南極観測を続けてきた原田尚美の研究者としての歩み
原田尚美さんは、学生時代から一貫してフィールド調査を重視してきた研究者です。机上の理論だけでは分からない自然の変化を、自分の目で確かめる姿勢が研究の軸になっています。1991年、大学院在学中に第33次南極地域観測隊の夏隊として初めて南極に立ち、極域の自然環境と向き合いました。その経験が、その後の研究人生を大きく方向づけたといえます。
その後も南極観測への関わりを続け、2018年の第60次隊では副隊長兼夏隊長として観測全体を支える立場を担いました。さらに2024年の第66次隊では、日本人女性として初めて隊長を務め、観測計画の統括や安全管理にも責任を持つ立場となっています。こうした歩みは、南極観測が個人の研究だけでなく、長い時間をかけて積み重ねられる共同作業であることを物語っています。
南極の氷床融解が示す海面上昇と世界への影響
番組で語られる重要なテーマが、南極の氷床融解が世界にもたらす影響です。南極の氷床がすべて融解した場合、海面は約60メートル上昇するとされています。この数字は、沿岸部に暮らす人々の生活を根本から変えてしまう規模です。東京を含む多くの都市が水没する可能性があるという事実は、決して誇張ではありません。
原田さんは、こうした将来予測を示しながら、南極で起きている変化が遠い国の出来事ではなく、世界中の社会や暮らしと直結していることを伝えます。氷床の変化はゆっくり進むように見えても、長期的に見れば取り返しのつかない結果につながる可能性があります。南極の現状を知ることは、地球全体の未来を考える第一歩になります。
氷床融解の仕組みと温暖化が南極にもたらす変化
氷床融解は、単純に気温が上がって氷が溶ける現象ではありません。氷床の下に入り込む海水の影響、海水温の上昇、周辺の海氷の減少など、複数の要素が重なり合って進行します。特に南極周辺の海の変化は、氷床の安定性に大きく関わっています。
かつて南極は人為的な影響を受けにくい地域と考えられてきましたが、近年は温暖化の影響が観測データとしてはっきり表れています。原田さんは、こうした変化を一時的な現象としてではなく、長期的な流れの中で捉える必要性を示します。南極は、地球環境の変化をいち早く映し出す場所として、ますます重要な観測フィールドになっています。
生物ポンプと炭素循環から見える海の役割
地球環境を支える重要な仕組みとして紹介されるのが『生物ポンプ』です。海中の植物プランクトンなどが大気中の二酸化炭素を取り込み、それが有機物として深海へ沈んでいくことで、炭素が地球規模で循環しています。この働きがあるからこそ、大気中の二酸化炭素の増加が一定程度抑えられています。
原田さんは南極の海で、この炭素循環がどのように機能しているのかを調べてきました。南極海は栄養が豊富で、生物活動が活発な海域です。そこで得られるデータは、地球全体の気候を理解する上でも欠かせません。海は静かに見えても、地球環境を支える大きな役割を担っています。
世界初のセンサーで挑んだマリンスノー長期観測
研究の中でも特徴的なのが、『マリンスノー』の長期観測です。マリンスノーとは、海中を雪のように舞い落ちる有機物の粒子で、炭素を深海へ運ぶ重要な存在です。原田さんは、世界初となるセンサーを使い、このマリンスノーを継続的に観測する取り組みを進めてきました。
南極では天候や氷の状況が厳しく、観測機器の設置や回収が計画通りに進まないことも多くあります。それでも長期間データを取り続けることで、初めて炭素の動きが見えてきます。短期間では分からない変化を捉えるために、長期観測が不可欠であることが、この研究から伝わってきます。
南極は思い通りにならない恋人という言葉に込めた研究哲学
原田さんが語る「南極は思い通りにならない恋人のよう」という言葉には、南極観測の現実が凝縮されています。極寒の環境では、天候の急変や氷の状態によって計画が変更されることは珍しくありません。思い描いた通りに進まない中でも、現場で判断し、柔軟に対応する力が求められます。
それでも原田さんは、訪れたチャンスを逃さず、背伸びをしてでも挑戦する姿勢の大切さを伝えます。自然相手の研究は思い通りにならないからこそ、粘り強く向き合うことで新しい発見につながります。この研究哲学は、南極観測だけでなく、あらゆる挑戦に通じる考え方として心に残ります。
まとめ
『NHKアカデミア 原田尚美(後編)南極観測から見える地球の未来(2025年12月24日放送)』は、南極という極限のフィールドから地球全体を見渡す内容です。氷床融解、炭素循環、長期観測というテーマを通して、地球の未来が静かに、しかし確実に形づくられていることが伝えられます。
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南極観測は「一度きり」では意味を持たないという時間の感覚
しげゆき
南極観測というと、極寒の地へ行き、特別なデータを持ち帰る一大プロジェクトのように思われがちです。ただ、実際の南極研究は、一度行けば終わりではなく、同じ場所を何十年も観測し続けることで初めて意味を持つ研究です。短い期間で見える変化と、長い時間をかけて初めて分かる変化はまったく別物であり、その違いを見極めることが南極観測の本質になります。
同じ場所を見続けることでしか分からない変化
南極の氷床や海、空の変化はとてもゆっくり進みます。1年や2年の観測では、たまたま起きた一時的な変化なのか、長期的な傾向なのかを判断できません。そのため南極では、同じ地点で、同じ方法で、何十年も観測を続けることが重視されています。こうして積み重ねられたデータがあるからこそ、氷床が本当に薄くなっているのか、海の状態が変わり続けているのかを正確に読み取ることができます。
氷床融解や海の変化は長い時間で姿を現す
氷床融解や海面上昇は、急に目に見えて進む現象ではありません。毎年の変化はわずかでも、数十年という時間を重ねることで、その差ははっきりと形になります。南極観測では、その小さな変化を見逃さないために、観測点を変えず、同じ条件で記録を残し続けます。長い時間をかけて集められたデータは、地球温暖化の影響を考える上で欠かせない土台になります。
南極観測が未来への手がかりになる理由
南極での長期観測は、過去を知るためだけのものではありません。何十年も続くデータがあるからこそ、これから先に起こり得る変化を考えることができます。今見えている小さな変化が、この先どこまで広がるのかを判断する材料になるのです。南極観測は、時間を味方につけながら、地球の未来を静かに読み解いていく研究であり、その価値は長く続けてこそ発揮されます。
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