庄原市の山里で見つかった1600万年前のクジラ化石とは
広島県北部にある庄原市は、今でこそ山や川に囲まれた自然豊かな町ですが、はるか昔は海の生き物が泳ぐ場所でした。
その証拠として見つかっているのが、クジラ化石です。
庄原市には、約1600万年前から1500万年前に海だったことを示す地層が広がっています。この地層からは、これまでにも多くの海の生き物の化石が見つかっており、クジラ化石についても全国的に見ても注目される産地になっています。
今回とくに大きな意味を持つのは、町を流れる川の底から、ほぼ全身の骨格が残るクジラ化石が見つかったことです。
クジラの化石は、骨の一部だけで見つかることも多いものです。波や水の流れ、長い年月の中で骨がばらばらになったり、壊れたりするからです。
それなのに、庄原の川底で見つかった化石は、体の形を想像できるほど骨格が残っていました。これは、クジラがどんな体つきだったのか、どんな場所で暮らしていたのかを考えるうえで、とても大切な手がかりになります。
しかも庄原市では、1体だけでなく、これまでにも複数のクジラ化石が確認されています。2026年の発掘報告に関する案内では、備北層群からこれまでに20体のクジラ化石が発掘され、令和7年11月にも西城川河床の地層からクジラ化石が3体発掘されたとされています。
つまり庄原は、たまたまクジラ化石が1つ出た場所ではありません。
長い時間をかけて、何度もクジラの痕跡が見つかってきた場所なのです。
ここが注目される理由は、単に「山の中からクジラが出たから珍しい」というだけではありません。
庄原の大地そのものが、昔の海の記憶を閉じ込めているからです。
今見えている山や川の景色の下には、海だった時代の地層があり、そこにはクジラや貝、カニの仲間など、かつての生き物たちの記録が眠っています。
Dearにっぽん「クジラ眠る山里で 〜広島 太古の化石が届けたもの〜」で描かれた物語は、クジラ化石の発見だけでなく、地域の人たちがその価値を守り、子どもたちへ受け渡していく姿にもつながっています。
クジラ化石を見るときに大事なのは、「大昔の骨が出た」という見方だけで終わらせないことです。
そこから、
庄原は昔どんな場所だったのか
なぜクジラが集まったのか
今の町の人たちは何を守ろうとしているのか
子どもたちは何に心を動かされたのか
こうした疑問をたどると、化石はただの石ではなく、地域の記憶を伝える宝物に見えてきます。
なぜ広島県庄原市の山の中からクジラ化石が見つかるのか
多くの人がまず気になるのは、ここだと思います。
「広島県の山の中なのに、なぜクジラ?」
この疑問こそ、庄原のクジラ化石が多くの人を引きつける一番の入り口です。
現在の庄原市は海に面していません。山に囲まれ、川が流れ、田畑や集落が広がる内陸の町です。だからこそ、そこからクジラの化石が出ると不思議に感じます。
答えは、昔の庄原が海だったからです。
庄原市周辺には、備北層群と呼ばれる地層が広がっています。これは、およそ1600万年前から1500万年前ごろにできた地層で、この地域が海だったことを示しています。
当時の日本列島は、今と同じ形ではありませんでした。土地の高さや海の広がりも今とは違い、庄原のあたりには海が入り込んでいたと考えられています。
つまり、今の地図だけを見て「山の町」と考えると不思議ですが、地球の長い歴史で見ると、庄原はかつてクジラが泳ぐ海の一部だったのです。
では、なぜ化石として残ったのでしょうか。
生き物が死ぬと、普通は体が分解されたり、他の生き物に食べられたりして、骨も残りにくいものです。
しかし、条件がそろうと、骨が土砂に埋まり、長い時間をかけて石のようになります。これが化石です。
クジラの体が海底に沈み、その上に砂や泥が積もり、さらに長い年月をかけて地層になった。やがて土地が隆起し、海底だった場所が陸になり、山や川のある場所へ変わっていった。
この大きな流れの中で、庄原のクジラ化石は今の川底や地層の中から姿を見せるようになりました。
ここで大切なのは、化石は「昔の生き物そのもの」だけを教えてくれるものではないということです。
化石は、
昔の庄原が海だったこと
どんな生き物がいたのか
海の深さや環境がどうだったのか
地球の動きで海底が陸になったこと
こうした情報をまとめて教えてくれます。
だから、クジラ化石は古生物の話であると同時に、地形や地球の動きの話でもあります。
山の中でクジラ化石が見つかることは、地球が止まったものではなく、長い時間をかけて動き続けていることを感じさせてくれます。
今日の山は、昔の海かもしれない。
そんな見方を持つと、普段歩いている道や川原の景色も少し違って見えてきます。
庄原のクジラ化石が注目されるのは、珍しい発見だからだけではありません。
今の景色の下に、まったく違う世界が眠っていることを教えてくれるからです。
庄原化石集談会が30年続けてきた発掘と研究のすごさ
庄原のクジラ化石を語るうえで欠かせないのが、庄原化石集談会です。
この会は、地元で長年にわたり化石の発掘や整理、研究、展示、案内などを続けてきた人たちの集まりです。専門の大学研究者だけでなく、地域に暮らす人たちが中心となって活動してきたところに大きな意味があります。
番組内容では、主要メンバーは6人で平均年齢は約60歳。30年にわたって活動を続け、アマチュアでありながら専門家も驚くような成果をあげてきたと紹介されていました。
この「アマチュア」という言葉は、決して軽い意味ではありません。
むしろ、地域に住み続け、地層を見続け、川や山の変化を知っている人たちだからこそ気づけることがあります。
化石の発見には、専門知識だけでなく、現場に通い続ける根気も必要です。
どの地層に化石が出やすいのか
どんな岩に注意すればよいのか
川の水位や天気で現場がどう変わるのか
見つけた化石をどう守るのか
こうしたことは、机の上だけではわかりません。
長年の経験が積み重なって、初めて見えてくる世界です。
庄原化石集談会の活動がすごいのは、化石を「見つけたら終わり」にしていない点です。
化石は掘り出した後がとても大切です。
周りの石を少しずつ削るクリーニング
どこの地層から出たのかを記録する作業
骨の形を調べる研究
博物館や展示で伝える活動
子どもたちへの発掘体験や案内
こうした地道な作業がなければ、化石の価値は十分に伝わりません。
クラウドファンディングの活動報告でも、化石を掘るだけでなく、整理、クリーニング、展示、フィールド案内など、さまざまな活動を行っていることが紹介されています。
とくにクジラ化石のような大きな化石は、扱いがとても難しいものです。
岩ごと切り出す必要があり、どこに骨が続いているのかを想像しながら作業しなければなりません。力まかせに掘れば、貴重な骨を壊してしまうこともあります。
だからこそ、発掘には知識と慎重さ、そしてチームワークが必要です。
庄原化石集談会の活動は、地域の人が地域の宝を守るという意味でも大切です。
大都市の大きな研究機関だけが自然史を支えているわけではありません。
地方の小さな町で、地元の人たちがこつこつと続けてきた活動が、結果として全国的・世界的にも意味のある発見につながることがあります。
ここに、庄原の化石物語の大きな魅力があります。
地域の足元にある価値を、地域の人が見つけ、守り、次の世代へ渡しているのです。
川底から現れたほぼ全身骨格のクジラ化石が貴重な理由
今回の発掘で大きく注目されたのは、川底から現れたクジラ化石が、ほぼ全身骨格に近い形で残っていたことです。
これはとても貴重です。
クジラは大きな生き物です。死んだあと、体が海底に沈んでも、骨がそのままきれいに残るとは限りません。
水の流れで骨が動く
ほかの生き物に食べられる
地層の圧力で壊れる
川や雨で削られて失われる
こうしたことが起きるため、化石として見つかるときには一部の骨だけということも多くあります。
その中で、体の形を広くたどれる骨格が見つかると、わかることが一気に増えます。
たとえば、
体の大きさ
頭やあごの形
背骨の並び
ヒレや肋骨の特徴
若い個体か大人の個体か
今のクジラとどこが似ているか
こうしたことを調べやすくなります。
クジラの進化を考えるうえでも、骨格のまとまりは大きな手がかりです。
今のクジラは海で暮らす哺乳類ですが、クジラの祖先は陸上にいたと考えられています。そこから長い進化の時間を経て、海で泳ぐ体へ変わっていきました。
1600万年前ごろのクジラ化石は、その進化の歴史を考えるうえで、重要な時代の記録になります。
庄原で見つかるクジラ化石には、子どものクジラが多いとも紹介されています。地域の関係者による発言として、庄原で多くのクジラ類が出ることはまれで、子どものクジラ化石が多いため、繁殖地だったのではないかという見方も示されています。
もちろん、これは今後の研究でさらに確かめていく必要があります。
しかし、もし庄原周辺が昔のクジラにとって子育てや繁殖に関係する海だったとすれば、とても興味深い話です。
今は山里になっている場所が、かつては命が生まれ育つ海だったかもしれない。
そう考えると、川底の化石はただの古い骨ではなく、太古の命の営みを伝える記録になります。
今回の発掘では、川をせき止めて作業を行ったことも重要です。
川底の化石は、放っておくと水の流れで削られたり、割れたり、流されたりするおそれがあります。
つまり、発見したあとに「いつ掘り出すか」「どう守るか」を判断することも大切です。
クラウドファンディングで資金を集めて発掘に踏み切った背景には、このままでは貴重な化石が失われるかもしれないという危機感がありました。西城川の川底に眠る1600万年前のクジラ全身骨格を発掘し、庄原の貴重な財産を後世に伝えたいという目的で支援が呼びかけられています。
ここに、現代の化石発掘の難しさがあります。
化石は見つかれば自動的に守られるものではありません。
人手も時間も資金も必要です。
しかも、発掘後にはクリーニングや研究が続きます。ミリ単位で石を削り、骨を傷つけないように少しずつ姿を出していく作業は、数年単位になることもあります。
だからこそ、読者ができる行動としては、ただ「すごい発見だった」と見るだけでなく、地域の博物館を訪ねたり、発掘報告に関心を持ったり、子どもと一緒に自然史を学ぶ機会をつくることが大切です。
化石は、見つける人だけのものではありません。
知ろうとする人、見に行く人、応援する人がいて、はじめて未来へ残っていくものです。
小学4年生つつむくんと化石がつないだ新しい居場所
この物語が多くの人の心に残るのは、クジラ化石の大きさや珍しさだけが理由ではありません。
そこに、つつむくんという小学4年生の存在があるからです。
つつむくんは、クラウドファンディングで寄付をし、発掘現場に小さな助っ人として現れました。
子どもが化石に興味を持つこと自体は、珍しくないかもしれません。
でも、つつむくんの場合、その興味はただの好奇心にとどまりませんでした。
広島市内から庄原市へ引っ越してきたあと、不登校になった時期がありました。その中で、河原で見つけたものを化石だと思ったことがきっかけになります。
それは本物の化石ではありませんでした。
しかし、その出来事が、庄原で化石を発掘している人たちとの出会いにつながりました。
ここが、とても大切です。
「本物ではなかった」で終わっていたら、何も始まらなかったかもしれません。
けれど、そこで誰かが「庄原には化石を発掘している人たちがいるよ」と教えてくれた。
その一言が、つつむくんを新しい場所へ導きました。
発掘から1週間後、掘り出した化石の周りの石を削るクリーニング作業が行われました。そこにつつむくんたちが見学に訪れ、クリーニングの名人として一目置かれる上田隆人さんが声をかけます。
そして、つつむくんは庄原化石集談会のメンバーになりました。
この流れには、地域の学びの大切な形があります。
学校だけが学びの場所ではありません。
博物館、川、山、地域の集まり、職人のように作業する大人たちの背中。
そうした場所にも、子どもが夢中になれる学びがあります。
つつむくんにとって、化石は「昔の生き物の骨」だけではありませんでした。
自分の興味を受け止めてくれる人たち
本物に触れられる場所
役割を持てる時間
自分から参加したいと思える活動
そうしたものを運んできてくれた存在でもあります。
3月には、子どもたちに化石の魅力を伝える発掘体験会が開かれ、つつむくんも参加しました。庄原に来てから学校も楽しみになり、年会費のために日々のお手伝いを続けるようになったという流れは、化石が子どもの生活に前向きな変化をもたらしたことを感じさせます。
ここで伝わってくるのは、好きなことが居場所になるということです。
子どもにとって、好きなものを「すごいね」と受け止めてもらえる経験は大きな力になります。
とくに化石のようなテーマは、すぐに答えが出るものではありません。
時間をかけて観察し、調べ、手を動かし、少しずつわかっていきます。
これは、今の時代にとても大切な学び方です。
早く結果を出すことだけが価値ではなく、じっくり向き合うことにも意味がある。
庄原のクジラ化石は、そのことを教えてくれます。
4月には、今回の発掘の成功と、つつむくんたちの加入を祝う会が開かれました。つつむくんは、化石集談会に入れて、化石に触れられて、おいしいごはんも食べられて幸せだと話しました。
この言葉が印象的なのは、化石の専門的な価値だけでなく、人と人とのあたたかいつながりが見えるからです。
1600万年前のクジラが、今を生きる子どもと大人をつないだ。
そこに、この物語の深い意味があります。
読者がこの話から受け取れる行動のヒントは、身近な子どもの「好き」を軽く見ないことです。
石が好き
虫が好き
電車が好き
地図が好き
歴史が好き
料理が好き
どんな興味でも、そこから居場所や学びにつながることがあります。
大人ができるのは、答えを急がせることではなく、その子が夢中になれる入口を一緒に探すことです。
比和自然科学博物館で学べる庄原の太古の海とクジラ化石
庄原のクジラ化石に興味を持ったら、実際に訪ねてみたい場所が比和自然科学博物館です。
庄原市比和町にあるこの施設では、庄原周辺の自然や生き物、化石について学ぶことができます。
特に注目したいのが、庄原で見つかったクジラ化石に関する展示です。比和自然科学博物館では、地学分館にショウバラクジラなど庄原市で発見されたクジラ化石が展示され、約1600万年前にこの地域へクジラが回遊していたことを学べる場所として紹介されています。
化石を本や画面で見るのと、実際に展示で見るのとでは、感じ方が大きく違います。
骨の大きさ
岩に残る形
説明パネルの情報
庄原の地形とのつながり
こうしたものを一緒に見ることで、「山の中からクジラ化石が出る」という不思議が、少しずつ実感に変わっていきます。
子どもと訪れるなら、ただ展示を見るだけでなく、こんな問いかけをしながら歩くと楽しみやすくなります。
「この骨は体のどの部分だろう」
「なぜここが昔は海だったとわかるんだろう」
「今の庄原の景色と、昔の海はどう違うかな」
「もし自分が発掘するなら、どんなところを探すかな」
こうした会話をすると、展示がただの見学ではなく、考える時間になります。
また、庄原の化石を見るときは、周辺の自然にも目を向けたいところです。
川が流れ、山があり、地層があり、そこに人の暮らしがあります。
化石は博物館の中だけで完結するものではありません。
町の風景そのものが、太古の海の名残を感じる入口になります。
ただし、化石探しをするときには注意も必要です。
川や崖、地層が見える場所は危険なことがあります。勝手に掘ったり、持ち帰ったりしてよい場所ばかりではありません。
興味を持ったら、まずは博物館や地域の体験会、案内のあるイベントを利用するのが安心です。
庄原化石集談会のような地域の活動に触れることで、化石を見つける楽しさだけでなく、守る責任も学べます。
今回のクジラ化石の発掘は、庄原という地域が持つ自然史の価値を改めて知らせる出来事でした。
でも、それだけではありません。
大人が長く続けてきた活動に、子どもが加わる。
昔の海の記録が、今の人のつながりを生む。
山里の静かな風景の中に、世界につながる発見が眠っている。
この広がりこそ、庄原のクジラ化石が多くの人に伝えていることです。
化石は、遠い昔を知るためのものです。
同時に、今を生きる私たちが、地域の価値や子どもの好奇心をどう受け止めるかを考えるきっかけにもなります。
庄原市のクジラ化石を知ったら、次はぜひ、地図で庄原の場所を確かめたり、比和自然科学博物館の展示を調べたり、子どもと一緒に「昔ここは海だったんだね」と話してみてください。
その一歩だけでも、いつもの景色の見え方が変わります。
1600万年前のクジラは、今も庄原の山里で、人と人、過去と未来を静かにつないでいます。
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