ネクスト・パンデミックにどう備える?未知のウイルスと向き合う最前線
2025年5月21日、NHKの『クローズアップ現代』では、将来また訪れるかもしれない「ネクスト・パンデミック」にどう備えるかというテーマで特集が放送されました。新型コロナウイルスの大流行から数年が経ちましたが、その教訓は十分に活かされているのでしょうか。今回は、ウイルス研究の最前線から、WHOの課題、日本の感染症対策の現状まで、番組で取り上げられたすべての内容を詳しくお届けします。
コウモリから始まる調査隊の挑戦|未知のウイルスを探す研究チーム
番組の冒頭で紹介されたのは、東京大学・長崎大学・ベトナム科学技術アカデミーが共同で進めている未知のウイルス調査プロジェクトでした。調査の舞台はベトナム北部にある山岳地帯。ここは中国・雲南省にも近く、過去に新たなコロナウイルスが発見されたこともある、感染症研究にとって重要な地域です。
研究チームが特に注目しているのは、洞窟の中に生息するコウモリです。これまでSARSや新型コロナウイルスなど、人間に感染する深刻なウイルスの“起点”として疑われてきたのがこのコウモリです。こうした背景から、今回の調査では洞窟の入り口に罠を仕掛けてコウモリを捕獲し、持っているウイルスを採取する作業が行われました。
採取したサンプルは、ベトナム国内にある長崎大学の研究拠点にすぐに持ち込まれ、その場で分析が進められています。分析結果は2025年内に判明する予定で、次のパンデミックを引き起こす可能性のあるウイルスが見つかるかどうか、注目が集まっています。
この調査を率いるのは、東京大学医科学研究所の佐藤圭教授です。新型コロナウイルスが登場した当初から、その変異ウイルスの構造や性質をいち早く解明してきた第一人者であり、今回の調査にも強い危機意識と使命感を持って取り組んでいます。
現地での調査中、佐藤教授は周囲の環境の変化にも注目していました。調査が行われている地域では近年、観光施設や道路といったインフラの整備が急速に進んでおり、人間の生活圏が野生動物の生息地に近づいているのです。
このような状況では、次のようなリスクが生まれます。
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人と野生動物の距離が縮まることで、これまで人が接触したことのないウイルスに出会う確率が高まる
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コウモリが持つウイルスが、人間や家畜にうつりやすくなり、新たな感染経路が作られてしまう
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人口が増え、観光客の出入りが多くなることで、ウイルスが一気に広がる可能性も高くなる
佐藤教授は、こうした開発と感染症リスクの関係にも注目し、「環境の変化が新しいパンデミックを生み出す土台になりかねない」という現実をデータと現場の観察から丁寧に指摘していました。
今回の調査は、「未知のウイルスを見つけること」だけでなく、「人と自然の関わり方をどう見直すか」にもつながっています。今後の感染症対策にとって、こうした“予兆”を早くつかむための地道な調査がいかに大切かがよく分かる取材でした。
国際保健の要・WHOが直面する重大な危機
世界の感染症対策を長年支えてきたWHO(世界保健機関)が、今かつてないほどの困難に直面しています。最大の理由は、アメリカがWHOからの脱退を正式に表明したことです。この動きによって、WHOの財政基盤は大きく揺らぎ、各国への支援やパンデミック対策の継続にも深刻な影響を及ぼし始めています。
アメリカはこれまで、WHOの全体予算の約18%を担う最大の出資国でした。年間に換算すると17億ドル以上もの資金を供給していたことになります。これが一気に失われることで、今後2年間で深刻な資金不足に陥ると予測されています。
特に問題とされているのが、次のような支援活動への影響です。
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発展途上国へのワクチン供給の遅延や停止
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新興感染症に対する迅速な対応の遅れ
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地域ごとの医療体制の強化支援の縮小
WHOはこれまで、アフリカ諸国や南米、東南アジアなどで、感染症の拡大を防ぐために現地医療支援チームを派遣し、予防接種や啓発活動を行ってきました。しかし、資金が不足すると、こうした現場レベルの対応ができなくなり、感染症の初期拡大を抑える力が失われてしまう危険があります。
また、世界で今進められている「パンデミック協定」にも影響が出ています。これは、将来の感染拡大に備えて各国が協力し、情報の共有や医療資源の確保、ワクチン配分のルール作りを定める国際的な枠組みです。しかし、アメリカという大国の不参加により、協定の実効性や影響力が薄れる懸念が広がっています。
感染症は、国境を越えて人から人へと広がるものです。一国だけの対応では限界があり、世界全体が連携しなければパンデミックを止めることはできません。このタイミングでWHOの支援体制が弱体化すれば、次のパンデミックが起こったとき、世界は再び大きな混乱に見舞われることになりかねません。
いま必要なのは、以下のような新たな取り組みです。
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他の先進国による資金支援の補完
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民間企業や国際財団との連携強化
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国連や他の国際機関を巻き込んだ新たな協力体制の構築
WHO・マリア・バンケルコフ部長代行も「世界の人たちの健康にとって、いまが最も大事なときであり、後退する余地はない」と強い危機感を示しています。
この未曾有の危機をどう乗り越えるか。国際社会全体の覚悟と行動が試される場面に私たちは立ち会っているのです。
日本の感染症対策は本当に十分か?
新型コロナウイルスの大流行を経て、日本でも感染症に対する備えを強化しようとする動きが本格化しています。政府は法制度や組織体制の整備を進め、「次のパンデミック」に備える体制を構築しつつあります。しかし、番組ではこうした動きと現場の実態との間に大きなギャップがあることが指摘されていました。
2025年4月には、感染症対策の中核となる新しい組織「国立健康危機管理研究機構(JIHS)」が設立されました。この機関は、これまで別々に存在していた国立感染症研究所と国立国際医療研究センターを統合して作られたもので、以下のような役割を担っています。
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感染症の監視と情報分析
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ワクチン・治療薬の研究開発
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危機時の専門家派遣と人材育成
つまり、情報を集めるところから実際の医療対応まで、感染症対策を一貫して進められる司令塔として期待されています。
加えて、政府レベルでは**「内閣感染症危機管理統括庁」**の設置も進行中です。この新しい庁では、感染症が拡大した際に、内閣主導で迅速な意思決定や情報発信が可能になるとされています。これまでのように、複数の省庁が対応することで対応が遅れるという問題の解決を目指しています。
しかし、こうした「国の整備」とは対照的に、地方や医療現場では深刻な課題が残されたままです。番組で紹介された現場の声からは、次のような問題が浮かび上がりました。
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医療スタッフの人手不足が慢性化しており、急な対応に追われる体制ができていない
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感染症に関する専門人材の配置や教育が遅れている
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地域ごとに情報共有や連携体制に差があるため、全国一律の対応が困難
これらの課題により、たとえ国が早く対策を決定しても、その指示が現場まで届くのに時間がかかるというリスクが残ります。
また、地域によっては、医療機関と行政の連携がうまくいっていない例もあるとされ、保健所や病院が個別に対応を迫られるケースも見られます。こうした「現場任せ」の構造では、次に大規模な感染症が発生したとき、再び混乱が繰り返される可能性もあります。
今後の課題としては、以下の点が特に重要になります。
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現場で働く医療従事者の確保と育成
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国と地方自治体のスムーズな連携ルールの整備
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医療機関同士のネットワーク強化
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感染拡大時に即座に対応できるマニュアルと支援体制の構築
制度が整いつつある今だからこそ、その制度が本当に機能するかどうかを検証し、実践に落とし込むことが求められています。形式的な改革で終わらせず、現場と政策の“距離”をどう縮めるかが、これからの日本の感染症対策にとって最も大切なテーマになってきます。
人・動物・環境の健康を守る「ワンヘルス」という考え方
感染症の多くは、人間と動物との接触をきっかけに広がります。たとえばSARSや新型コロナウイルスも、コウモリなどの野生動物がウイルスの発生源と考えられています。こうした背景から今、世界中で注目されているのが「ワンヘルス(One Health)」という新しい考え方です。
ワンヘルスとは、人間の健康だけでなく、動物や環境の健康もひとつのつながった存在ととらえ、すべてをバランスよく守ることで、感染症の拡大を防ごうというものです。つまり、医療だけではなく、自然環境や生態系との関係を見直すことが感染症対策の第一歩になるという視点です。
この考え方に基づく取り組みには、次のようなものがあります。
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野生動物の保護と、生息地の維持管理
→ 無秩序な森林伐採や開発を避け、動物たちが自然の中で安全に暮らせるようにすることで、人との不要な接触を減らします。 -
違法な動物取引の防止
→ 取引の過程で動物の健康が損なわれたり、ストレスによってウイルスが活性化するリスクが高まるため、規制を強化することが大切です。 -
農村や発展途上地域の衛生環境の改善
→ 下水設備や清潔な水の確保、家畜との適切な距離を保つことなどを通じて、感染症が人に広がるのを防ぎます。
こうした取り組みは、すべてが人への感染リスクを減らす「土台作り」につながっています。感染症の発生を防ぐには、医療の発展だけでは不十分です。環境保全・教育・経済政策など、さまざまな分野と連携しながら進める総合的な取り組みが求められているのです。
ワンヘルスという考え方は、単なる理論ではなく、具体的な政策や地域活動の中に取り入れてこそ意味を持つものです。人間の暮らしが便利になればなるほど、自然との距離は近づき、リスクも高まります。その中でどう共存していくか、“すべての健康をひとつに考える”という視点が、これからの感染症対策の基盤となっていくのです。
一人ひとりが今できること
感染症への備えは、国や医療機関だけが行うものではありません。私たち一人ひとりの行動こそが、次のパンデミックを防ぐ土台になります。日常の小さな積み重ねが、社会全体の安全を支える力になります。
まずは、基本的な感染予防の行動を習慣として続けることが大切です。
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手洗い、マスクの着用、室内の換気などを日常的に行う
→ これらは感染のリスクを減らす基本の「3本柱」であり、季節性の風邪やインフルエンザにも有効です。 -
正確な情報を見極める力を持つこと
→ SNSや動画サイトでは誤った医療情報や不安をあおるような投稿も多く見られます。公的機関や信頼できる医師の発信を参考にし、正しい判断を心がけましょう。 -
インフルエンザや肺炎球菌などの予防接種を受けておく
→ 持病のある人や高齢者だけでなく、健康な人も接種することで重症化を防ぐだけでなく、周囲への感染拡大も防ぐことができます。 -
家庭での備えも見直すことが大切
→ 万が一、家庭内で感染症が発生したときの隔離の方法やマスク・消毒液・食料などの備蓄の確認は、感染拡大を防ぐ重要な対策です。
また、地域社会や周囲の人への配慮も忘れてはいけません。
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学校や職場で感染症についての情報を共有する
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体調が悪い人が安心して休めるように声かけや理解を深める
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高齢者や持病のある人など、弱い立場の人へのサポートを意識する
これらの取り組みは、小さなことに見えても社会全体の安全と安心を支える大きな力になります。
感染症に強い社会とは、単に医療体制が整っている社会ではなく、「思いやり」と「備え」が自然に根付いた社会です。誰かに任せきりにするのではなく、自分にできることを一つずつ行動に移すことが、未来のパンデミックを防ぐ最善の方法です。
おわりに
『クローズアップ現代』は、科学と社会の最前線をわかりやすく伝える番組として、多くの視聴者に信頼されています。今回の「ネクスト・パンデミック」に関する放送も、国内外の動向とともに、日本が進むべき道を具体的に照らしてくれる内容になると考えられます。
放送後、さらに詳しい情報が判明し次第、この記事を更新予定です。未来の感染症に備えるために、まずはこの27分の番組を見て、知ることから始めてみませんか。
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