隣り合う学校、響き合う音
北海道の街・旭川で、すぐ近くにある2つの中学校が吹奏楽部として同じ夢を追いかけます。個性も練習方法もまったく違う2校が、全国大会をめざして歩む姿には、青春らしい揺れと強さがありました。
このページでは『Dearにっぽん 隣はライバル 〜北海道・旭川 2つの吹奏楽部〜(2026年2月8日放送)』の内容を分かりやすくまとめています。
2つの中学校が向き合う街・北海道旭川の物語
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番組の舞台は、北海道の内陸にある旭川市です。周囲を大雪山連峰などの山々に囲まれ、冬は氷点下20度近くまで冷え込む一方で、市街地には商業施設や住宅地が広がる「自然と都市が同居する街」として知られています。
その北側に位置する永山地区は、屯田兵の入植から開けた歴史を持つエリアです。面積はおよそ30平方キロ、人口は4万人余り。国道沿いには大型店舗が並び、住宅街の間には永山新川や公園が点在していて、暮らしやすいベッドタウンとして発展してきました。
この永山地区に、徒歩や自転車でも行き来できる距離に建っているのが、旭川市立永山中学校と旭川市立永山南中学校です。どちらにも強豪として知られる吹奏楽部があり、同じ地区・同じ街の代表として、長年「良きライバル」として火花を散らしてきました。
番組『Dearにっぽん 隣はライバル 〜北海道・旭川 2つの吹奏楽部〜』は、この2校の部員たちが、全国の舞台を目指して過ごしたひと夏と、その先の全国大会までの道のりを、丁寧に追いかけています。
全国金賞を目指す 永山中学校吹奏楽部と部長・吉田の挑戦
まずカメラが向けられたのは、旭川市立永山中学校の吹奏楽部です。ここでは、音楽大学出身の顧問・菅野先生のもと、1人1人の演奏技術をとことん磨く指導が行われています。番組でも、「個人の技術の高さ」が永山中の持ち味として繰り返し語られていました。
永山中は一昨年の全国大会で最高賞の金賞を受賞した経験を持ちます。全国大会は、全日本吹奏楽連盟などが主催し、全国の地区・支部大会を勝ち抜いた学校だけが出場できる、日本の中学・高校吹奏楽の頂点とも言えるステージです。毎年課題曲と自由曲を組み合わせた演奏で競われ、全国から選ばれた中学の代表校が集まります。
その永山中で部長を務めるのが、バリトンサックス担当の吉田です。バリトンサックスは、バンド全体の土台を支える低音楽器。メロディーを吹く機会は少ないものの、音程やリズムが安定していないと、曲そのものがぐらついてしまいます。そんな重要なパートでソロも任されている吉田は、中学から吹奏楽を始め、「練習すればするほど音が変わる」魅力にすっかり夢中になったと語ります。
一方で、吉田には大きな課題もあります。それは「自分の意見を口に出すことが苦手」ということ。部長でありながら、合奏中に気になったことを仲間に伝えられなかったり、ミーティングでうまく言葉が出てこなかったりする様子が描かれました。
それでも、全国大会をもう一度金賞で終えたいという思いは強く、放課後の教室や音楽室に残って個人練習を重ねる姿が印象的でした。音の立ち上がりや音程を何度も確かめながら、少しずつ理想の音に近づけていく――地道な積み重ねが画面からも伝わってきます。
生徒主体の永山南中学校吹奏楽部 佐々木が背負ったリーダーの重さ
ライバル校として登場するのが、4年連続で全国大会に出場している旭川市立永山南中学校の吹奏楽部です。こちらの特徴は「生徒主体」で部を運営していること。顧問の山口先生は、演奏面の指導だけでなく、「自分たちで考えること」を何度も部員に求めてきました。
永山南中では、部長が4人体制。その1人に選ばれたのが佐々木です。周囲からリーダーシップを評価されての抜擢でしたが、「自分なんかでいいのか」という不安も抱えていました。それでも、全国の舞台を知る先輩たちからバトンを受け取り、「今年も金賞を狙う」という重責を背負います。
夏休みには恒例の夏合宿が行われました。合奏では、佐々木が厳しい口調で、リズムの甘さや集中力の足りなさを次々と指摘します。全国常連校としてのプライドがあるからこそ、「これでは全国では戦えない」という焦りが口調ににじんでいました。
しかし、その厳しさに納得できない部員もいました。「どうしてあんな言い方をするのか」「自分たちの気持ちを分かってくれていないのではないか」――部の空気は次第にぎくしゃくし、チームがバラバラになっていく様子が映し出されます。
そこで山口先生が配ったのが、「どんなチームで大会に臨みたいか」「自分は部にどう関わりたいか」といった問いが並ぶプリントです。部員たちは、自分の本音を言葉にするよう促されました。
佐々木は、そのプリントをきっかけに、部員全員を集めてミーティングを開きます。これまで言えなかった不安や迷い、そして「みんなを勝たせたい」と思う気持ちを、涙ぐみながらも正直に伝えました。厳しい言葉の裏側にあった本当の思いを知った部員たちは、少しずつ心を開き、もう一度同じ方向を向いていこうと決意します。
この一連のプロセスは、「生徒主体の部活動」が持つ難しさと、それを乗り越えたときの強さを象徴していました。大人がすべて決めてしまうのではなく、自分たちで悩み、ぶつかり合い、また歩み寄る――その経験こそが、演奏に深みを与えていくのだと感じさせられます。
地区予選と合同練習 ライバルがくれた“変わるきっかけ”
全国大会まで残り3か月。永山中はホールでの合奏練習に入りました。この日はプロの演奏家が訪れ、吉田を含むメンバーに直接アドバイスをします。ステージ上での響かせ方や、和音のバランスの取り方など、普段の音楽室では気づきにくいポイントが次々と指摘されました。
一方の永山南中は、夏合宿で合奏とセクション練習を重ね、少しずつ1つの音にまとまり始めます。ここで選ばれた自由曲が、アメリカの作曲家フランシス・マクベスが手がけた『神の恵みをうけて』です。マクベスは、吹奏楽の名曲を多く残した作曲家で、教会音楽を思わせる荘厳なハーモニーやドラマチックなクライマックスが特徴です。
そして迎えた地区予選。永山南中は、チームワークが試されるこの曲で、息の合ったアンサンブルを披露し、会場にどっしりとした響きを届けます。永山中は『祝い唄と踊り唄による幻想曲』を演奏。日本的な旋律とリズムが組み合わさった難曲で、個人技術の高さを生かせる選曲でした。
結果として2校とも予選を通過しましたが、永山中の演奏には課題が残りました。音程が微妙にずれて和音が濁ってしまったり、入りのタイミングが揃わなかったりと、「個人の技術は高いのに、チームとしての一体感が出ていない」と菅野先生は指摘します。その矛先は、部を率いる吉田の姿勢にも向けられました。「もっと明るく、前向きにみんなを引っ張ってほしい」という言葉は、吉田にとって厳しくも必要なメッセージでした。
そこで提案されたのが、永山南中との合同練習です。5日後、永山中の部員たちは永山南中を訪れ、いつもライバルとしてステージで向き合ってきた相手と、初めて同じ場所で音を出します。
合同練習では、2校の部員が交互に座り、同じパート同士で音を出し合うワークが行われました。「隣の人の音を聴いて、感じたことをその場で伝える」というルールのもと、永山南中の部員たちは次々に手を挙げ、「もっとここを合わせたい」「この響きがいい」と積極的に意見を共有していきます。
対して永山中の部員たちは、なかなか手を挙げられません。特に吉田は、最後まで一言も発言できずに終わってしまいました。自分よりも年齢が近い同世代の仲間が、こんなにもはっきりと自分の考えを言葉にしている――その姿を目の当たりにしたことで、「このままではいけない」という危機感が芽生えます。
合同練習を経て、吉田は少しずつ変わり始めました。合奏中に気になったことを勇気を出して口にしたり、「今の和音、もう一度合わせませんか」と自分から提案したり。すると、永山中の課題だった和音パートも、次第に安定した響きを取り戻していきます。
ライバルは、ただ競うだけの存在ではありません。お互いの存在があるからこそ、自分たちの弱さや足りない部分に気づき、次のステップへと進める――合同練習は、そのことを象徴する時間になっていました。
第73回全日本吹奏楽コンクール本番と、2人が選んだその後の道
いよいよ迎えた第73回全日本吹奏楽コンクール本番。会場となった宇都宮市文化会館には、全国から選りすぐりの中学校が集まりました。プログラムには、各団体の課題曲・自由曲、指揮者名などが細かく掲載され、当日の演奏はのちに映像作品としても発売されるほど、吹奏楽ファンにとって特別な舞台です。
北海道代表の一つとしてステージに立った永山南中は、課題曲IIに続き、自由曲『神の恵みをうけて』を演奏しました。序盤は静かな祈りのような旋律から始まり、次第に金管と木管が重なり合って、豊かなクライマックスへと向かっていきます。夏合宿やミーティングを通して一つになったチームの「呼吸」が、そのまま音になったかのような演奏で、結果は金賞。客席にも達成感と安堵の空気が広がりました。
永山中は、繊細なフレーズや和音の重なりが印象的な自由曲で勝負に挑みました。個々の技術を生かしつつ、合同練習以降に意識してきた「一体感」も感じられる演奏で、会場には澄んだ響きが広がります。結果は銀賞でしたが、全国の舞台で堂々と力を出し切ったことが、部員たちにとって大きな自信になりました。
大会から3か月。番組は再び、2人のその後を追います。
永山南中の佐々木は、部長を後輩にバトンタッチしました。高校では勉強を中心に頑張りたいと話しつつも、「部長として悩みながら過ごした時間が、これからの自分の支えになる」と振り返ります。人前で意見を言うこと、仲間の本音を聞くこと、責任を持って決断すること――そのすべてが、将来社会に出てからも役立つ「生きる力」につながっていくはずです。
一方、永山中の吉田は、今も楽器を手放していません。大会後も学校での練習を続け、高校でも吹奏楽を続けたいと語りました。静かな性格のままかもしれませんが、合同練習や全国の舞台を経験したことで、「自分の言葉で仲間に伝える」勇気を少しずつ身につけたように見えます。
2つの吹奏楽部は、同じ街の空の下で、これからもそれぞれの歴史を刻んでいきます。金賞か銀賞かという結果以上に、「隣にライバルがいる」という環境そのものが、旭川の子どもたちを大きく成長させている――番組はそんな温かいメッセージを、静かなナレーションとともに伝えていました。
※本記事は『Dearにっぽん 隣はライバル 〜北海道・旭川 2つの吹奏楽部〜(2026年2月8日放送)』の内容をもとにまとめています。実際の放送内容と細部が異なる場合があります。
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旭川の吹奏楽文化の歴史背景(追加情報)

旭川には、地域に深く根づいた吹奏楽の文化があります。ここでは、その歴史を紹介します。
北海道音楽大行進の長い歴史
旭川では、1929年から「北海道音楽大行進」という大きな音楽イベントが続いています。学校の吹奏楽部だけでなく、市民バンドや団体なども参加し、街じゅうが音楽で満たされます。観客が多く集まることで、地域全体で音楽を応援する雰囲気が育ち、子どもたちが音楽に親しむきっかけになっています。こうした伝統の積み重ねが、旭川の街に自然と吹奏楽の文化を広げてきました。
学校吹奏楽の土台が育った理由
旭川には、戦前から活動する学校ブラスバンドがありました。長い歴史を持つ学校も多く、吹奏楽が教育の中で大切にされてきたことがわかります。顧問の先生たちが代々力を入れてきたことで、地域に指導者が多く育ち、子どもたちが良い環境で練習できる土台が整っていきました。こうした環境が続いたことで、旭川の学校は自然と高いレベルを目指せるようになりました。
永山地区の吹奏楽が発展した背景
永山中学校や永山南中学校が全国的に知られるようになったのは、長年の努力と地域の応援があったからです。永山南中が創部から早い段階で全国大会に出場したことは、地域にとって大きな励みになりました。学校同士が近いこともあり、お互いに刺激し合える環境が生まれ、より高い目標をめざす流れができました。永山地区には、吹奏楽を応援する雰囲気が今もしっかり残っています。
以上が、旭川で吹奏楽が強く育ってきた背景です。
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