タルトンネ問題から見える都市の現実
韓国・ソウルにある「月の町」と呼ばれるタルトンネ。高級住宅街カンナムのすぐそばに広がるこの場所では、再開発による立ち退きと住民の生活がぶつかり合っています。『NHKスペシャル 月の町タルトンネ“韓国最大のスラム”立ち退きめぐる攻防の記録(2026年4月26日)』でも取り上げられ注目されています 。この問題は、単なるスラムの話ではなく、都市の成長が生んだ格差や選択の現実を映し出しています。
この記事でわかること
・タルトンネとは何かと生まれた背景
・なぜ立ち退き問題が起きるのか
・カンナムの近くにスラムが残る理由
・火災などの危険が繰り返される原因
・住民がそこに残るしかない事情
・韓国の都市開発が抱える光と影
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タルトンネとは何か 韓国スラムが生まれた理由
タルトンネは、坂の上や山の斜面などに広がった貧しい住居地を指す韓国語で、直訳すると「月の町」です。月に近い高い場所まで家が積み重なるように建てられたことから、そう呼ばれるようになりました。ソウルでは高度経済成長の時代に人口が一気に集中し、正規の住宅だけでは人を受け止めきれず、1960年代から1970年代にかけて無許可の集住地が大きく広がりました。記録では、当時のソウルの住宅のかなりの割合がこうした不安定な住まいだったとされます。つまりタルトンネは「古い貧民街」というだけではなく、急成長する都市が抱えた住宅不足の結果でもありました。
今回の『NHKスペシャル 月の町タルトンネ“韓国最大のスラム”立ち退きめぐる攻防の記録』で焦点になるのは、韓国の中でもとくに有名なソウルの九龍村です。ここは1980年代、再開発や大型事業で住み場を失った人たちが集まって形づくられた場所として知られています。1988年のソウル五輪に向けた都市整備の流れの中で、見えにくい場所へと追いやられた人びとの歴史が、今もこの地域に残っています。だからこの問題は、単に「危ない住環境をなくす話」ではなく、都市がきれいになる時に誰が外へ押し出されたのかを考えるテーマでもあります。
なぜ立ち退きが起きるのか 再開発と住民の対立構造
立ち退きが起きる一番大きな理由は、ソウルのような大都市で土地の値段と住宅需要が非常に高いからです。九龍村のような場所は、行政から見ると防災面でもインフラ面でも改善が必要で、再開発によって新しい住宅をつくる対象になります。実際、計画では数千戸規模の住宅供給が進められていて、移転と撤去を終えたうえで着工しようという流れが示されています。
でも、住民側にとっては話がそんなに簡単ではありません。長く住んできた人の中には高齢者や低所得層も多く、移転先の家賃、入居条件、補償のあり方が生活そのものに直結します。とくに対立しやすいのは、「新しい家に本当に住めるのか」「今の暮らしより負担が増えないか」「住民の声が計画にどこまで反映されるのか」という点です。開発する側は安全と整備を進めたい、住民は住まいを失う怖さを抱えている。このずれが、立ち退き問題を長引かせる大きな理由です。
この対立をもっとわかりやすく言うと、争点は次の3つにまとまります。
・安全な町に変える必要はある
・でも住民には今すぐ出て行けない事情がある
・その間に、土地の価値だけがどんどん上がっていく
こうなると、再開発は「正しいか間違いか」の話ではなく、誰の負担で都市を作り替えるのかという問題になります。
カンナムの真下にスラムがある意味 格差のリアル
九龍村が強い注目を集めるのは、場所があまりにも象徴的だからです。そこはソウルでもとくに豊かなイメージが強いカンナム地区のすぐそばにあります。高層マンションや高額不動産が並ぶ地域のすぐ近くに、密集した簡易住宅地が残っている。この近さが、韓国社会の格差の見えやすさを強く印象づけています。
ここで大事なのは、貧困が都市の外側にだけあるわけではないということです。むしろ、豊かさが集中する場所ほど、そこで働く人、そこに住み続けられない人、再開発で押し出された人との落差が大きく見えます。九龍村は「昔の遺物」ではなく、いまの都市の仕組みが生んだ場所として見る必要があります。豪華な住宅街のすぐ隣に不安定な住まいがあるという事実は、経済成長が全員を同じように豊かにしたわけではないことを教えてくれます。
だからこのテーマが人の心に残るのです。見た目の衝撃だけではありません。成功した都市の象徴の足元に、取り残された暮らしがある。その構図は、韓国だけの話として切り離しにくく、どの大都市にも通じる問いを投げかけます。発展した街とは誰のための街なのか。この問いがあるから、九龍村の問題は強く注目されます。
原因不明の火災はなぜ起きるのか 背景にある問題
九龍村では火災がたびたび問題になります。近年も大きな火災が起き、2026年1月の火災では多くの住民が避難し、住まいを失った人も出ました。報道では、住宅が密集し、合板やビニール、発泡材のような燃えやすい材料が使われていること、道が狭く消防活動が難しくなりやすいことが危険を高める要因として伝えられています。火元が特定されていないケースがあっても、火が広がりやすい環境そのものが大きな問題だとわかります。
ここで見落としたくないのは、火災は単なる偶然の事故では終わらないという点です。老朽化した住まい、足りない防災設備、急斜面や狭い通路、冬の暖房器具の使用など、危険が重なりやすい条件があります。つまり火災は、「危ない場所に住んでいるから起きる」のではなく、安全な住まいを選びにくい状況に置かれているから起きやすいとも言えます。ここに貧困と防災の深い結びつきがあります。
さらに、火災のたびに再開発を急ぐ声が強まる一方で、住民にとっては「危ないからすぐ移れ」と言われても、移転先や補償が十分でなければ不安は消えません。安全のための議論と、生活を守る議論がぶつかるのです。だから火災は、現場の悲劇であると同時に、立ち退き問題を加速させる出来事にもなります。
住民はなぜ残るのか 貧困と選択の現実
外から見ると、「危険なら早く出ればいいのに」と思うかもしれません。ですが、実際にはそう簡単ではありません。長く住んできた場所には近所づきあいがあり、通院先があり、仕事先への動線があります。高齢者にとっては、知らない場所へ移ること自体が大きな負担です。しかも新しい住まいに移るには、家賃や保証金、手続き、入居条件などいくつもの壁があります。だから住民が残るのは、変化を嫌がっているからではなく、出たくても出にくいからです。
九龍村では、かつてはもっと多くの人が暮らしていましたが、再開発の進行とともに住民数は減ってきました。それでも最後まで残る人たちは、別の言い方をすると、いちばん移動する力が弱い人たちであることが多いです。収入が少ない、年齢が高い、他に頼れる家族が少ない、住み替えの条件を満たしにくい。こうした事情が重なると、危険を知っていても今の場所にとどまるしかなくなります。
ここで大切なのは、住民を「再開発の邪魔をする人」と見るのではなく、都市の変化のしわ寄せを最後に受ける人として見ることです。住まいはただの建物ではありません。暮らし、思い出、人間関係、安心感の土台です。だから立ち退きは、住所が変わるだけの話ではなく、人生の組み立て直しに近い重さがあります。
韓国の都市開発の光と影 日本との違い
韓国の都市開発は、短い期間で大きく街を変えてきた力強さがあります。ソウルは急速な近代化を進め、道路、住宅地、商業地を一気に整備してきました。その結果、便利で活気のある都市が生まれた一方、立ち退きや補償、住民参加のあり方をめぐる争いも繰り返されてきました。九龍村の問題は、その光と影が同じ場所に重なって見える例です。
日本にも再開発や立ち退きの問題はありますが、九龍村のように超高級住宅地のすぐ隣に大規模な簡易住宅地が長く残るという構図は、かなり強い象徴性を持っています。また、韓国では高度経済成長と大規模整備が非常に速く進んだため、都市の成功の裏で押し出された人びとの記憶が、こうした場所に濃く残りやすい面があります。日本との違いを見るときは、制度の違いだけでなく、成長のスピードと土地競争の激しさにも目を向けると理解しやすいです。
このテーマを深く見ると、結局のところ問われているのは「貧困があること」そのものだけではありません。豊かになる都市が、弱い立場の人をどう扱うのかです。危険な住環境をなくすことは大切です。でも同じくらい、そこに暮らしてきた人が、次の場所でも人間らしく生きられるかが大切です。九龍村の問題が重く、そして多くの人の心に残るのは、都市の未来を考える時に、この問いを避けて通れないからです。
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