能登の小さな寺に灯る「祈り」の物語
このページでは『Dearにっぽん(2026年1月18日放送)』の内容を分かりやすくまとめています。
能登半島の静かな海辺に、わずか4坪の往還寺があります。地震で全壊した寺を失いながらも、住職・松下文映さんは小さなプレハブに本尊を移し、祈りの場を守り続けています。
去っていく人が増える宝立町で、それでも「残る」と決めた住職。その理由には、家族を失った人々の思い、そして支え合う夫婦の強い絆がありました。
能登半島地震で全壊した寺と4坪のプレハブ寺
能登の大地を揺るがした能登半島地震は、宝立町の往還寺にも深い爪痕を残しました。本堂は津波と激しい揺れで姿を失い、境内はさら地となり、歴史を重ねてきた伽藍は跡形もなく消えてしまいました。しかし、そこで終わりではありません。住職の松下文映さんは、崩れた瓦礫の中から阿弥陀如来の本尊や仏具を一つひとつ救い出し、新たな祈りの場所をつくる決意を固めます。
その結果生まれたのが、4坪ほどの小さなプレハブ寺です。約200万円を投じて購入し、地震から7か月後に再び「寺」としての灯をともしました。海沿いに残された更地の中で、そのプレハブはひときわ目を引きます。外観は質素であっても、中には本尊や仏具が整い、地域の人々の祈りが確かに息づいています。
家族を亡くした人、家を失った人、避難生活で心が折れそうな人。そんな一人ひとりが、ここに立ち寄り、手を合わせ、涙を落とし、また前を向いて帰っていきます。プレハブ寺は小さくても、その存在は何より大きく、被災地の人々を支える「帰る場所」になっているのです。
プレハブ住職・松下文映さんと妻さち子さんの2年間
震災から2年。松下文映さんは毎朝、仮設住宅を出てプレハブ寺へと向かいます。自宅を失ってもなお、向かう先はいつも寺です。小さな本堂には、全壊した寺から守り抜いたお骨や仏具が並び、線香の煙がゆっくりと漂っています。街の店は減り、インフラも不安定。それでも、住職は淡々と日々のお勤めを続けています。
そんな松下さんの背中を支えてきたのが、妻のさち子さんです。坊守として檀家との連絡やお布施の管理を担い、地域とのつながりを守ってきました。昼には一度仮設住宅へ戻り、二人であたたかいうどんを囲むのが日課。ささやかな食卓ですが、その時間が夫婦にとって大切な休息になっています。
しかし、元日を前にさち子さんが突然、激しい腹痛に襲われ入院。長く寄り添ってきた妻の不調は、松下さんにとって大きな衝撃となりました。被災地の寺を守り続ける覚悟の裏側には、夫婦で背負ってきた現実と苦悩があるのだと、強く感じさせる出来事でした。この先どう進むのかは、まだ誰にも分かりません。
増え続ける墓じまいと、去りゆく故郷・宝立町
震災後、プレハブの往還寺で増え続けているのが墓じまいの依頼です。これまで40件以上もの墓じまいに松下さんが立ち会い、檀家の最後の別れに寄り添ってきました。家を失った人々は、遠くへ移り住むことで、先祖代々の墓を守り続けることが難しくなっています。
さらに宝立町では、地震後に少なくとも400人が町を離れました。かつて観光と漁業でにぎわった街の姿は薄れ、津波で24人以上が亡くなった沿岸部には人影が消えました。「故郷ごと流されてしまった」と語る住民もいるほど、大きな変化が訪れています。
墓じまいの現場では、手を合わせる人の震える肩を前に、松下さんは静かに経をあげ、最後の時間に寄り添います。残りたくても残れない人。残ると決めた人。どちらの選択にも痛みがあり、背景があります。だからこそ、プレハブ寺は「苦渋の決断を受け止める場所」として、ますます必要とされているのです。
家族を失った廣田さんの2年と法要の葛藤
番組で心を揺さぶるのが、廣田咲子さんの物語です。震災の日、家族3人が家屋の下敷きになり、助かったのは咲子さん一人。夫の廣田均さん、そして義母を同時に失った現実は、言葉で言い尽くせない深い悲しみをもたらしました。
それでも咲子さんは毎週、雨の日も雪の日も欠かさずお墓参りを続けます。しかし時がたつほど、新しい悩みが胸に芽生えます。遠くで暮らす子どもや孫にとって、夫の記憶が薄れてしまうのではないかという不安です。「家族の記憶がここで途切れてしまうのでは」と思うたび、心が締めつけられてしまいます。
その不安を抱えたまま、咲子さんは松下さんに「法要をいつ、どこで行えばよいのか」と相談に訪れました。法要は単なる儀式ではなく、家族の記憶を未来へつないでいくための大切な節目です。
新年、子どもと孫が帰省し、久しぶりに家族がそろった廣田家。その家を訪れた松下さんが静かに読経する姿は、「家を失っても、家族の物語は消えない」と語りかけるようでした。
息子の寺・町田の往還寺と「残る」決意
東京・町田には、もう一つの往還寺があります。そこで住職を務めているのが、松下さんの息子・照見さんです。震災後、子どもたちは口をそろえてこう言いました。「もう宝立町にこだわらず、近くで暮らしてほしい」と。生活基盤も揺らぎ、人口も減り続ける宝立町で、寺を続けるのは楽な選択ではありません。
しかし松下さんは、あえて「残る」道を選び続けています。プレハブ寺に本尊を安置し、地域の人々の支えとなることが、住職としての務めだと考えているからです。震災で家を失っても、寺まで失えば、人々の心のよりどころは完全に消えてしまいます。その思いが、住職を宝立町に踏みとどまらせています。
番組タイトルに掲げられた「再建の灯」。人口が減り、墓が閉じられ、街が静かになっていく中でも、松下さんの決意は揺らぎません。「寺がここにある」ことそのものを守る――それが松下さんの選んだ答えです。
雪の元日と、往還寺再建という希望の灯
2026年の元日、宝立町は一面の雪に覆われました。音のない白い世界に、2年前の地震で止まった時間が重なるようでした。翌2日、松下さんは約束していた廣田家を訪れ、家族が集う中で法要を行います。そこには、家族の記憶を守りたいという静かな願いと、再び一歩踏み出そうとする力がありました。
その一方で、松下さん自身にも大きな目標があります。それが、往還寺の再建です。プレハブは仮の姿であり、いずれ本堂を建て直すという強い意志を胸に、すでに土地の登記準備も進めています。具体的な時期はまだ見えませんが、「この場所に寺の灯をともす」という決意そのものが、再建の第一歩になっています。
更地が広がる被災地の中で、4坪の小さな寺は希望の光を放ち続けています。読経の声が絶えない限り、「故郷はまだ息をしている」。その事実を、松下さんは今日も静かに示し続けているのです。
【Dearにっぽん】ふたりがいない輪島へ〜神奈川・川崎〜 能登半島地震からの再出発と楠健二の現在|2026年1月11日
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