プレミアムトーク 同時通訳者・田中慶子 “言葉の向こう側にある心”を伝える人
英語を話すことに苦手意識を持つ人は多いですが、「言葉は通じなくても、心は通じる」と聞いたことはありませんか?2025年10月17日放送のあさイチ(NHK総合)プレミアムトークのゲストは、世界の舞台でその言葉を体現する同時通訳者・田中慶子さんでした。ビル・ゲイツやテイラー・スウィフト、ダライ・ラマ14世、デビッド・ベッカムなど、誰もが知るVIPの通訳を務めてきた田中さん。その華やかなキャリアの裏には、不登校や挫折、そして自分を見つめ直す“暗闇の時間”がありました。今回は、彼女の人生と仕事の軌跡、そして言葉に込めた思いを丁寧にたどります。
世界のVIPに信頼される“声の職人” 田中慶子の現場
番組の冒頭では、ビル・ゲイツが首相官邸を訪れた際の通訳を務めたエピソードが紹介されました。誰もが緊張するシーンで、田中さんは淡々と、しかし温かく言葉をつなぐ。「通訳は、正確さだけではなく“気持ちの温度”を伝える仕事」と語る彼女の言葉が印象的です。これまで関わってきたのは、テイラー・スウィフトやダライ・ラマ14世、ドン・ウォズなど、国籍も業界も異なる人々。通訳する際には、相手の性格や発言の背景まで調べ上げ、言葉のトーンや間の取り方にまで神経を使うといいます。
たとえばデビッド・ベッカムの通訳を担当したときには、事前にサッカーのルールや日本でのファン層、来日の目的までリサーチ。本人が気持ちよく話せるような質問を心がけ、会話の流れをスムーズに整えたそうです。「毎日が勉強。どんな現場でも“知らない”で済ませない」と語る田中さんの姿勢は、まさにプロフェッショナルそのものです。
老舗ジャズクラブでの通訳現場に密着
番組では、東京・港区の老舗ジャズクラブで行われた通訳の現場にも密着。田中さんが同行したのは、大手レコード会社CEOの藤倉尚さん。藤倉さんは、音楽プロデューサードン・ウォズとパン・デトロイト・アンサンブルのメンバーと会談し、レーベルの売上や方針について語り合う場面が放送されました。音楽や経営の専門用語が飛び交う中、田中さんは落ち着いた声でその空気をやわらげ、相手の“感情のニュアンス”まで伝えます。
藤倉さんは「慶子さんが通訳すると、自分の気持ちまで伝わっているようで安心する」と語り、さらに「彼女の調子が良いときは、まるで自分が乗り移ったみたい」と表現しました。実際、ドン・ウォズも田中さんの訳を聞きながら、嬉しそうに微笑んでいたといいます。その瞬間、音楽と言葉の壁がふっと消えたように感じたそうです。
また藤倉さんは、200人規模の国際会議での印象的なエピソードも語りました。発表の最後に大切な締めの言葉を忘れてしまった藤倉さんに、田中さんが「ここは訳さないで」とそっとつぶやかれた瞬間、全てを察して堂々と笑顔で引き継いでくれた。その対応により、場が和み、海外の参加者たちの心もつかめたと振り返ります。「彼女は言葉以上のものを伝えてくれる」と、田中さんへの信頼を語りました。
カリフォルニアの国際セミナーでの挑戦
田中さんの活躍は国内だけにとどまりません。最近ではカリフォルニアで行われたIT業界の国際セミナーに通訳として参加しました。同時通訳は通常2人1組で行い、時間を測りながら交代制で進めるもの。聖書の引用や専門用語など、訳しづらい内容も多いそうです。しかし、田中さんは「準備こそが命」と語り、打ち合わせ段階から細かく質問を重ねるといいます。発言者の背景や文化的な文脈を理解して初めて、言葉が“生きた通訳”になるのだと。
現地で田中さんの通訳に感銘を受けたのが、スタンフォード大学の研究者としても知られるダニエル・オキモト氏。「彼女は相手の魂に入り込んで伝える通訳者」と絶賛し、心の奥にまで届く言葉の力を評価しました。まさに“声で橋をかける人”といえる存在です。
不登校から世界へ 恩師との再会が運命を変えた
そんな田中さんにも、意外な過去がありました。高校時代は不登校。厳しい進学校での団体生活に馴染めず、「なぜ勉強するのか」という疑問を抱え続けていたといいます。出席日数ギリギリで卒業した後も、やりたいことが見つからず、アルバイト生活を続ける日々。その中で「このままではいけない」と感じ、思い切ってアメリカへ語学留学することを決意しました。
帰国後、田中さんは幼い頃から通っていた名古屋市の外国語教室を主宰する内藤和子先生を訪ねます。子どものころ約10年間お世話になった恩師との再会でした。当時の田中さんは自信をなくし、進むべき道を見失っていたといいます。そんな中、内藤先生が「外国を回るホームステイのグループがある」と話したところ、「私、それ行ってみたい」と即答。その一言に先生も驚いたといいます。内藤先生は「久しぶりに見たときは迷いがあったけど、“行ってみたい”と言ったときの目の輝きが違っていた」と語りました。推薦状を書いて送り出したその経験が、田中さんの人生を大きく変えるきっかけになりました。
田中さんは「英語そのものより、英語を通じて出会える経験が楽しかった」と当時を振り返ります。挫折や迷いを経たからこそ、人の気持ちに寄り添う通訳ができるようになったのかもしれません。
“Who cares?” 心の支えになった言葉
プレミアムトークの中で田中さんが紹介した「大切にしている言葉」は、“Who cares?”(気にしないでいこう)。これは、他人の評価に振り回されず、今の自分を受け入れて進むための言葉だといいます。通訳という仕事は常にプレッシャーの連続。ミスが許されない現場も多い中で、自分を責めすぎず、次へ進む勇気をくれる言葉なのだそうです。
さらに、通訳現場での服装にもこだわりがありました。スピーカーが女性の場合は「黒の服」を選ぶことが多いそうです。派手すぎず、信頼感を与え、相手の話を引き立てるための工夫です。細部にまで心を配る姿勢が、世界で評価される理由のひとつでしょう。
暗闇の中で“自分を見つめ直す時間”
意外な一面として、田中さんは「暗闇の中を歩く体験型エンターテインメント施設」に定期的に通っていると語りました。視覚障害のあるスタッフの案内で、真っ暗な空間を五感だけで進むプログラムです。季節ごとに内容が変わるこの施設は、田中さんにとって“心をリセットする場所”。「暗闇の中では見えないからこそ、感じることができる」と話します。人の感情をつかむ力は、こうした日常の中の小さな体験からも磨かれているのです。
特選エンタ “実家”がテーマの注目映画2本
番組後半の「特選エンタ」では、“実家”という誰にとっても身近な場所をテーマにした注目の2作品が紹介されました。ひとつ目は、アイスランドの女性たちの日常を描いた映画『女性の休日』。監督はパメラ・ホーガン。静かな北欧の町を舞台に、三世代の女性たちがそれぞれの生き方に悩みながらも、家族として支え合う姿を丁寧に描いています。母と娘のすれ違い、年老いた祖母の孤独、そして若い世代が抱く将来への不安。作品全体を通して流れるのは「なぜ生きるのか」「家族とは何か」という普遍的な問いかけです。ゆったりとしたテンポの映像と、アイスランドの自然の美しさが心に染みる作品となっています。
二つ目は、日本で実際に起きた事件を題材にした社会派映画『ブルーボーイ事件』。1960年代の日本で行われた性別適合手術をめぐる裁判を描いており、主演は三浦毎生、共演に加藤結子、池永正二、飯塚花笑らが名を連ねます。当時、法制度が未整備だった中で「自分らしく生きたい」という思いを貫いた人々が、社会の偏見や差別に立ち向かう姿がリアルに描かれています。裁判の場面では、当時のマスコミ報道や医療倫理の問題も盛り込まれ、現代にも通じる深いテーマを投げかけます。
番組では、どちらの作品も“家族”や“自分らしさ”を軸にした人間ドラマとして紹介されました。『女性の休日』は、遠く離れた国の物語でありながら、どの家庭にもある温度差や愛情の形を映し出し、『ブルーボーイ事件』は日本社会の過去を通して、今を生きる私たちに問いを投げかける作品です。どちらも「生き方を考えるきっかけをくれる映画」として紹介されました。
みんなグリーンだよ 秋の草とバラのアレンジ
最後のコーナー「みんなグリーンだよ」では、ローラン・ボーニッシュさんが「まるでフランスの田舎道のよう」と題した秋のアレンジを披露。瓶をまとめて輪ゴムで束ね、マジックテープで隠すだけという手軽さながら、仕上がりはまるで芸術作品。草ものは瓶の2倍の高さに、バラは1.5倍の高さに挿すと、立体感と自然な雰囲気が生まれるとのことでした。背景にはシャンボール城を思わせるクラシカルな映像が流れ、スタジオも秋色に包まれました。
まとめ
この記事のポイントは次の3つです。
・世界の舞台で活躍する同時通訳者・田中慶子さんの“心を伝える力”
・不登校や迷いを乗り越え、恩師との再会をきっかけに世界へ羽ばたいた人生
・暗闇の中で自分を見つめ直す“心のリセット時間”と、言葉以上の表現力
田中さんの姿から見えてきたのは、「言葉を超えて心でつながる」という生き方でした。通訳という仕事は、単に翻訳ではなく、人と人の間に“信頼の橋”をかけること。英語を学ぶ人も、そうでない人も、彼女の物語から“伝えるとは何か”を感じ取れるはずです。
出典:NHK総合『あさイチ』プレミアムトーク 同時通訳者・田中慶子(2025年10月17日放送)
https://www.nhk.jp/p/asaichi/
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