密着・東京“赤ちゃんポスト”~母子への支援どうすれば?~
2025年6月11日にNHK総合で放送された『クローズアップ現代』では、東京都墨田区の賛育会病院に新設された「赤ちゃんポスト(ベビーバスケット)」の現場に密着し、妊娠・出産で悩む母子への支援の在り方を深く掘り下げました。番組では、実際に預けられた赤ちゃんのエピソードや、内密出産を望んだ若い女性の実例を通じて、命を守るために必要な支援の形と、社会が果たすべき役割を伝えました。
賛育会病院で始まった“ベビーバスケット”の仕組み
東京・墨田区にある賛育会病院では、2025年4月から“ベビーバスケット”と呼ばれる取り組みが始まりました。これは、母親が事情により育てられない赤ちゃんを匿名で安全に預けることができる仕組みで、病院の裏手にある通用口の先に設けられた専用の小部屋にカゴが置かれています。誰にも見られず、静かに赤ちゃんを託すことができます。
この仕組みが始まった直後、実際に赤ちゃんが預けられる出来事がありました。カゴの中にいたのは、裸でタオルに包まれた赤ちゃん。一緒に置かれていた手紙には「お金がなく、子どもを育てることができません。身勝手で申し訳ありませんが、この子にはどうか生きてほしい」と書かれていました。病院スタッフはすぐに赤ちゃんを保育機へと移し、命を守りました。この出来事からは、母親の切実な願いと苦しい決断が読み取れます。
赤ちゃんを預けようとした女性の心の変化
別の日には、自宅で出産したばかりの女性が赤ちゃんを連れて病院を訪れました。産後20時間ほどの赤ちゃんには健康上の問題はなく、女性は貧血の症状があったため、そのまま入院しました。彼女も当初は赤ちゃんを預けるつもりで病院を訪れましたが、医療スタッフと話し、体を休めながら考える時間を持つ中で、心境に変化が表れます。
やがて彼女は、自分の両親に出産を打ち明ける決意をし、児童相談所の支援を受けながら赤ちゃんを育てていく選択をしました。このエピソードからは、孤立した母親が一歩を踏み出すきっかけとして、赤ちゃんポストの存在が大きな役割を果たしていることがわかります。
病院によると、これまでに数件の赤ちゃんが預けられており、その中には東京都外から訪れた人も含まれていたとのことです。地域を越えて、この支援の仕組みに頼ろうとする人がいることからも、必要性の高さが浮き彫りになります。
「内密出産」に対応した現場の実情
番組ではさらに、「内密出産」という選択肢を希望する女性のケースも紹介されました。ある日、20代の女性から病院に電話が入り、「家族に知られず出産したい」という申し出がありました。1時間後に病院に到着した彼女はすでに破水しており、妊婦健診も一度も受けていなかったことがわかります。
診察の結果、合併症があることが判明し、自然分娩では母子ともに危険があると判断され、急きょ帝王切開で出産が行われました。生まれたのは体重3000グラムを超える元気な赤ちゃんでした。出産した女性は大学生で、赤ちゃんの父親は元交際相手。彼の金遣いの荒さが原因で別れ、妊娠後は連絡が取れないままでした。両親には過干渉な面があるため、妊娠を伝えることができなかったといいます。
病院側は、内密出産を選んだ場合、法的に母子関係が断たれる可能性や、将来子どもに自身の情報が伝えられないことなどを丁寧に説明しました。1週間後、女性は「赤ちゃんが18歳になったときに自分の情報を開示してもよい」と記した書類に署名しました。出産の事実を秘密にするという意志は変わらずとも、将来を見据えた決断をしたのです。
男性不在の現実と求められる意識の変化
この放送には、熊本の慈恵病院「こうのとりのゆりかご」の取り組みを検証してきた山縣文治さんも登場しました。山縣さんは「出産において男性の姿がほとんど見られないという現実がある」と指摘し、「出産は女性だけの問題ではなく、男性にも責任があるという意識を社会全体で共有していく必要がある」と語りました。
妊娠や出産に悩む女性たちの背景には、貧困や孤立、家庭内の事情など、複雑な課題が重なっています。こうした問題に正面から向き合い、命を守る支援の形を整えるには、医療現場だけでなく、行政、地域、そして家族や社会全体の理解と連携が欠かせません。
まとめ
今回の『クローズアップ現代』では、赤ちゃんポストを通して命をつなぐ現場の姿、そして支援の手を差し伸べることで生まれる小さな希望を丁寧に描き出していました。社会の側がどれだけ受け止められるか、それがこれからの支援のあり方を大きく左右していくのではないかと感じさせられる内容でした。
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