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うちの障害ある家族がおとなになりまして。障害者 親亡きあとどうする?18歳の壁がなぜ起きるのかとグループホーム入れない理由

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障害のある家族が大人になるという現実

障害のある子どもが成長し、大人として生きていくとき、家族の暮らしは大きく変わります。とくに18歳の壁親亡きあとの問題は、多くの家庭が直面する大きな課題です。

『あさイチ(うちの障害ある家族がおとなになりまして。)(2026年4月13日)』でも取り上げられ注目されています 。制度の切り替えや支援の不足、住まいやお金の不安など、見えにくかった現実が広く知られるようになりました。

この記事でわかること
18歳の壁がなぜ起こるのか
・親亡きあとに何が問題になるのか
・グループホームの暮らしと現実
・きょうだい児の悩みと家族の関係
・これからの支援制度と社会の変化

【あさイチ】大人の発達障害を知る 職場の悩み・家族の向き合い・特性の伝え方まで深掘りして見えてきた現実

ダウン症の書家・金澤翔子さんが歩んだ自立への道

『うちの障害ある家族がおとなになりまして。』という言葉が強く響くのは、障害のある人が子どものままではなく、ちゃんと年を重ね、大人として暮らしをつくっていく存在だと気づかせてくれるからです。

このテーマでまず注目されたのが、金澤翔子さんの歩みです。力強い書で広く知られ、大きな仕事も担ってきた一方で、今は地域の中で接客の仕事をしながら暮らしています。買い物、料理、洗濯などを自分でこなし、暮らしの力を少しずつ積み上げてきたことが伝えられています。こうした姿が多くの人の心を動かすのは、才能の話だけではなく、「自立とは何か」を考えさせるからです。自立は、何でも一人で完璧にできることではありません。できることは自分で行い、難しいところは助けを受けながら暮らしを続けることでもあります。

ここで大事なのは、自立と孤立はまったく違うという点です。障害のある人の自立を考えるとき、「一人で全部できるようになること」を目標にしすぎると苦しくなります。実際には、お金の管理だけ家族や支援者が支えたり、仕事の場では周囲が見守ったりしながら、本人の得意なことを広げていく形が多くあります。そのほうが現実的で、長く続きやすいのです。

また、障害のある人は決して少数の特別な存在ではありません。政府の資料では、複数の障害の重なりを単純に合計できない前提つきですが、国民のおよそ9.3%が何らかの障害を有するとされています。だからこれは一部の家庭だけの話ではなく、社会全体の暮らし方の問題でもあります。

金澤さんの話が注目された背景には、「障害があっても地域で働き、暮らす」という流れへの関心があります。障害福祉は、施設だけで支える時代から、地域の中で本人の希望に沿って暮らしを支える方向へ少しずつ進んできました。だからこそ、仕事や一人暮らしの姿は、特別な美談というより、これからの社会が目指す形の一つとして受け止められているのです。

“18歳の壁”とは?家族が直面する現実

18歳の壁が重く感じられるのは、本人の障害特性が急に変わるからではありません。多くの場合、変わるのは制度の側です。18歳未満は児童福祉法を土台にした支援が中心ですが、18歳以降は障害者総合支援法を基盤とする支援に切り替わります。この切り替えで、使えるサービスや支援の組み立て方が変わり、家族の生活が大きく揺れることがあります。

特に大きいのが、放課後や夕方の過ごし方です。子どもの時期は学校のあとに居場所があり、親が働く時間を何とか確保できていた家庭でも、卒業後は帰宅時間が早まり、夕方の預け先が見つからないことがあります。すると家族の誰かが仕事を減らしたり、働き方を変えたりせざるをえません。これは「本人の生活の問題」であると同時に、家族の就労問題でもあります。

ここで見落とされやすいのは、18歳を超えると体が大きくなり、介助の負担が物理的に重くなることです。移動、入浴、外出の付き添い、生理対応、見守りなど、年齢が上がるほど大変になる場面は少なくありません。つまり、子どもの時より大人になってからのほうが支援量が増える家庭もあるのに、制度はむしろ切り替わってしまう。このズレが、18歳の壁のつらさの正体です。

国の方針でも、障害のある子どもと家族に対して、乳幼児期から学校卒業まで一貫した支援体制の構築が重要だとされています。一方で、学校卒業後まで含めた切れ目のない支援はまだ十分とはいえず、地域によって差も大きいのが現実です。延長支援や独自助成を行う自治体もありますが、全国どこでも同じように使えるわけではありません。

だからこの問題は、「親が頑張るしかない」で片づけてはいけません。必要なのは、本人に合った日中活動、夕方以降の見守り、家族の就労支援、相談支援をつなげて考えることです。18歳の壁は個人の努力不足ではなく、制度の継ぎ目で起きる社会的な問題だと知ることが、理解の第一歩です。

親亡きあと問題とお金・住まいの課題

障害のある家族を支える親たちが強く心配するのが、親亡きあとです。これは単に「親が亡くなったらかわいそう」という話ではありません。暮らしを支えていた人がいなくなったあと、誰が毎日の判断を助けるのか、どこで暮らすのか、お金をどう管理するのかという、とても現実的な問題です。

なかでも大きいのがお金です。障害の種類や特性によっては、衝動的に課金してしまう、契約内容の理解が難しい、詐欺的な勧誘に弱いといった不安があります。家族が元気なうちは管理できても、ずっと同じ形では続きません。だから早い段階から、本人にどこまで任せるか、どこは支援が必要かを整理しておくことが大切になります。

次に重いのが住まいです。家で暮らし続けるのか、グループホームを使うのか、一人暮らしを目指すのかで必要な準備は変わります。しかも、住まいは建物だけあればいいわけではありません。緊急時に頼れる人、服薬や通院の支え、金銭管理、近所との関係づくりなど、生活を支える仕組みがそろって初めて成り立ちます。

ここで知っておきたいのが、障害のある人の地域生活を支えるサービスは一つではないことです。居宅介護、共同生活援助、地域定着支援、自立生活援助など、生活段階に応じた支援が制度上は用意されています。けれども、実際にどこまで使いやすいかは自治体や事業所の状況で差が出ます。制度があることと、実際に使えることは別なのです。

さらに近年は、成年後見制度の見直しも大きなテーマです。法務省の中間試案では、今の制度のように一度始めたら本人が亡くなるまで続く形を見直し、必要な期間・必要な内容に応じて使いやすくする方向が示されています。これは、親亡きあとを考える家族にとって重要です。なぜなら、これまでの制度は「重すぎて使いにくい」と感じる人も多かったからです。

親亡きあとが注目される理由は、これは遠い未来の話ではないからです。親が高齢になったとき、入院したとき、介護が必要になったとき、その時点で急に始まる問題でもあります。だから本当に必要なのは、「亡くなったあと」だけでなく、親が支えきれなくなったときにどうするかまで含めて考えることなのです。

グループホームのリアルな暮らしと可能性

グループホームは、障害のある人が地域の中で、支援を受けながら共同生活を送る住まいです。制度上は共同生活援助と呼ばれ、食事、入浴、相談、家事など、日常生活を支える援助が行われます。住宅地に立地し、居室は原則1人、定員は原則10人以下とされていて、できるだけ家庭に近い形で暮らせるようにつくられています。

この仕組みが大切なのは、「施設か自宅か」の2択ではないからです。いきなり一人暮らしは不安でも、ずっと家族だけで支えるのも難しい。その間にある選択肢として、グループホームはとても重要です。実際、国の資料でも、施設や病院から地域生活へ移るための住まいの場として整備が進められてきたことが示されています。

ただし、良いことばかりではありません。まず、ホームごとに雰囲気や支援の質に差があります。スタッフ体制、夜間対応、医療との連携、利用者同士の相性、ルールの細かさなどで、暮らしやすさは大きく変わります。つまり、グループホームは入れれば安心、ではないのです。本人に合う場所かどうかがとても大切です。

また、重い障害や医療的ケアが必要な人にとっては、受け入れ先が限られることも課題です。国の検討資料でも、地域生活を支える住まいの場づくりや人手不足、支援体制の強化が課題として挙げられています。ガイドライン整備が進んでいるのも、それだけ現場の質のばらつきや難しさがあるからです。

それでも、グループホームには大きな可能性があります。家族と離れることで、本人の言葉が増えたり、生活の力が伸びたりすることがあるからです。家族がそばにいると、どうしても先回りしてしまいます。でも別の環境に入ると、自分で伝える、自分で選ぶ、自分の時間を持つ経験が増えます。これは「かわいそう」ではなく、大人として育つチャンスでもあります。

大切なのは、ホームをゴールにしないことです。人によっては長く暮らす場所になりますし、人によってはその先の一人暮らしへの練習の場になります。つまり、グループホームは終着点ではなく、その人らしい暮らしに向かうための一つの土台なのです。

きょうだい児が抱える思いと家族の関係性

きょうだい児とは、障害や病気のある人の兄弟姉妹のことです。この立場は外から見えにくいのですが、実はとても大きなテーマです。なぜなら、家族の中でいつも「支える側」と「支えられる側」の間に立つことが多いからです。

きょうだい児は、幼いころから空気を読んでしまうことがあります。親が忙しそうだから甘えない。家の中が大変そうだから自分の話を後回しにする。将来は自分が見なければいけないのでは、と何となく感じる。こうした気持ちは、周りからは「しっかりしている」で片づけられがちですが、本当はとても複雑です。

一方で、障害のある兄弟姉妹を大切に思っている人も多く、その気持ち自体は自然で温かいものです。問題なのは、愛情がそのまま義務にすり替わってしまうことです。家族の中で「あなたが将来よろしくね」という空気が強すぎると、きょうだい児は自分の人生を選びにくくなります。

だから最近は、親が「きょうだいに全部背負わせない」とはっきり言葉にすることの大切さが注目されています。これは冷たいことではありません。むしろ、家族の関係を長く良く保つために必要な考え方です。好きだから関わるのと、義務だから抱え込むのでは、まったく違うからです。

関連する社会課題として、若い世代が家族の世話を担いすぎるヤングケアラーの問題もあります。法改正により支援の必要性がより明確に位置づけられ、家族内のケアを「家庭のこと」として閉じ込めず、社会で支える流れが進んでいます。きょうだい児の負担も、こうした文脈の中で考える必要があります。

きょうだい児の問題を理解するときに大切なのは、「かわいそう」と決めつけないことです。つらさもあるし、学んだことや深い絆もあります。だからこそ必要なのは、本人の気持ちを勝手に決めないこと、将来の役割を押しつけないこと、困ったときに相談できる場所を用意することです。

成年後見制度の課題とこれからの支援の形

成年後見制度は、知的障害や認知症などで一人での判断が難しい人について、契約や財産管理を第三者が支える仕組みです。親亡きあとを考えるときによく出てくる制度ですが、実は「使えば全部安心」という単純なものではありません。

これまで課題とされてきたのは、いったん始めると長く続きやすく、本人や家族の感覚からすると重すぎることがある点です。必要なのは通帳の管理だけなのに、制度全体が広くかかってしまう。状態が変わっても柔軟にやめにくい。本人の希望をどこまで反映できるのか分かりにくい。こうした声が長くありました。

そのため、法務省では制度見直しの議論が進められていて、必要なことだけ、必要な期間だけ使える方向が示されています。これはとても大きな意味があります。なぜなら、支援は本来、その人の困りごとに合わせて必要な分だけあるほうが使いやすいからです。今後の見直しが進めば、本人本位の支援に近づく可能性があります。

ただ、制度が変わるだけでは十分ではありません。大事なのは、相談支援住まい日中活動家族支援がつながることです。たとえば、お金の管理が少し苦手でも、地域に相談先があり、住まいが安定し、日中に通う場所があり、緊急時の支援があれば、暮らしはぐっと安定します。逆に、どれか一つだけ整っても、他が抜けると家族にしわ寄せが来ます。

これから必要なのは、「障害のある人を家族だけで支える」発想から、「地域と制度で支え、本人の希望を中心に組み立てる」発想への転換です。障害児支援の分野でも、身近な地域で関係機関が連携し、切れ目のない支援をつくることの重要性が示されています。大人になってからも同じ考え方が必要です。

最後に覚えておきたいのは、助けを求める力は弱さではないということです。本人が助けを求めやすいこと、家族が抱え込みすぎないこと、周囲が「困ったら相談していい」と受け止めること。この三つがそろってはじめて、障害のある人の大人の暮らしは安定していきます。

だからこのテーマが多くの人の心に残るのは、障害のある家族の話でありながら、実は社会全体の成熟度が問われているからです。18歳の壁親亡きあとグループホームきょうだい児成年後見制度。どれも別々の話ではなく、すべてがつながって、ひとりの人の人生を支える問題なのです。


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