昭和と平成の「本当にあった!」が連続する夜
このページでは『クイズ 本当にあったことです!(2026年1月2日放送)』の内容を分かりやすくまとめています。
NHKに残る放送100年分のアーカイブスから、「そんなこと本当にあったの?」と思わず声が出る出来事をクイズでたどる番組です。戦後の正月ニュース、極みの芸、ふるさと創生という政策の裏側、そして昭和のスターまで、時代もジャンルも飛び越えたエピソードが次々と登場します。
この記事を読むことで、映像の裏にある時代背景や、人々が何を面白がり、何に驚いてきたのかが見えてきます。
戦後正月ニュースに隠れたマジックの正体
最初のクイズは、昭和27年の正月に放送されたニュース映像から始まりました。
画面に映るのは、当時紹介されていたマジシャンの演技です。新聞紙を金の輪で挟み込み、そのあとに何が起こるのかが出題されました。
答えは、小鳥が現れるというものです。この小鳥は、当時流行していた十姉妹でした。
戦後まもない時代、テレビはまだ特別な存在で、正月のニュースには娯楽的な要素も多く含まれていました。マジックはその代表例で、子どもから大人まで同じ画面を見て驚きを共有できる題材でした。
十姉妹が選ばれたのも理由があります。十姉妹は見た目がかわいらしく、鳴き声も穏やかで、家庭で飼われることが多い鳥でした。そのため、突然現れても怖さがなく、正月の華やかさとも相性が良かったのです。
ここには、戦後の日本で「楽しませること」そのものが大切にされていた空気が映っています。ニュースでありながら、人を笑顔にする工夫が自然に組み込まれていたことが、この一問から伝わってきます。
動きが生き物みたいな人形芸の仕組み
次に登場したのは、2002年にNHKで放送された操り人形の映像です。
獅子舞の動きがあまりにも生き物らしく、どのような仕組みなのかがクイズになりました。
答えは、大きな人形の内部に、さらに小さな人形が仕込まれていて、それを操っていたというものです。外から見える獅子舞の中で、別の人形が動くことで、首の振り方や足運びが細かく再現されていました。
一見すると「人が入っているだけ」に見える獅子舞ですが、実際には複雑な構造と高度な操作技術が組み合わさっています。こうした工夫は、舞台の裏側を知らなければ気づけません。
番組では、その仕組みをクイズとして提示することで、「なぜこんなにリアルなのか」を視聴者自身に考えさせます。
芸の世界では、完成された動きほど裏の努力が見えません。この人形芸は、その象徴のような存在であり、NHKアーカイブスならではの価値ある映像だと言えます。
何でも切れる即興の紙切り芸
2012年に放送された紙切り芸の映像では、林家正楽[3代目]の即興力が取り上げられました。
客席から出されたリクエストは『なでしこジャパン』です。サッカー日本女子代表が世界一に輝いた直後で、多くの人の記憶に残る題材でした。
林家正楽は、その場で紙を手に取り、迷いなくハサミを入れていきます。下書きも見本もありません。それでも、選手たちがトロフィーを掲げる姿が、短時間で切り出されていきました。
紙切り芸は、切り直しができない点が特徴です。一度切ったら元には戻りません。そのため、頭の中で完成形を描きながら、手を動かし続ける必要があります。
番組では、この芸を通して「即興」とは偶然ではなく、長年の積み重ねによって成立していることが伝えられていました。時代の象徴である『なでしこジャパン』が題材になることで、芸と社会の記憶が自然につながっていきます。
正月らしさ全開の兄弟芸
1997年に放送された大道芸人、海老一染之助・海老一染太郎の兄弟芸は、正月らしさが詰まった内容でした。
芸を実際に披露するのは主に一人ですが、二人一組で舞台に立つことで独特の間と笑いが生まれます。
芸のあとに必ず入る決まり文句「これでギャラはおんなじなの!」は、観客が待っている一言です。内容が分かっていても、聞くと笑ってしまう力があります。
正月は、繰り返しの中に安心感を求める時期でもあります。毎年同じ言葉、同じ流れがあることで、「今年も始まった」という気持ちになるのです。
この兄弟芸は、技そのものだけでなく、空気づくりまで含めて完成しています。番組では、その完成された形が、長年にわたり正月の定番として愛されてきた理由を静かに示していました。
勲章に輝いた玉川スミの極み
1980年に放送された映像では、玉川スミの芸が紹介されました。
重ねたマスの上に片足で立ち、もう片足で扇子をつかみながら『松の木』を表現する芸です。
この芸の特徴は、見た目の静かさにあります。派手な動きはありませんが、バランスを崩せば一瞬で崩壊します。その緊張感が、見る側にも伝わってきます。
扇子の数は少しずつ増えていき、最終的には120本に達しました。これは、観客を満足させたいという思いから限界まで挑戦した結果でした。
玉川スミは大正時代から芸人として活動し、92歳まで現役を続けました。この積み重ねが評価され、後に文化庁の芸術関連の賞を受けています。
番組では、年齢を重ねてから完成した芸であることも紹介され、「芸は人生とともに深まる」という事実が伝えられていました。
ふるさと創生1億円が生んだ街の風景
ふるさと創生のコーナーでは、全国の自治体に配られた1億円の使い道がクイズ形式で紹介されました。
当時の政策では、使い道は各自治体に任されており、その自由度の高さが個性的な結果を生みました。
青森県の旧木造町では、遮光器土偶にちなみ、駅の壁一面に巨大な土偶モニュメントが設置されました。これは現在のつがる市でも象徴的な存在として残っています。
旧百石町では、ニューヨークと同じ緯度であることから自由の女神像が作られました。高さ21メートルを超える像は、今も訪れる人の目を引きます。
高知県の中土佐町では純金のカツオ像、大分県の旧中津江村では純金のタイ像が作られました。どちらも後に盗難に遭い、戻ってきませんでしたが、タイ像は複数あったため、売却によって結果的に費用を回収できたという現実的な話も紹介されています。
秋田県の旧仙南村では、村営スナックが作られ、酒場のなかった村に人が集まる場所が生まれました。昼は喫茶店としても利用され、のべ25万人が訪れたとされています。
このコーナーからは、お金の使い方だけでなく、地域が何を大切にしていたのかが浮かび上がります。
正月ニュースが映す日本各地の風習
戦後の正月ニュースでは、各地に残る風習が紹介されました。
1951年、佐賀県白石町では「もちすすり」という行事が放送され、名人がつきたての餅を一息で飲み込む様子が映されました。
1952年には、大阪市の十日戎の様子が放送され、今宮周辺には約80万人が集まりました。その日の賽銭は200万円ほどに達し、当時の熱気が数字からも伝わります。
1953年、宮城県の旧宮崎村では「スミつけ」が紹介されました。厄年の男たちが裸で村を回り、顔に墨を塗り合う行事で、火伏せの意味を持っています。この行事は現在の加美町でも伝えられています。
ニュース映像は、単なる記録ではなく、その土地の暮らしや信仰を映す鏡であることが分かります。
正月ならではのクイズと音の工夫
ゲストによるクイズも、正月らしい話題が中心でした。
佐賀県の正月の供え物についての問題では、生米の下に敷くものが問われ、答えは『イカ(するめ)』でした。保存がきき、縁起物として扱われてきた背景があります。
杉浦友紀からの出題では、1926年の正月にラジオで生放送された『ある声』が話題になりました。正解はニワトリの鳴き声です。
当時はニワトリの声が縁起が良いとされ、スタジオを暗くしてから徐々に明るくし、朝が来たと錯覚させて鳴かせる工夫が行われていました。この放送は64年まで続いたとされています。
音だけで正月を演出する工夫から、放送の原点ともいえる姿が見えてきます。
昭和の破天荒スター横山やすし
番組の終盤では、昭和の漫才ブームを代表する横山やすしが取り上げられました。
電車内でウイスキーを飲む、移動中に競艇場へ行く、アマチュアボートレーサーとして活動するなど、豪快な行動が次々と紹介されました。
自家用飛行機を購入し、自ら操縦していたことや、元マラソンランナーの君原健二と飲み友達だったことも語られています。横山の方からファンレターを送ったことがきっかけでした。
また、落語家の林家木久扇とは「全国ラーメン党」を名乗るほどの仲で、中国にラーメン店を出す計画の際には、田中角栄に連絡するよう後押ししたという話も紹介されました。
番組では、破天荒な行動だけでなく、それでも人を引きつけてやまなかった横山やすしの存在感が、昭和という時代の象徴として描かれていました。
クイズの先に見える放送の力
番組の最後には「最も輝いた人」が発表され、『ツノ』を買ったエピソードを出題した伊藤が選ばれました。
『クイズ 本当にあったことです!』は、ただ驚くための番組ではありません。NHKに残された映像や音声が、その時代の価値観や空気を今に伝えています。
戦後の娯楽、正月の祝い方、芸に人生をかけた人々、そして政策が街に残した形。そのすべてが「本当にあったこと」としてつながり、今を生きる私たちに問いかけてきます。
NHK【クイズ 本当にあったことです!(2)】紅白歌合戦の舞台裏ハプニングと1980年代ゲートボール社会現象…NHKアーカイブス衝撃エピソード|2025年11月27日
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