チコちゃんが解き明かす“身近な謎”の深い物語
このページでは『チコちゃんに叱られる!(2026年2月7日)』の内容を分かりやすくまとめています。
秋の夜に響く虫の鳴き声の秘密、子どもたちを救った一皿として生まれたクリームシチュー、そして人類が自然と向き合う形として発展した庭。
どれも私たちの日常にあるものなのに、その裏には想像以上に大きな歴史と物語が息づいていることが語られました。
チコちゃんが投げかける素朴な疑問から、世界と人間の深いドラマが立ち上がる——そんな魅力が詰まった回です。
虫の鳴き声はなぜ心地よい?秋の夜のオーケストラ
今回の放送でまず取り上げられたのが、虫の鳴き声の謎でした。チコちゃんの「虫の鳴き声が心地よく聞こえるのはなぜ?」という問いの答えは、「オーケストラになっているから」です。
秋の夜に響くスズムシやコオロギの音は、ただバラバラに鳴いているのではなく、お互いの邪魔をしないように“役割分担”しながら重なっていることが紹介されました。
番組では、スズムシ・エンマコオロギ・アオマツムシなど複数の虫の音を重ねると、音域やリズムが自然とズレていて、まるで弦楽器・リズムセクションがそろったオーケストラのように響くことが解説されます。千葉工業大学の研究では、虫の音を聞いた人の脳からアルファ波が多く出て、リラックスした状態になることも示されました。
この巧みな“音の分担”は、虫たちが生き残るために進化させてきた戦略です。縄張りアピールや求愛のために目立ちたい一方で、他の仲間とも共存しなければいけない。そこで、周囲の環境や他の虫の声に合わせて、鳴くタイミングや音の高さを自然にずらしてきたと考えられています。
ロケでは、多摩地域の自然環境を持つ多摩動物公園などを舞台に、夜の虫の音がどのように重なり合っているのかも紹介されました。多摩動物公園は東京都日野市にあり、里山的な環境や昆虫の展示に力を入れている施設で、都市にいながら自然の音を体験できる場所です。
私たちが「なんだか落ち着くな」と感じるあの音は、虫たちの必死の生存戦略が奏でる、見事な“自然の演奏会”だったのです。
クリームシチューは日本発祥?ララ物資と浅野七之助の物語
2つ目の大きなテーマは、クリームシチューの謎でした。チコちゃんの問いは「クリームシチューはなんでできた?」。正解は「アメリカにいた一人の日本人が、日本の子どもたちを救いたいと思ったから」です。
終戦直後の日本は、冷夏や戦争の影響で深刻な食糧難に陥り、特に子どもたちが栄養不足で命の危険にさらされていました。そんな状況をアメリカから見つめていたのが、岩手県盛岡市出身のジャーナリスト、浅野七之助です。
浅野はサンフランシスコで新聞社を立ち上げ、日本の悲惨な状況を記事にして、在米日本人やアメリカ人の教育団体に寄付を呼びかけました。この活動は「日本戦災難民救済運動」へと広がり、大量の食糧や衣類、医薬品が日本へ送られるようになります。この援助物資が、後に**ララ物資(LARA物資)**と呼ばれるものです。
ララ物資の中には栄養価が高いものの、味に癖があり子どもに不評だった脱脂粉乳が含まれていました。学校給食ではミルクやスープとして提供されましたが、どうしても飲みにくい子どもが多かったと言われています。
そこで日本側の栄養士や調理担当者たちが工夫を重ねます。脱脂粉乳を牛乳の代わりに使い、野菜や肉、マカロニなどを合わせて“白いシチュー”のような料理を開発していきました。戦後まもない東京の学校給食では、ダイコン・ニンジン・魚・マカロニが入ったクリームスープが提供された記録も残っています。
この“白いシチュー”が家庭料理としてアレンジされ、バターや小麦粉、牛乳を使う現在のクリームシチューへと姿を変えていったと考えられています。はっきりした一つのレシピは残っていませんが、脱脂粉乳をどうにかおいしく食べてもらいたい、戦後の子どもたちを栄養失調から守りたいという思いが、シチューのルーツになったというのが番組の結論でした。
私たちが冬に食べる一皿のクリームシチュー。その裏側には、浅野七之助という一人の記者と、ララ物資を通して日本の子どもたちに手を差し伸べた人々の、長く続いた救援の歴史が込められているのだとわかります。
人はなぜ庭をつくる?自然をコントロールしたい人類の本能
3つ目の疑問は、「人はなぜ庭をつくるのか?」でした。チコちゃんの答えは、「自然をコントロールしたかったから」です。
狩猟採集の時代、人類は広い自然の中を移動しながら暮らし、天候の変化や猛獣、洪水などの自然の脅威に常にさらされていました。農耕が始まると、川をせき止めて水を引き、畑を区切り、小さな範囲の自然を人間の都合に合わせて整えるようになります。この「小さな自然を囲って、自分の手で管理する」という発想が、庭づくりの原点と考えられています。
番組では、家の近くに果樹や花を植え、塀や垣根で囲んで守ることで、人は「ここは自分の世界だ」と感じ、自然への恐怖を少し和らげてきたという解説がありました。雨や風に翻弄される大自然とは別に、手の届く範囲の植物や石、池を配置し、季節を感じながらも安心して眺められる空間。それが庭です。
この「自然を手のひらサイズにする」発想は、やがて宗教や権力とも結びついていきます。神聖な場所を囲うための聖域として使われたり、王や皇帝の「自分の力がどこまで及ぶか」を示す象徴として、広大な庭園が作られるようになります。庭は、単なる鑑賞空間ではなく、「自然を従えたい」「恐さをコントロールしたい」という人類共通の願いの表れだと番組は語ります。
世界の名園が映し出す「権力」と「祈り」のドラマ
「庭の謎」のコーナーでは、世界中の有名な庭園が次々と映像で紹介されました。インドのタージ・マハルの庭園、フランスのヴェルサイユ宮殿の広大な幾何学庭園、イランやイスラム世界の水路と樹木が整然と配された庭園、そしてオランダやスコットランド、スイスなどヨーロッパの庭も登場し、それぞれが「自然をどう見てきたか」を物語っていると解説されます。
イスラム世界では、砂漠の中に水と木陰を確保するための四分庭園(チャハルバーグ)が発達しました。タージ・マハルを囲む庭も、その流れを汲む水路と区画で構成され、「失われた楽園」を象徴する空間と言われています。
フランスのヴェルサイユ宮殿の庭園は、王権を象徴するための巨大なプロジェクトでした。直線的な並木道や左右対称の花壇、運河のような水路は、「自然ですら国王の命令に従って整列する」というメッセージを世界に見せつけるための装置でもあります。
一方、日本では飛鳥・奈良・平安時代から日本庭園の文化が育ち、池泉回遊式庭園や枯山水など、限られた空間の中に山や川、海まで象徴的に表現する技法が生まれました。京都の寺院庭園や、岡山の後楽園などの大名庭園は、権力の象徴であると同時に、四季の移ろいを静かに味わうための場でもあります。
番組では、「庭はその時代の人々が、自然とどう向き合い、何を怖れ、何を愛してきたかを映し出す“歴史の鏡”である」と紹介していました。小さな家庭の庭から世界遺産の庭園まで、すべてが人間の自然観と権力観、そして祈りを映すステージなのだと、映像を通して実感させてくれます。
注意とまとめ
本記事の内容は公式発表をもとに構成していますが、実際の放送内容と異なる場合があります。
今回取り上げた虫の鳴き声、クリームシチュー、庭の三つのテーマは、どれも身近ながら深い背景を持つもので、人間の暮らしや歴史とつながっていることが分かりました。素朴な疑問から大きな世界が広がるのが、この番組の魅力でもあります。
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