店の“情報量の多さ”は、料理だけではありません。店主の奥さんはフィリピン出身で、かつてはフィリピンパブの店長として働いていたという異色の経歴の持ち主。そこで働いていた女の子の紹介で現在のご主人と出会い、今は燕市のラーメン店の“看板女将”として店を切り盛りしています。
さらに物語性を加えているのが、店主の娘と、その“将来の夫候補”である青年の存在です。2人はインターネットを通じて知り合い、青年は遠く横浜市から燕市へ移住。交際スタートと同時に、ラーメン店を継ぐ決意を固め、義父となる店主のもとで修業を始めました。地方の老舗ラーメン店が、国際結婚や移住、ネット世代の恋愛といった要素を巻き込みながら、次の世代へバトンをつないでいる姿は、「家族に乾杯」らしい温かさと、現代的なリアリティが同居したエピソードです。
玉川堂の銅やかんに驚愕 燕は世界に誇るものづくりの街
ラーメンに舌鼓を打ったあとは、燕市を象徴する老舗工房玉川堂へ。店内に一歩入ると、棚には銅でつくられたやかんや急須、茶器、コーヒーポットがずらり。価格札には数十万円クラスのものが並び、なかには番組でも紹介された“約85万円”のやかんも登場し、鶴瓶も奥田も思わず「高っ!」と声を上げます。
玉川堂は1816年創業、約200年にわたり鎚起銅器をつくり続けてきた老舗です。銅板を火でなましながら、何度も金槌で叩いて形を作る「鎚起(ついき)」の技法を守り続け、国内唯一の鎚起銅器産地として文化庁や新潟県から無形文化財の指定も受けています。 職人たちの技術は、海外博覧会での受賞や皇室への献上品などを通じて、世界的にも高い評価を得てきました。
工房では、21人在籍する職人たちが、叩き、削り、磨く工程を分担しながら一つひとつの作品を仕上げていきます。ロケ当日は4月1日ということもあり、この日入社したばかりの新米職人の姿も。火花が散る作業場を見つめる奥田の表情からは、「音楽と同じように、手仕事も積み重ねがすべて」という共感がにじみます。
近年、玉川堂は本店にミュージアム機能やカフェを兼ねた産業観光型施設を整備し、歴代の作品や製造工程を見学できる場としても注目されています。 番組では、職人が何十年も使い込んだ金槌や、色味の異なる銅器の表情が映し出され、「ラーメンのまち」として訪れた燕市が、実は世界に誇るクラフトの街でもあることが強く印象づけられます。
山崎金属工業とノーベル賞カトラリーの舞台裏
ここからは「ものづくりの現場が見たい」と一人旅に切り替わった奥田民生。玉川堂の職人から紹介され、訪れたのが山崎金属工業です。工場内には、ナイフやフォーク、スプーンといったステンレスカトラリーが整然と並び、磨き上げられた光沢がまぶしいほど。
山崎金属工業が世界的に知られるきっかけとなったのが、ノーベル賞の晩餐会です。本来、晩餐会のテーブルウェアはすべてスウェーデン製でなければならないという慣例がありましたが、ナイフ・フォーク・スプーンだけは、より品質の高いものを求めて世界中から候補が探され、その結果、燕市の山崎金属工業のカトラリーが採用されました。
晩餐会の翌日には、シルヴィア王妃の前でカトラリーセットを献上する機会にも恵まれ、その場で追加注文を受けたというエピソードも残っています。 「世界最高峰の賞のテーブルで使われるカトラリーを、燕の工場がつくっている」という事実に、奥田は興味津々。
番組では、人気商品の一つであるカレースプーンも紹介されます。口当たりやすく、ご飯とルウをすくいやすいように、カーブや厚みを何度も試作しながら4年がかりで完成させたこだわりの一品です。 実際に手に取った奥田は、そのバランスのよさに驚き、「カレーが食べたくなってきた」と笑顔を見せます。
さらに興味深いのは、山崎金属工業の初代が、玉川堂の三代目に弟子入りしていたという縁。銅器からステンレスカトラリーへと素材は変わっても、「金属を叩き、磨き上げて道具を生み出す」という職人の精神が、燕市の中で脈々と受け継がれていることが分かります。
釜飯文化と大河津分水、オリロータワーが語る燕三条の底力
一方、奥田と別れて一人旅を続ける小野文惠…ではなく、ここからは鶴瓶のソロパート。街を歩いていると、かつて理容師としてハサミを握っていた女性たちのたまり場になっている理髪店に出会います。今は営業というよりも、友人たちが自然と集まる“地域のサロン”のような空間で、おしゃべりに花が咲きます。こうした昔ながらの店が、今もコミュニティのハブになっているところに、燕市の人情深さがにじみます。
番組後半では、新潟県見附市出身で、燕三条エフエム放送「ラヂオは~と」のパーソナリティとして活躍するさとちんが登場。燕三条エフエム放送の人気DJとして地域に密着した情報を発信してきた彼女が、燕市の“推しスポット”を紹介していきます。
まず取り上げるのは、燕市に根付いた釜飯文化。昭和30年代ごろから広まり、お祝い事があると釜飯を食べるのが定番になったと言われています。市内には釜飯を提供する店をまとめた「釜飯マップ」も作られ、海の幸たっぷりの五目釜飯や、地鶏を使った釜飯など、バリエーション豊かなメニューが楽しめます。
次に紹介されるのが、信濃川の分流として大正11年に通水した大河津分水。かつて3年に1度は大洪水を起こして“暴れ川”と恐れられていた信濃川の水量を調整するために造られた人工の川で、完成までには15年もの歳月を要した一大プロジェクトです。 大河津分水ができたことで、燕市をはじめ新潟県全体が洪水被害のリスクから大きく救われ、安心して暮らせる土地になりました。
そして、さとちんの“推し”として紹介されるのが、“燕市の東京タワー”とも呼ばれるオリロータワー。約50メートルの高さを誇るこの塔は、避難器具メーカー・オリロー株式会社の試験施設であり、学校やマンションの避難はしご、救助袋などの実験に使われています。 番組では、さとちんが8メートルの高さから緩降機を体験し、「あ゛ぁー!ひゃー!」と叫びながら降下するコミカルなシーンも。防災技術が身近な場所で磨かれていることを伝えつつ、見ている側もクスッと笑える“らしい”一幕になっています。
ラーメン、銅器、カトラリー、釜飯、河川事業、防災タワー――こうして番組を通して見ていくと、燕市・燕三条エリアは、「おいしい食」と「世界レベルのものづくり」と「暮らしを守るインフラ」がギュッと詰まった、日本でも稀有な地域であることが分かります。奥田民生と笑福亭鶴瓶の旅は、背脂ラーメンを求めるさすらいの旅でありながら、同時に“地方の底力”を体感させてくれる一時間になっています。
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