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NHK【新プロジェクトX】美ら海水族館誕生〜ジンベエザメと巨大水槽〜|柱のない水槽はなぜ可能だった?誕生秘話|2025年11月22日

新プロジェクトX
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美ら海水族館誕生の物語

このページでは『新プロジェクトX〜挑戦者たち〜 美ら海水族館誕生〜ジンベエザメと巨大水槽〜(2025年11月22日放送)』の内容を分かりやすくまとめています。
沖縄復帰後の苦しい時代から、沖縄美ら海水族館が世界を驚かせる存在になるまでの道のりを知ることで、巨大水槽やジンベエザメの展示に込められた思い、人と技術がつないだ挑戦の重みが見えてきます。

沖縄復帰後の苦境と水族館が置かれた現実

1972年5月15日に沖縄が本土へ復帰したあと、島の暮らしはすぐに良くなったわけではありません。通貨がドルから円に変わったことで物価は一気に上がり、生活はむしろ苦しくなったと感じる人も多くいました。さらに基地問題をめぐる不満が積み重なり、各地で抗議の動きが続いていました。
1975年に開かれた沖縄国際海洋博覧会は、沖縄の未来を切り開く大きな希望として始まりました。本部町には水族館が建てられましたが、展示されていたのは九州や四国から運ばれた魚が中心で、沖縄の海そのものを伝える内容とは言い切れませんでした。来場者数は目標に届かず、博覧会終了後には本土から来ていた企業が次々と撤退します。商店やホテルが倒産し、北部地域には海洋博不況が重くのしかかりました。水族館も例外ではなく、このままでは地域とともに衰退してしまう現実がありました。

内田詮三と戸田実が見つめた「沖縄の海」とジンベエザメへの夢

そんな厳しい状況の中で、水族館の未来を本気で考えていたのが館長の内田詮三でした。内田は本土の水族館で長く働き、イルカ研究でも知られていた人物です。沖縄に来て感じたのは、ここでしか見られない海の力強さでした。この魅力を伝えられなければ、水族館は生き残れないと強く感じていました。
飼育員の戸田実もまた、本土出身者として沖縄の海に心を奪われた一人です。初めて潜った沖縄の海で、無数の魚が行き交う光景を目にし、これこそ人に伝えるべき世界だと感じました。二人は地元の漁師を訪ね歩き、沖縄の海を象徴する生きものを探します。その中で浮かび上がった存在が、世界最大の魚である『ジンベエザメ』でした。内田と戸田にとって、それは水族館の未来を切り開く希望そのものでした。

ジンベエザメ飼育への挑戦と巨大水槽という壁

1980年、港に現れたジンベエザメとの出会いは、夢を現実に近づける第一歩でした。最初の個体はすでに死んでいましたが、その大きさと存在感は、内田に強い確信を与えます。ジンベエザメは沖縄の宝であり、世界に誇れる存在だという思いでした。
その後、生きたジンベエザメの捕獲に成功し、飼育が始まりますが、現実は厳しいものでした。餌を食べず、わずか10日で死んでしまった個体もいます。戸田は解剖を行い、生態を一つひとつ確かめながら研究を続けました。試行錯誤の末、えさやりの方法を工夫することで、ジンベエザメが餌を食べる姿が見られるようになります。
さらに、立った姿勢で餌を食べる行動が確認され、大きな驚きがありました。しかし当時の水槽は深さが足りず、尾びれが底に当たれば命に関わります。この姿を安全に見せるには、これまでにない巨大水槽が必要だという大きな壁が立ちはだかりました。

建築家・国場幸房と町工場が挑んだ柱のない世界一の水槽

水族館のリニューアル計画が動き出し、内田が掲げたのは、ジンベエザメが立って餌を食べられる世界一の水槽でした。その設計を任されたのが建築家の国場幸房です。国場は、沖縄の光や風を生かした建築を大切にしてきた人物で、水族館もまた沖縄の自然と調和する場所にしたいと考えていました。
国場が示したのは、水槽を支える柱をなくすという前例のない発想でした。ところが、この案は水圧に耐えられないとして、国内外のメーカーから次々と断られます。そんな中で手を挙げたのが、香川の町工場でした。アクリル加工を行う敷山親子は、確立された技術がなくても挑戦する覚悟を決めます。
高さ8.2メートル、幅22.5メートル、厚さ60センチの巨大アクリルパネルをつなぎ合わせる作業は、職人たちにとって未知の連続でした。立てたまま接着する方法は失敗すればすべてが無駄になる危険な賭けでしたが、試行錯誤を重ね、世界でも例のない柱のない巨大水槽が形になっていきました。

開館の瞬間と世界を驚かせたジンベエザメの姿

2002年11月1日、沖縄美ら海水族館は新たな姿で開館しました。巨大水槽に海水が注がれるとき、建物がきしむ音に多くの人が不安を感じましたが、現場に残った敷山たちは、水圧によって水槽が安定していく音だと理解していました。結果として水は一滴も漏れませんでした。
やがてジンベエザメが水槽に放たれ、ゆっくりと泳ぎ始めます。そして立って餌を食べる姿が来館者の目の前で繰り広げられました。その光景に、子どもも大人も声を上げ、水槽の前に人だかりができました。開館翌年には水族館として日本一の入場者数を記録し、沖縄美ら海水族館は世界に知られる存在となりました。

思いの継承と美ら海水族館が歩み続ける未来

ジンベエザメの飼育は30年を超え、世界でも例のない長期記録を更新し続けています。戸田実は退職後もボランティアとして飼育方法を伝え、世界初の繁殖という新たな目標に挑んでいます。
巨大水槽を支えた町工場は、その後海外からも注目され、ドバイや中国などの水族館プロジェクトに関わるようになりました。国場幸房が残した建築の考え方は、安谷健によって受け継がれ、沖縄の自然と調和する空間づくりに生かされています。
多くの人の思いと技術が重なって生まれた沖縄美ら海水族館は、今も未知の海の研究を続けています。巨大水槽を悠々と泳ぐジンベエザメは、過去の挑戦と未来への希望をつなぐ存在として、これからも沖縄の海を見守り続けていきます。

NHK【午後LIVEニュースーン】地域観光を変えるローカル水族館の秘密〜深海魚・ゼロ距離体験・アート水族館〜(2025年8月28日)

筆者からの追加情報として紹介します

しげゆき
しげゆき

実際に美ら海水族館で巨大水槽の前に立ったとき、まず強く感じるのは思っている以上に近い距離感です。遠くに展示があるのではなく、目の前に海そのものが現れたように感じます。巨大なアクリル越しに見るジンベエザメは、図鑑や映像で見るよりもはるかに大きく、ゆっくりと体を揺らしながらこちらの視界を横切っていきます。その動き一つひとつがはっきりと伝わり、水槽と人との間に境目がないような感覚になります。

水槽との距離が消える瞬間

巨大水槽の前に立つと、魚までの距離が数字ではなく感覚で縮んでいきます。アクリルの存在を意識するより先に、青い水の奥行きと生きものの動きに目を奪われます。ジンベエザメが近くを通ると、体の模様や尾びれの動きまで自然に目に入ります。展示を「見る」というより、同じ空間に立っているような感覚が生まれます。

音が消えていくような静けさ

水槽前では、不思議と周囲の音が遠のいていきます。館内に人がいても、ざわざわした感じは少なく、耳に残るのは静かな空気だけです。水の流れる音や機械音が強調されることもなく、落ち着いた静けさが空間を包みます。そのため、時間がゆっくり進んでいるように感じ、気づくと長く立ち止まってしまいます。

海の中に立っている感覚

巨大水槽を見上げていると、まるで自分が海の中に入り込んだような気持ちになります。上から差し込む光が水の中で揺れ、ジンベエザメやマンタが静かに泳ぐ姿が頭上を通り過ぎます。足元は陸のはずなのに、視界は完全に海の世界です。距離の近さと音の静けさが重なり、ただ眺めているだけで心が落ち着いていく時間になります。


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