音を失っても、音楽は消えなかった
このページでは『Dearにっぽん あのとき“失った音”を求めて〜RADWIMPS 山口智史〜(2025年12月31日放送)』の内容を分かりやすくまとめています。
RADWIMPSのドラマーとしてステージに立ち続けてきた山口智史さんが、病気によってドラムを叩けなくなり、それでも音楽と向き合い続けた10年の記録です。音を失った瞬間から、新しい音にたどり着くまでの道のりを知ることで、「続ける」という選択の重さと希望が見えてきます。
ライブ中に起きた異変と活動休止という決断
山口智史さんに異変が起きたのは、RADWIMPSのライブ演奏の真っただ中でした。
それまで当たり前のように動いていた右足が、ある瞬間から自分の意思とは関係なく、思うように反応しなくなったのです。
ドラマーにとって右足は、バスドラムを踏み、リズムの軸を作る最重要のパーツです。
手でどれだけ正確に叩けていても、右足が乱れれば演奏全体が崩れてしまいます。
山口さん自身も、その違和感を「少しの不調」や「疲れ」のせいだと思おうとしました。
しかし、その感覚は一時的なものではありませんでした。
ステージに立ち、演奏を重ねるほど、右足だけが言うことをきかなくなる状態ははっきりしていきます。
頭では「踏もう」と思っているのに、体が反応しない。
それは練習量や気合いではどうにもならない感覚でした。
病院で告げられた診断名は、『ミュージシャンズ・ジストニア』。
楽器演奏など特定の動作を行うときに、神経の働きが乱れ、体が思い通りに動かなくなる病気です。
筋肉や骨に異常があるわけではなく、脳と神経の伝達がズレてしまうことが原因とされています。
しかもこの病気には、確立された治療法が存在しません。
演奏を続けたい気持ちが強いほど、症状が悪化することもあると言われています。
ドラマーとして生きてきた山口さんにとって、それはあまりにも残酷な現実でした。
そして2015年、山口智史さんは無期限の活動休止を決断します。
ステージに立つこと、音を出すこと、観客と一体になる感覚。
それらすべてを手放さなければならない選択でした。
音楽が生きがいだった山口さんにとって、
「音を出せない」という現実は、人生そのものを揺るがす出来事だったのです。
『ミュージシャンズ・ジストニア』という見えにくい病気
『ミュージシャンズ・ジストニア』は、腕や足の筋肉そのものが壊れたり、衰えたりする病気ではありません。
問題が起きているのは、脳と神経の情報のやり取りです。
本来なら自然につながるはずの指令がうまく伝わらず、特定の動作だけが思い通りにできなくなるという特徴があります。
日常生活では、歩いたり、物を持ったりといった動作に大きな支障が出ない場合も少なくありません。
ところが、楽器演奏のように正確さ・速さ・力加減を同時に求められる動きになると、症状がはっきり現れます。
頭では分かっているのに、体が反応しない。
そのズレが、演奏の現場で突然表に出てしまうのです。
番組では、この病気が「努力が足りない」「気持ちの問題ではないか」と誤解されやすい現実にも触れられています。
外から見ると普通に動けているように見えるため、本人の苦しさが伝わりにくいのが大きな壁になります。
しかし実際には、本人の意思とは無関係に体が反応してしまう状態であり、気合いや根性で乗り越えられるものではありません。
さらに残酷なのは、演奏したい気持ちが強いほど症状がつらくなることがあるという点です。
音楽が好きだからこそ、ステージに立ちたいからこそ、体が言うことをきかなくなる。
その矛盾が、演奏者の心を深く追い詰めていきます。
山口智史さんが語った
「音楽に殺されてしまう」
という言葉は、単なる比喩ではありません。
愛してきた音楽そのものが、自分を壊していく感覚。
それほどまでに、『ミュージシャンズ・ジストニア』は精神的にも重い病気であることが、番組を通して伝えられています。
研究と支えがつないだ新しい一歩
活動を休止してからの山口智史さんは、決して何もせずに時間を過ごしていたわけではありませんでした。
ドラムを叩けなくなっても、音楽と向き合う姿勢だけは失っていなかったのです。
自分の身に起きていることを正しく知るため、山口さんは慶応義塾大学の研究者と協力し、神経の働きや脳の仕組みについて学び続けました。
そこにあったのは、「早く元に戻りたい」という焦りだけではありません。
「なぜこの病気が起きるのか」
「今の自分に何ができるのか」
その問いを重ねること自体が、次の一歩につながっていきました。
治すことだけを目標にしてしまえば、結果が出ない時間は苦しさに変わります。
山口さんはそうではなく、病気を理解し、受け止めることを選びました。
その姿勢が、後に新しい表現方法や楽器開発へと広がっていきます。
番組では、もう一つ印象的な場面が描かれます。
それが、神奈川県の葉山町で行う田植えのシーンです。
ステージとはまったく違う場所で、土に足を入れ、一定のリズムで苗を植えていく時間。
そこには、音楽とは異なる静かなリズムが流れていました。
土に触れ、季節の流れを感じながら体を動かすその時間は、
山口さんにとって、自分自身を取り戻すための大切な時間でもありました。
何かを生み出す前に、まず生きる感覚を整える。
その積み重ねが、心を少しずつ前に向かせていきます。
そして番組では、妻の存在も丁寧に映し出されています。
闘病の日々を振り返りながら、そばで見守り、支え続けてきた思いを語る姿からは、
病気と向き合う時間が、本人だけのものではなかったことが伝わってきます。
家族の支え、研究者との出会い、そして音楽以外の時間。
それらすべてが重なり合い、山口智史さんは少しずつ、
「失った音」の先にある世界へ歩み始めていったのです。
声で叩くドラムという発想
大きな転機となったのが、静岡県の浜松市にある楽器メーカーと取り組んだ、新しいドラムの開発でした。
右足が思うように動かないという現実を前に、従来の奏法に戻ることだけを目指すのではなく、まったく別の発想から音を生み出す道が探られていきます。
そこで生まれたのが、声を使ってバスドラムの音を出す仕組みです。
右足の代わりに、声や呼吸をトリガーとして音を鳴らすことで、リズムの土台を作る。
それは、失った機能を補うというよりも、演奏の形そのものを組み替える挑戦でした。
このドラムは、単なる補助装置ではありません。
音を出すことだけが目的ではなく、自分の体でリズムを生み出している感覚を取り戻すことが重視されました。
呼吸のタイミング、声の出し方、間の取り方。
それらすべてが演奏に直結し、山口さん自身の身体感覚と深く結びついていきます。
山口智史さんは、この新しいドラムと向き合い、何度も何度も練習を重ねました。
思い通りに音が出ない日もあれば、わずかな手応えを感じる瞬間もある。
その積み重ねの中で、かつての音と同じではない、
しかし確かに自分の中から生まれてくる『新たな音』が、少しずつ形になっていきました。
失ったものをそのまま取り戻すのではなく、
別の形で音楽と再会する。
このドラム開発は、山口智史さんにとって、
再びステージへ向かうための確かな足場となっていったのです。
仲間との再会と久しぶりのドラム
番組後半では、RADWIMPSのメンバーであり、高校時代からの友人でもある武田さんが、山口智史さんを訪ねる場面が描かれます。
長い年月を共に過ごし、同じ音楽の景色を見てきた仲間との再会は、言葉以上に重い意味を持っていました。
かつて当たり前のように並んでいたステージから離れて、10年。
その時間を知る相手を前に、山口さんは久しぶりにドラムの前に座ります。
スティックを持ち、セットを見つめるその姿には、期待と緊張、そして迷いが入り混じっていました。
もちろん、すべてが元通りになったわけではありません。
以前と同じ体の動き、同じ奏法ではありません。
それでも山口さんは、新しい方法で音を出し、リズムを刻みます。
声と呼吸を使い、工夫を重ねて生み出されるその音には、
10年という時間の重みがそのまま宿っていました。
叩かれる一音一音には、
悩み続けた日々
諦めきれなかった気持ち
それでも音楽から離れなかった覚悟
が静かに重なっていきます。
この場面で印象的なのは、演奏の完成度ではありません。
音の正確さや派手さ以上に、
「もう一度、ドラムと向き合えた」
という事実そのものが、強く胸に迫ってきます。
失ったものの大きさを知っているからこそ、
今、出せる音の価値がはっきりと浮かび上がる。
仲間を前にして鳴らされたその音は、
山口智史さんが再び前に進むための、
確かな合図のようにも感じられました。
復帰ライブと『もしも』に込めた思い
2025年8月20日、山口智史さんは復帰ライブのステージに立ちます。
長い時間を経て、再び観客の前に姿を現すその瞬間は、
単なるライブ出演以上の意味を持っていました。
1曲目に選ばれたのは『もしも』。
この曲を最初に鳴らすという選択には、
これまでの歩みと、これから進む道の両方が込められていました。
ステージに立つ山口さんの姿は、緊張と覚悟が入り混じった、
静かで強い存在感を放っていました。
新しいドラムで生み出された音は、
かつてのRADWIMPSのライブで鳴っていた音と、同じではありません。
音の出方も、体の使い方も違います。
それでもその一音一音には、
失った時間
迷い続けた日々
支えてくれた家族や仲間への思い
が、確かに重なっていました。
観客の反応もまた、特別なものでした。
完璧さや派手さを求める空気ではなく、
その場に生まれる音を、そのまま受け止めるような空気。
演奏を通して、山口さんと観客の心が通い合う瞬間が、
ゆっくりと広がっていきます。
このライブは、過去に戻るためのものではありません。
失ったものをなかったことにする復帰でもありませんでした。
それは、
「戻る」のではなく「進む」ための復帰
だったことが、音を通してはっきりと伝わってきます。
そして2025年9月23日。
RADWIMPSを離れてから10年という節目を前に、
山口智史さんはようやく、自分なりの答えにたどり着きます。
音を失った時間も、遠回りに見えた日々も、
すべてが今につながっていた。
その事実を受け入れたとき、
山口さんの中で、音楽は再び、
生きる力として鳴り始めたのです。
音楽を続けるという選択
『Dearにっぽん』が伝えているのは、成功や復活だけの物語ではありません。音を失っても、音楽への思いを手放さなかった一人の人間の記録です。
山口智史さんが見つけた『新たな音』は、同じように何かを失った人にとって、「続ける形は一つじゃない」という静かなメッセージになっています。
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