“覚悟”の下町ボブスレーとは──父と子の物語の舞台
下町ボブスレーの物語は、東京の南に広がる工業地帯、大田区の小さな町工場から始まります。
番組では、ここで金属加工会社を営む父と、その息子の姿を通して、ものづくりの現場に生きる人たちの“覚悟”が描かれます。
父は、町工場どうしが力を寄せ合って、世界と戦えるそりを作ろうとしてきました。
一方で、息子は「ボブスレーを作っても、会社の売り上げにはつながらない」と冷静に考えています。
同じ工場、同じ家族。
それでも見ている景色は、少しずつ違う。
このズレが、物語の大きなテーマになっていきます。
ものづくりの町・大田区と町工場のネットワーク
舞台となる大田区は、「ものづくりの町」として知られています。
区内には、従業員9人以下の小さな工場が8割以上を占め、特に機械・金属の工場が多い地域です。
小さな工場といっても、その仕事ぶりはとてもハイレベルです。
多品種・小ロットの部品を、短い納期で正確につくるのが得意で、大企業の試作品づくりや、細かい精密加工を支えています。
こうした工場どうしが、お互いの得意分野を生かして部品を分担し、ひとつの製品を作り上げるネットワークがあります。
番組に登場する金属加工会社の社長も、そのネットワークの中心に立ち、仲間の工場と協力しながらプロジェクトを進めてきました。
町工場は、一つひとつは小さくても、つながれば大きな力になる──。
番組では、その空気感が丁寧に映し出されます。
14年続く挑戦──オリンピックをめざす国産そりづくり
下町ボブスレーの挑戦が始まったのは、今から十数年前。
「世界の舞台で走る、国産のボブスレーを作りたい」という思いから、プロジェクトが立ち上がりました。
ボブスレーは、氷のコースを一気に滑り降り、100分の1秒を争う競技です。
その速さから「氷上のエフワン」と呼ばれ、そりのわずかな形や重さ、素材の違いが勝負を左右します。
ところが、世界のトップチームを支えているのは、大企業が開発した高性能なそり。
そんな中で、大田区の町工場が「自分たちの技術で世界に挑もう」と立ち上がったのが、下町ボブスレーネットワークプロジェクトです。
協力した町工場は、のべ100社以上。
1号機をつくるだけでも数十社が参加し、部品点数は200点を超えました。
しかし、冬の国際大会で採用される道のりは簡単ではなく、これまでの大会では採用を逃しています。
それでも「いつかオリンピックで自分たちのそりを走らせたい」という夢をあきらめず、14年ものあいだ開発を続けてきたのです。
金属加工会社の社長が守りたい「輪」と「熱量」
番組の中心となる父親は、金属加工会社を率いる社長です。
彼が大切にしているのは、技術だけではありません。
町工場どうしの「輪」、そしてプロジェクトに関わる人たちの「熱量」です。
正直にいえば、ボブスレーのそりを作る仕事は、すぐに大きな利益を生むわけではありません。
それでも社長は、工場の職人たちが誇りを持って取り組める仕事として、このプロジェクトを続けてきました。
日々の注文は、ときに厳しく減っていきます。
それでも工場の明かりを消さないために、新しい挑戦を続ける。
その姿は、「儲かるかどうか」だけでは語れない、ものづくりの世界のリアルです。
「会社の仕事につながらない」息子が抱える本音
一方、息子の立場はまったく違います。
彼は同じ工場で働きながらも、「ボブスレーを作っても、会社の仕事にはつながらない」と考えています。
経営を現実的に考えれば、売り上げになる仕事を優先したいのは当然です。
電気代、人件費、機械のメンテナンス。
毎月の支払いを回していくことは、どんな町工場にとっても大きなプレッシャーです。
息子は、そのプレッシャーを真正面から受け止めています。
「何に時間を使うべきか」「どんな仕事を取るべきか」。
父の夢を理解しつつも、会社を守らなくてはいけない。
その板ばさみの中で、彼はプロジェクトから一歩距離を置こうとします。
この“距離感”こそが、多くの家業や中小企業が抱えるリアルな悩みと重なります。
社長交代の決断──父から子へ受け継がれるバトン
番組の大きな転機となるのが、会社の社長交代の話です。
長く工場を支えてきた父が、息子に社長の座を譲る予定になりました。
この決断には、いくつもの思いが重なっています。
工場を次の世代につなぎたい。
けれど、その道が平坦でないことも、父は誰よりもよく知っています。
息子にとっては、「夢」と「現実」を同時に引き継ぐことを意味します。
負債や設備投資、取引先との関係。
それらすべてを背負ったうえで、父が大事にしてきた下町ボブスレーのような挑戦を続けるのか、それとも別の道を選ぶのか。
番組は、ふたりが言葉にならない思いを抱えながら、少しずつ対話を重ねていく様子を見つめます。
ボブスレー開発の現場に息づく精密技術とチームワーク
そりづくりの現場では、町工場ならではの技術がフルに生かされています。
ボブスレーのボディは、わずかな段差やゆがみが空気の流れに影響します。
そのため、金属の削り出しや溶接、塗装にいたるまで、高い精度と安定した品質が求められます。
大田区の工場は、もともと短納期で精密な部品を作ることで評価されてきました。
ボブスレーの開発では、その強みが存分に発揮されます。
ある工場がフレーム部分を担当し、別の工場がステアリングの部品を作り、さらに別の工場が表面の仕上げを引き受ける。
こうして、ひとつのそりに多くの工場の“手”が重なっていきます。
番組では、図面を前に議論する姿や、試作品を前に細かい調整を重ねる様子など、地道な作業の積み重ねが映し出されます。
この地道さこそ、日本のものづくりを支えてきた力だと感じさせてくれる場面です。
町工場の未来と、父と子が見つけた答え
物語の終わりに向かって、父と息子はそれぞれの「覚悟」と向き合います。
父は、たとえすぐに利益にならなくても、町工場が胸を張って語れる仕事を残したいと願っています。
息子は、会社をつぶさないために、現実的な判断をしなければならないと感じています。
どちらか一方だけが正しいわけではありません。
番組は、答えを決めつけるのではなく、ふたりが時間をかけてたどり着いた一つの結論を、静かに見せてくれます。
背景には、世界の舞台をめざすボブスレーと、日々の仕事を支える町工場の現場があります。
日本各地の中小企業が抱える「事業承継」や「次の世代へのバトン」というテーマとも重なり、多くの人が自分ごとのように感じられる物語になっています。
語りを担当する吉岡里帆の柔らかな声も、この父と子の物語に寄り添います。
下町ボブスレーの挑戦は、まだ途中です。
それでも、たしかに言えるのはひとつ。
小さな町工場から生まれた一本のそりが、親子の対話を生み、町の未来を考えるきっかけになっているということです。
その姿を知るだけでも、私たちは「ものづくりの価値」を、少し違った角度から見つめ直せるのではないでしょうか。
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