ノーベル賞ダブル受賞が映す“日本の研究力と未来”
2025年、坂口志文(大阪大学)と 北川進(京都大学)が、同じ年にノーベル賞を受賞しました。医学と化学という異なる領域からのダブル受賞は、日本の科学史にとって極めて珍しく、世界に対して研究大国としての存在感を示す出来事になりました。今回の放送では、2人の研究がどのように社会に影響し、医療や環境問題の未来をどう変えるのか、さらに日本の大学がいま抱えている課題まで多面的に掘り下げていました。
番組を見ていると、ノーベル賞という“成果”の裏にある長年の研究の積み重ね、そしてその環境を支える制度の大切さが浮かび上がってきます。この記事では、番組の流れに沿いながら、Tレグ研究・MOF研究の意義、大学の現状、未来の研究への期待まで丁寧にまとめています。
ノーベル賞が示した“研究の価値”と現在の最前線
2025年のノーベル生理学・医学賞に輝いた坂口志文さんは、免疫の暴走を防ぐ『制御性T細胞(Tレグ)』と、その司令塔となる『FOXP3』を発見した研究者です。
Tレグは、免疫反応を調整する“ブレーキ役”で、私たちの体が自分自身を攻撃しないように働きます。もしTレグが弱まってしまうと、花粉症、自己免疫疾患、1型糖尿病、関節リウマチなど、さまざまな病気の引き金になります。
番組では、Tレグを増やしたり、働きを調整したりすることで、これまで治療が難しかった病気に新しいアプローチが生まれていると紹介されました。さらに、大阪大学医学部附属病院などでは、がん治療につながる新薬の治験が進行中で、その一部がTレグ研究の延長線上にあることが語られました。Tレグは免疫を抑える性質があり、がんの免疫療法では逆効果になる場合もあるため、そのバランスをどう取るかが研究の重要ポイントとなっています。
一方、ノーベル化学賞を受賞した北川進さんは『MOF(多孔性金属錯体)』という新しい材料の概念を作り上げました。
MOFは、金属と有機分子を組み合わせて作る“無数の穴を持った結晶”で、その穴の大きさや性質を細かく設計できる特徴があります。番組では、カナダのセメント工場でMOFを使ったCO₂回収の実証試験が行われている様子や、アメリカの化学ベンチャーがMOFの特性を活かしたガスマスクを開発している事例が紹介されました。
MOFはCO₂だけでなく、PFASといった“取り除くのが難しい有害物質”にも働きかけられる可能性があり、環境分野での突破口として注目されています。
こうした研究が同じ年にノーベル賞として評価されたことは、医療と環境という人類にとって大きな課題に、日本の研究者が深く関わっていることを強く印象づけるものでした。
Tレグ研究が描く医療の未来をさらに深く知る
番組では、Tレグ研究によって見えてきた医療の未来像がより踏み込んで語られていました。
Tレグの特徴は、免疫の“暴走”を抑える力です。この働きが注目される理由として、
・自己免疫疾患の根本治療につながる可能性
・アレルギー症状の軽減
・臓器移植後の拒絶反応を抑える応用
・慢性の炎症や感染症に対する新しい治療戦略
など、多方面で期待が持たれていることが解説されました。
自己免疫性肝炎で治療中の男性が番組に登場し、現在は14錠の薬を毎日飲み続けている状況や副作用への不安を語りながら、「新しい治療法が出てくることが希望」と話す姿が印象的でした。Tレグ研究がこうした患者の未来を変える可能性があることを、具体的な声として伝えていました。
Tレグは“免疫を抑える細胞”ですが、がん治療では免疫を強めたい場合があるため、単純にTレグを増やすだけではいけません。免疫のアクセルとブレーキをどうコントロールするか——
この調整が、これからの医学の大きなテーマになりつつあります。
MOFが生み出す“素材から世界を変える技術”の広がり
番組では、北川進さんのMOF研究の奥深さがさらに詳しく紹介されていました。
MOFの特徴は、
・穴の形を自由にデザインできる
・表面積が非常に大きい
・特定の分子だけを選んで吸着できる
という点です。材料そのものに“機能を持たせる”という発想が、産業の現場で求められているニーズと重なり、新しい活用方法が広がっています。
番組で取り上げられた例では、
・CO₂吸収による脱炭素技術
・化学工場でのガス分離の効率化
・有害物質を効率的に除去するフィルターの開発
・物質を閉じ込めたり運んだりする医療応用の可能性
など、応用範囲が想像以上に広いことがわかりました。
環境問題を解決する技術は時間がかかることが多く、即効性を出すのが難しいですが、MOFは“汎用性の高さ”と“設計の自由度”によって、複数の産業で同時に進展が期待できる点が大きな強みだと感じられました。
6000人アンケートが示した“大学の危機”の真相
今回の番組がとくに踏み込んでいたのは、“研究環境の疲弊”というテーマでした。
NHKが全国の研究者約6000人に行ったアンケート調査では、
・研究時間の不足(69%)
・予算不足(62%)
という結果が出て、現場の声は深刻です。多くの研究者は授業や会議、事務作業に追われ、年間で研究に集中できる期間が“1週間程度”という話まで紹介されました。
世界的な科学誌『Nature』が日本の研究力低下を指摘した背景には、こうした長期的な環境の悪化があります。
番組では、大学の現場がどれほど時間と資金に追われているのかを、研究者の実感として伝えていました。
ノーベル賞という輝かしい成果と、大学の苦しい現実。
このギャップこそが、日本の研究が直面している最大の課題なのだと実感させられます。
東北大学が示した“研究環境が変われば成果が変わる”という未来の兆し
国が始めた『国際卓越研究大学制度』は、研究力強化のための大きな取り組みです。
2025年現在、この制度に唯一認定されているのが 東北大学 です。
番組では、東北大学が制度によって得た支援を活用し、
・研究施設の拡充
・5年間で400人規模のスタッフ採用
・研究に集中できる時間の確保
など、環境改善によって大きく前進している様子が紹介されました。
かつては授業と診察に追われ「研究ができなかった」と話す研究者が、いまは専門分野の研究にしっかり取り組めていることも語られ、制度の効果が具体的に伝わってきました。
ただし、支援を受けられる大学が限られているため、
・大学間格差がさらに広がる
・地方大学が取り残される可能性がある
という指摘も番組内で述べられました。
地方大学からもノーベル賞受賞者が生まれている歴史を考えると、これは無視できない課題です。
“研究が患者を救う”その瞬間をつなぐために必要なこと
自己免疫性肝炎で苦しむ男性が語った「新薬への期待」は、基礎研究が誰のために行われているのかを象徴するシーンでした。
Tレグ研究が臨床現場へ向かうその道のりは、決して一直線ではありません。
安全性の検証、効果の確認、がん治療とのバランス調整など、時間も研究者も必要です。
しかし、その先には確かに“病気の根本治療”という未来が見えています。
番組全体を通して、基礎研究の価値と、そこに力を注ぐ研究者たちの姿勢が強く伝わってきました。
まとめ
2025年のノーベル賞ダブル受賞は、日本の研究が世界へ示した大きなメッセージでした。
坂口志文さんのTレグ研究は、免疫の根本を理解する医療の未来を、
北川進さんのMOF研究は、環境問題や産業を支える材料科学の進化を示しました。
一方で、日本の大学が抱える“研究時間の不足”と“予算不足”は深刻で、
このままでは次の世代の研究成果が生まれにくくなる可能性があります。
それでも、東北大学の取り組みに見えるように、環境を整えれば研究は前へ進むことができます。
未来の医療、未来の環境技術、そして新しい発見を生み出すために——
研究者が安心して挑戦できる環境を整えることが今、何より大切だと強く感じられる放送でした。
Eテレ【サイエンスZERO】MOFとは何か?北川進の『分子ジャングルジム』はなぜ世界を動かすのか|2025年12月7日
研究が私たちの暮らしに近づいてきたという視点から紹介します

Treg(制御性T細胞)やMOF素材は、専門分野の話に見えて、じつは私たちの毎日の安心や未来の便利さに直結する存在です。ここでは、その“暮らしへの影響”をもう少し具体的に広げて紹介します。難しい内容をやわらかくまとめながら、今日の科学がどこまで生活に近づいているのかを感じられるようにしています。
Tregがもたらす変化の広がり
Tregは免疫の動きを落ち着かせる働きを持ち、自分の体を攻撃してしまう病気の対策として注目されています。これまで治療がむずかしかった関節の炎症や皮膚の自己免疫疾患でも、Tregの力を生かすことで症状を安定させる方法が広がる可能性があります。
人工的につくり出すiTreg療法も研究が進み、症状の個人差に合わせたアプローチができるかもしれません。臓器移植の場面では、拒絶反応の対策としてTregが役に立つ研究も重ねられています。薬だけに頼らず、体の仕組みを整えていく発想が広がることで、治療の負担を減らしながら安心につながる道が見えてきます。
こうした流れが実現すると、病気が長く続きにくい社会づくりに近づき、体の調子を守る選択肢が増えていきます。免疫を急に強めたり弱めたりするのではなく、体の中のバランスを整えて暮らし全体を支える考え方が広がっていくことが期待されています。
MOF素材が変える生活の風景
MOF素材はたくさんの小さな穴を持つ特徴から、空気中の二酸化炭素を吸い取ったり、新しいエネルギーとして注目される水素を安全に貯めたりする用途が考えられています。部屋の空気をきれいにする装置や、工場の排出ガスを減らす設備として生かされる未来もあり、環境への負担をやわらげる役割が期待されています。
エネルギーの分野では、軽くて扱いやすい新しいガスの保管方法として広がれば、水素を利用した機器や車がもっと身近な存在になります。高い圧力を使わずにすむ仕組みが実現すると、家庭の中でも安全に扱える形のエネルギーが増えるかもしれません。
さらに、MOFの構造を生かしたセンサーや触媒の研究も進み、医療や食品管理、空気清浄などの場面で暮らしの細かいところを支える技術になる可能性があります。素材の働きが広い分だけ、生活のさまざまな場面に変化が生まれていきます。
2つの研究がそろう未来の景色
Tregによる免疫サポートが広がり、MOF素材が環境やエネルギーの基盤を支えるようになると、健康と環境の両方がこれまでよりも安定した社会につながります。長く安心して暮らせる環境が整い、体に負担をかけない医療とクリーンな社会インフラが当たり前になる未来が見えてきます。
どちらの研究も基礎の積み重ねから生まれたもので、生活を守る力につながる科学の底力を感じられる分野です。今はまだ途中の段階でも、これらの技術が静かに暮らしへ入り込み、目には見えにくいところで支えてくれる時代が少しずつ近づいています。
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