被災者が訴えられる〜震災14年 訴訟300件超はなぜ〜|2025年4月1日放送
2025年4月1日に放送された『クローズアップ現代』では、東日本大震災から14年が経過した今、被災者が自治体に訴えられるという異例の事態が多発している問題に焦点が当てられました。支援のために用意されたはずの「災害援護資金」が、なぜ被災者を苦しめる結果になっているのか。その制度の背景と各地の実情を通して、その矛盾と課題を浮き彫りにしました。
被災者が訴えられる現実と背景
番組の冒頭では、本来は被災者を助けるために用意された支援制度が、なぜか逆に被災者を追い詰めるものになっているという現実が描かれました。東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県沿岸部。津波によって自宅と商店を失った佐藤さん(仮名)は、生活再建のために災害援護資金から上限額の350万円を借り入れました。
この制度は、年収220万円以下の人など、低所得の被災者を対象にした無利子または低利子の公的貸付制度で、6年間は返済が免除される据置期間があるのが特徴です。信用調査もなく、多くの人が利用しやすいよう設計されていました。
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佐藤さんは店舗再建のためにこの制度を利用
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しかし震災後、地域の人口流出が急速に進行
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店を再建しても利用客が見込めず、再建を断念
その結果、借りた資金は日々の生活費に充てられ、事業再建には使えなかったといいます。さらに追い打ちをかけるように、佐藤さんは高血圧や心臓病といった持病に苦しみ、不眠症の薬も手放せない状態。アルバイトにも挑戦したものの、体調が安定せず続けることができませんでした。現在の収入は2か月に1回支給される年金、約10万円のみという厳しい生活です。
そうした中、自治体からの返済督促が届き、最終的には裁判に発展しました。佐藤さんのように、返済したくてもできないという事情を抱えた被災者は少なくありません。
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仙台市では震災後、総額約233億円の貸し付けを実施
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現在の滞納額は約29億7000万円
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返済のない世帯に対し、2017年から回収専任部署を新設
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債権回収業務を民間委託し、訴訟に踏み切るケースも増加
返済期限は制度上13年とされており、震災からちょうどその期限を迎える今、多くの世帯に対して返済の請求が強まっています。返済のない被災者に対しては訴訟を起こすしかないと自治体は判断しており、令和3年度以降は訴訟件数が急増。累計289件にのぼっています。
制度が制度として機能するためには回収も必要だという考え方の一方で、支援を受けた人たちが再建できず、病気や高齢の中で訴えられているという現実は、非常に重たい事実です。こうした現場の状況を、改めて制度の見直しへとつなげていく必要があります。
現場で起きている葛藤
岩手県釜石市では、災害援護資金の返済を求める業務を担っている古川由憲さんが、その役割に深い葛藤を抱えながら日々の業務にあたっています。古川さん自身も津波で家を失った被災者です。そうした立場にありながら、今は他の被災者の家を訪ね、返済のお願いをして回るという複雑な立場にいます。
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被災者の苦しみを誰よりも理解している立場
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しかし仕事として、返済を求めなければならない責任がある
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一軒一軒の家を訪問するたびに、当時の記憶がよみがえる
災害援護資金は、国と県が財源を出し、市町村が実際に貸し付ける構造となっています。そして、被災者から回収できなかった資金は、市町村が責任をもって国や県に返済しなければならないルールです。つまり、返済が進まなければ、自治体の財政に直接的な影響が及びます。
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市町村は回収不能な分を“肩代わり”して返済する義務がある
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財政への影響を避けるため、どうしても回収業務を強化せざるを得ない
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結果的に、被災者と国の板挟みになってしまうのが現場の実態
古川さんが感じているのは、「助けたい」という気持ちと、「回収しなければ」という業務の間で揺れる現実です。制度上の仕組みが厳格で、柔軟な対応がとれないこともまた、問題を深刻にしています。
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返済免除の条件が厳格で、現実に合っていない
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返済能力がないことを示しても、訴訟が避けられないケースがある
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古川さんのように、被災の当事者が取り立てを行う構図が生まれてしまっている
これは単なる事務作業ではなく、人と人との信頼関係や地域のつながりを揺るがす問題にもつながっています。被災地では、かつて避難所で支え合った人々が、今度は債務者と債権者という立場で向き合わなければならないという厳しい現実があるのです。
制度の仕組みそのものが、現場で支援に関わる人々の感情や関係性に大きなひずみを生じさせていることは、見過ごしてはいけません。支援制度であるはずの災害援護資金が、人々の心に傷を残してしまうような運用になっていないか、今こそ問い直す必要があります。
阪神・淡路大震災から続く課題
災害援護資金の制度に対する問題提起は、東日本大震災が初めてではなく、阪神・淡路大震災の時代からすでに始まっていました。1995年の震災時には、約1300億円という大規模な貸付が行われましたが、返済が難しい被災者が続出し、結果として500件以上の訴訟が発生する事態となりました。
この状況に危機感を抱いたのが、当時から被災者支援に取り組んでいた岩田伸彦さんです。岩田さんは国に対して繰り返し陳情を行い、月1000円からの少額返済制度を実現させました。また、どうしても返済が困難な被災者に対しては、条件付きで免除が認められるように制度の改善を求め、一定の成果を得ました。
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少額返済制度は、当初返済ができなかった人たちの生活を支える大きな手段となった
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特別な事情がある場合には、返済免除が制度上可能となった
しかし、こうした制度があっても実際に適用される被災者はごく一部に限られているのが現実です。
例えば、岩手県の漁師・橋本さん(仮名)は、津波によって自宅を失い、生活再建のために350万円を借り入れました。当初は月4万円ほどの返済が必要でしたが、その後、記録的な不漁と心臓の持病により、収入は激減。このままでは生活もままならないという状況の中、橋本さんは役場と交渉し、ようやく月数千円の少額返済が認められました。
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漁業の収入は不安定で、収穫がなければゼロに近い月もある
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医師からは、現在の食事内容では持病が悪化する危険があると指摘された
それでも、橋本さんが希望した「返済免除」は認められませんでした。制度上、免除が許されるのは死亡・重度障害・自己破産など、きわめて限られた条件のときに限られています。
橋本さんは、何とか状況を理解してもらおうと、町の役場に足を運び、2時間にわたって話し合いを行いました。ですが、返ってきたのは「今すぐの免除は難しい」という回答でした。
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制度の壁が厚く、柔軟な判断がしにくい
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「特例」扱いを受けるためには、明確で厳しい証明が必要
このように、被災者の生活実態に即した柔軟な対応が求められているにもかかわらず、制度がその歩みに追いついていない現状が続いています。阪神・淡路大震災から30年近くが経つ今でも、同じ構造的な問題が東日本大震災の被災地で繰り返されていることは、制度全体のあり方を問い直す強いメッセージとも言えます。
制度の本来の目的とその矛盾
災害援護資金は、本来は被災者が再び立ち上がるための「支援制度」であるはずでした。しかし、番組で紹介された弁護士・津久井進さんの指摘によれば、その制度が今では「民間以上に厳しい回収制度」と化してしまっているという現実があります。もともとは災害によって大きな損害を受けた人々に対して、生活の再建や生業の再スタートを後押しする目的で作られた制度です。
ところが実際には、
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返済期限が一律13年
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免除の条件が厳格で柔軟性がない
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返済が滞れば法的措置に移行する可能性が高い
という運用がされており、生活に困窮する被災者にとっては、支援というよりも負担となる側面が目立ってきています。
象徴的な事例として、神戸市が震災から26年が経った2021年に約11億円の貸付金を市の負担として処理したことが紹介されました。これは、回収が事実上不可能となった貸付について、市が「もうこれ以上取り立てるのは難しい」と判断した結果です。つまり、被災から何十年が経っても返済問題が尾を引き、自治体も苦渋の決断を迫られているのです。
さらに、制度全体の使われ方についても問題が指摘されています。災害復興に使われた多額の公的資金の多くがインフラ整備など「モノ」への投資に集中し、生活支援や住宅再建費など「人」への直接支援は極めて薄かったという構造的な傾向があったことも明らかにされました。
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道路や港湾の復旧には巨額の投資
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しかし個人に対する支援は貸付中心で、後に負債として重くのしかかる
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本来守るべきは人の生活であるにも関わらず、制度が逆に苦しみを生む結果に
内閣府はこの事態を受けて、「返済困難な被災者には最大限寄り添った対応が必要」とし、既存の免除・猶予規定を柔軟に活用するよう自治体に促す姿勢を見せています。
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制度はあっても、現場で十分に機能していない
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説明不足や手続きの難しさが、必要な人に制度が届かない原因
今後は、こうした国の方針が本当に自治体の運用に反映されるのかが問われます。制度の趣旨が「支援」である限り、支援を受けた人が将来苦しむような形で終わっては本末転倒です。制度の理念と運用の間に生まれたこの矛盾をどう埋めていくか、それが今後の大きな課題となっています。
今求められる連携と配慮
能登半島地震を受けて新たに災害援護資金を貸し付けている石川県輪島市でも、今はまだ猶予期間中ですが、将来的に同様の問題が起きる可能性が指摘されています。市は相談があった際には、社会福祉協議会と連携し、家計改善や就労支援に繋げる予定です。
しかし、個人情報保護の壁によって、自治体と支援団体が情報を共有できないという現場の障害も浮き彫りになりました。津久井進さんは「本人の利益になるなら、個人情報を共有することは法的に可能。現場の理解を深めるべき」と述べています。
被災者支援の制度は、単に「ある」だけではなく、必要な人に適切に届く形で運用されなければ意味がありません。制度をどう使うか、限られた財源をどこにどう振り向けるか、それを考えることこそ、今の私たちに求められていることです。
この記事では、番組『クローズアップ現代』で放送されたすべての内容をもとに、被災者支援の現場で起きている実態をわかりやすくまとめました。返済制度の見直しと支援のあり方について、私たち一人ひとりが向き合うべきテーマです。
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