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【クイズ 本当にあったことです!(2)】紅白歌合戦の舞台裏ハプニングと1980年代ゲートボール社会現象…NHKアーカイブス衝撃エピソード|2025年11月27日★

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え?そんなこと本当にあったの?映像が語る昭和と平成の仰天エピソード

このページでは『クイズ 本当にあったことです!(2025年11月27日放送)』の内容を分かりやすくまとめています。
1949年のニュース映像から1970年代の紅白歌合戦、1980年代の社会現象、そしてスポーツや芸能界の思わぬ舞台裏まで、NHKが残してきた映像だからこそ伝わる「本当にあった話」が次々に登場しました。
この回を通して見えてくるのは、時代ごとの空気感と、人がとっさに見せた行動のリアルさです。

NHK【クイズ本当にあったことです!】昭和~令和のNHK珍エピソード大全|おしんからアポロ11号まで 2025年6月25日

金網をかぶった少年たちの正体は戦後ニュースが映した仕事風景

番組冒頭で出題されたのは、1949年の『日本ニュース』に登場する、金網をかぶった少年たちの映像でした。
一見すると奇妙で、今の感覚では危なそうにも見えるこの映像ですが、正解はゴルフ練習場でのボール拾いの仕事です。

当時のゴルフ練習場には、現在のような高い防球ネットや自動回収装置はありませんでした。
打席の前方に人が出て、直接ボールを拾う必要があり、飛んでくるボールから頭や顔を守るために、金網をかぶって作業していたのです。

戦後まもない時代、子どもや若者がアルバイトとして働く姿は珍しいものではなく、その様子がニュース映像として記録されていました。
安全対策が十分とは言えない中でも、「どうすれば仕事ができるか」を考え、工夫しながら働いていた現場の空気が、そのまま映像に残っています。
現代の視点で見るからこそ、時代の違いと、当時の現実がはっきりと伝わるクイズでした。

1974年紅白で起きた森進一さんの忘れられないハプニング

次に出題されたのは、1974年の『NHK紅白歌合戦』の映像を使ったクイズです。
歌唱中の森進一さんに起きていたハプニングは、ズボンのファスナー、いわゆる社会の窓が開いていたというものでした。

番組内では、当時その場にいた堺正章さんが状況を説明しています。
スタッフの一人が異変に気づき、それを出演者側に伝え、白組の歌手たちが人の壁を作ったそうです。
その間に森進一さんはチャックを閉め、何事もなかったかのように歌を続けました。

普通であれば動揺してしまいそうな場面ですが、森進一さんは歌を止めることなく、最後まで歌い切りました。
このエピソードが今も語られる理由は、失敗そのものよりも、プロとしての対応力がはっきりと映像に残っているからです。
紅白歌合戦という大舞台で起きた、忘れられない一幕でした。

ビニール衣装が脱げない 極限の現場判断

スタジオで出題されたクイズの一つが、「ビニール製の衣装が脱げなくなったとき、どうやって着替えたか」というものです。
この問題を出したのは入山杏奈さんで、正解は間に合わないので切ったでした。

ビニール素材の衣装は、照明の熱や汗の影響で体に張り付いてしまうことがあります。
ファスナーや留め具がうまく動かなくなり、予定していた時間内に着替えができなくなるケースも、現場では実際に起こります。

テレビや舞台の進行では、数分の遅れが大きな影響を与えることもあります。
そのため、衣装を守ることよりも、番組や公演を止めないことが優先され、最終手段として切る判断が選ばれることがあります。
このクイズからは、華やかに見える世界の裏側で、瞬時の判断が求められている現実が伝わってきました。

坂田利夫さんと西川きよしさん 芸人同士の一言伝説

奥田修二さんが出題したクイズは、「坂田利夫さんが西川きよしさんに放った一言は何か」という内容でした。
正解は「ヘレンさんは俺のことが好きや!」です。

この言葉は、強気で少しとぼけた坂田利夫さんらしさがよく表れています。
また、長年同じ世界で活動してきた芸人同士だからこそ、こうした一言が笑いとして受け取られる関係性があります。

吉本興業の舞台やテレビで積み重ねられてきた歴史があるからこそ、この一言はエピソードとして語り継がれています。
単なる冗談ではなく、人と人との距離感や信頼関係が見えてくるクイズでした。

マイクを落とした田原俊彦さんを救った司会者の行動

印象に残るクイズの一つが、田原俊彦さんにまつわるエピソードです。
歌う直前にマイクを落としてしまった田原俊彦さんに対し、司会をしていた堺正章さんが取った行動が問われました。

正解は、自分のマイクを投げて渡したというものです。
ほんの一瞬の判断ですが、その場の流れを止めず、歌を続けられる状況を作りました。

生放送では、台本に書かれていない出来事が突然起こります。
そんな中で、司会者がとっさに行動することで、番組全体の空気が守られることがあります。
このクイズは、堺正章さんの現場対応力がよく分かるエピソードでした。

1980年代を席巻したゲートボールと夜まで続く情熱

昭和・平成の「おったまげ~な話」として紹介されたのが、1980年代のゲートボールブームです。
番組では、鹿児島県の栗野町に90か所以上の専用コートが作られたことが紹介されました。

クイズとして出された「競技に打ち込むために導入された設備」の正解は、ナイター照明でした。
昼間だけでなく夜までプレーできる環境が整えられ、高齢者たちが本気で競技に向き合っていた様子が伝えられました。

番組内では、1973年の高齢者医療費無料化によって病院が混雑し、外で体を動かす場としてゲートボールが広がっていった背景にも触れられています。
スポーツという枠を超え、地域や行政とも結びついた社会現象だったことが分かります。

相撲と音楽が交差する意外な好みの話

スポーツをテーマにしたクイズでは、市川紗椰さんが力士の音楽の好みを出題しました。
話題に出たのは、ウクライナ出身力士の安青錦と、力士の豪ノ山です。

最終的にクイズとして成立したのは、豪ノ山の好きな曲で、正解は玉置浩二の『田園』でした。
土俵の上では力強い姿を見せる力士が、普段はどんな音楽を聴いているのか。
競技とは別の一面が垣間見えることで、人物像がより身近に感じられるエピソードでした。

卓球台が青くなった理由に名前が出た有名人

最後のクイズは、「卓球台の色が深緑から青に変わったきっかけの有名人は誰か」という問題でした。
番組での正解はタモリさんです。

1991年ごろから、卓球台は青い色が使われるようになりました。
ボールが見やすくなり、テレビ映えすることも意識された流れです。
番組では、その変化のきっかけとしてタモリさんの名前が紹介されました。

競技そのものだけでなく、見せ方やイメージが時代とともに変わっていくことが分かるエピソードでした。

最もがんばったで賞と番組の余韻

エンディングでは「最もがんばったで賞」が発表され、いとうせいこうさんが市川紗椰さんを選びました。
クイズを通して、笑いながらも、映像が持つ記録の力と、人の行動の面白さを感じられる構成でした。

クイズ 本当にあったことです!』は、過去の出来事をただの知識ではなく、今につながる物語として感じさせてくれる番組です。
映像が残っているからこそ伝わる「本当にあった話」の重みが、しっかりと伝わる回でした。

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