アメリカ人社会学者が見た“日本の部活”の不思議|最深日本研究
日本の高校生活に欠かせない部活動。今回の「最深日本研究」では、アメリカ出身の社会学者トーマス・ブラックウッドさんが、日本独自の教育文化としての部活に迫りました。25年以上にわたり現場を見続けてきた彼の視点から、当たり前だと思っていた部活の中に隠れた魅力や疑問が明らかになります。
高校ラグビーの観察から始まった調査
スタンドから見えた観客の姿
番組は秋晴れの下で行われた高校ラグビー県予選から始まりました。スタンドの一角に座るブラックウッドさんは、試合展開ではなく観客の行動や表情にじっと目を向けています。ペンではなくスマートフォンのボイスメモを使い、笑顔や歓声、拍手のタイミングなどを細かく記録していきます。その視線の先には、応援の仕方や雰囲気の違いが、彼にとって重要な観察対象として映っていました。
グラウンドでの意外な作業
訪れたのはラグビー強豪として知られる埼玉県立熊谷工業高校。試合前のグラウンドでは、生徒が自ら石灰を使って白線を丁寧に引いている姿がありました。作業の手際や表情まで観察し、なぜ自分たちの手で準備をするのかという疑問が浮かびます。単なる準備作業に見えるこの行動も、彼にとっては教育文化の一部として興味深く映ったのです。
体育館での練習風景
次に向かった体育館では、1年生部員が基礎練習を行っていました。入り口で靴を脱ぎ、きちんと揃えて置くという所作をブラックウッドさんも自然に真似ます。練習中、コーチが柔らかい口調で指示を出す様子が印象的で、厳しさよりも丁寧さを感じさせる指導方法に注目しました。この言葉の選び方や伝え方こそ、彼が知りたい日本の部活の特徴でした。
試合中の声かけと野球部の習慣
再びグラウンドに戻ると、ラグビー部の練習試合が始まります。選手たちはプレー中ずっと声を掛け合い、互いを励まし続けます。この途切れない声かけの意味を探ることも、彼の調査の一環でした。その後、隣のグラウンドへ移動すると野球部が練習をしており、試合開始や終了の際にグラウンドへ一礼する姿が見られました。この動作もまた、ブラックウッドさんの目には文化的で特徴的な光景として映ったのです。
部活が教育に与える影響
来日で受けた文化的な衝撃
ブラックウッドさんが初めて日本にやってきたのは1993年。英語教師として高校に赴任した彼は、放課後のグラウンドや体育館で汗を流す生徒たちの姿を目にしました。多くの生徒が、成績や受験勉強よりも部活に全力を注ぐ日々を送っており、その熱量に強い衝撃を受けます。彼にとっては、学校生活の中心は勉強だという価値観が当たり前だったため、この光景は新鮮で不思議なものでした。
全国規模の大規模調査
この経験をきっかけに、ブラックウッドさんは教育社会学の研究者としての道を歩み始めます。2009年からは3年間かけて、全国の高校生3,753人を対象にアンケート調査を実施。対象は運動部や文化部を問わず、多様な部活動に所属する生徒たちでした。調査項目は部活への参加動機、活動時間、仲間との関係、将来の目標への影響など多岐にわたり、集まったデータは膨大な量になりました。
見えてきた教育の核心
分析の結果、部活経験は進路選択や価値観の形成に深く関わっていることが明らかになりました。例えば、部活を通して身につけた責任感や協調性が、その後の進学や就職活動にも影響しているケースが多く見られます。この結果から、ブラックウッドさんは日本の教育の核は受験制度ではなく部活動にあると考えるようになったのです。彼の研究は、当たり前と思われていた学校文化の価値を再評価するきっかけにもなっています。
女子マネージャーへの注目
裏方として支える役割
ブラックウッドさんの長年の調査の中で、特に興味を引いたのが女子マネージャーの存在です。彼女たちは試合に出場することはありませんが、練習や試合の準備、道具の管理、スコア記録、ドリンクの補充など、多岐にわたる業務を担います。時には選手よりも早くグラウンドに入り、最後に片付けを終えて帰るほどのハードスケジュールをこなしています。
元マネージャーの声から見えた価値
番組では、卒業後にインタビューを受けた元マネージャーたちの声が紹介されました。ある人は「忙しいほどやりがいを感じた」と話し、別の人は「やることがない時の方がつらかった」と振り返ります。また「もう一度やり直せるならまたマネージャーをしたい」「全部が報われたと思える」といった言葉も聞かれ、活動が彼女たちの人生観や価値観に深く影響を与えていたことがわかります。
青春の記憶として残る時間
多くの元マネージャーが共通して挙げたのは、「一番の財産は青春の思い出」という点でした。選手を支え続けた日々は、厳しさや忙しさだけでなく、仲間と共有した笑顔や達成感として心に残っています。ブラックウッドさんは、この感覚こそが認知的不協和を乗り越える原動力であり、幸福感を高める要因になっていると分析していました。
日本人と「敗北の美学」
深浦高校の大敗が示したもの
ブラックウッドさんが授業で留学生に「青春とは何か」を問いかけたとき、真っ先に思い出したのが1998年の高校野球青森県予選での深浦高校の試合でした。この試合は0対122という歴史的な大差で敗れたものの、多くのメディアが美談として取り上げました。選手たちは最後まで諦めずプレーを続け、その姿は観客の心を打ち、感動の物語として記憶されました。
敗北に宿る価値観
このエピソードからブラックウッドさんは、日本人が勝てなくても美しさを見出す文化を持っていると感じました。それは単なる結果ではなく、過程や姿勢に価値を置く考え方です。歴史上の人物である源義経や西郷隆盛のように、敗れても敬愛され続ける存在に通じるといいます。こうした価値観は、スポーツや部活動だけでなく、日本社会全体に根付いていると考えられます。
トーナメント文化との関係
ブラックウッドさんはまた、日本の多くの競技大会がトーナメント方式で行われることにも注目しました。勝ち進めば頂点に立てる一方で、多くのチームは途中で敗れます。それでも全力を尽くす姿が称賛され、物語として語り継がれる。この仕組みが「敗北の美学」を育む土壌になっているのではないかと分析していました。
今後の研究と展望
ブラックウッドさんは現在、日本の大学で教授を務め、週2回の講義で世界中からの留学生に日本社会を教えています。今後は再び大規模な調査を行い、日本の部活文化がどのように変化していくのかを探る予定です。
番組を見て感じたこと
今回の「最深日本研究〜外国人博士の目〜 部活を知りたい」を見て、まず強く印象に残ったのは、私たちが当たり前だと思っている部活動が、外からの視点で見るとこれほど特異で興味深い文化として映るということです。ブラックウッドさんは、試合の勝敗や技術ではなく、その周囲にある所作や言葉、雰囲気まで丁寧に観察していました。その姿勢は、私たちが普段見過ごしている価値を再発見させてくれます。
特に、女子マネージャーの存在に注目していた場面は心に残りました。裏方として支える立場のやりがいや達成感、そしてそれが「青春の思い出」として一生の財産になるという話は、どんな役割でも意味があることを改めて感じさせます。
また、「敗北の美学」に関する考察は、日本人の価値観を見事に言い表しているように思いました。勝つことがすべてではなく、過程や姿勢が評価されるという文化は、海外にはあまりない独特のものかもしれません。深浦高校の試合の例は、その象徴的なエピソードとして心に残ります。
この番組を通して、部活は単なる課外活動ではなく、人の生き方や考え方に大きな影響を与える教育の場であることを強く実感しました。日常に溶け込んでいるからこそ、その意味や価値を見つめ直す機会は貴重だと思います。
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