静かに受け継がれる皇居の美、その舞台裏
このページでは『皇居の美(2026年1月2日放送)』の内容を分かりやすくまとめています。
東京都の中心にある皇居。ふだんは遠くから眺める存在ですが、その内側では、建築、美術、工芸、庭、道具にいたるまで、数え切れない人の手仕事が積み重なり、今の姿が守られています。この記事を読むことで、皇居の美しさが「特別なもの」ではなく、日々の支えと工夫から生まれていることが見えてきます。
宮殿に込められた時代の答え
皇居の宮殿は昭和43年に完成しました。
戦争によって焼け落ちた明治宮殿のあと、再建はすぐには行われず、長い時間をかけて新しい時代の皇居が構想されました。
高度経済成長期を背景に建設されたこの宮殿は、単なる復元ではなく、戦前とは異なる日本の姿を形にすることが求められていました。
設計を担った建築家・吉村順三が目指したのは、権威を誇示する建築ではありません。
日本の伝統建築である『寝殿造り』の考え方を取り入れながら、象徴天皇という新しい立場にふさわしい、開かれた空間をつくることでした。
外と内をゆるやかにつなぐ構成、視線が自然に抜ける配置、素材の落ち着いた使い方には、訪れる人が緊張しすぎないための工夫が重ねられています。
長さ160メートルにおよぶ長和殿は、宮殿の中でも特に象徴的な建物です。
一般参賀では、人々と天皇が同じ方向を向いて並ぶのではなく、向き合う形がとられます。
そのため、天皇が座る位置と訪れた人が立つ床の高さはほぼ同じに設計され、上下関係を強調しない距離感が生まれています。
一方で、正殿は国家的な儀式を行う場として、明確に役割が分けられています。
中でも松の間は『即位の礼』など重要な儀式が行われる場所で、高御座が置かれる厳粛な空間です。
竹の間や梅の間は、賓客を迎えるための場として使われ、それぞれの部屋が担う役割ははっきりと整理されています。
松・竹・梅という構成は、格式を表すだけでなく、場の意味を直感的に伝えるための工夫でもあります。
宮殿全体を通して感じられるのは、力で示すのではなく、空間のつくり方によって考え方を伝えようとする姿勢です。
現在の皇居の宮殿は、建築そのものが、戦後日本の価値観を静かに語り続けています。
光と絵がつくる迎賓の空気
宮殿の空間をやさしく包み込んでいるのが、彫刻家・多田美波が手がけたシャンデリアです。
天井から広がるその造形は、穏やかな波を思わせる形をしており、直線ではなく曲線を生かしたデザインが特徴です。
光は一点に集まるのではなく、空間全体にゆるやかに広がり、宮殿を訪れた人の気持ちを自然と落ち着かせていきます。
儀式や公式行事という緊張感のある場であっても、光のあり方によって空気が和らぐよう計算されています。
そのシャンデリアの近く、波の間に飾られているのが、画家・東山魁夷による『朝明けの潮』です。
夜が明け、静かに波が寄せては返す情景が描かれたこの作品は、派手さはありませんが、深い静けさと希望を感じさせます。
迎賓の場にふさわしく、見る人の心を穏やかに整える役割を担い、皇居の空間づくりに欠かせない存在となっています。
宮殿内の倉庫には、このほかにも多くの貴重な絵画が保管されています。
これらの作品は固定されたままではなく、季節や行事、訪れる賓客に合わせて掛け替えが行われています。
その中でも特別な位置づけにあるのが、画家・奥村土牛の『富士』です。
この作品は新年や天皇誕生日、国賓来訪の際など、節目となる日に選ばれ、日本を象徴する一枚として静かに場を引き締めます。
皇居の迎賓空間では、照明と絵画が単なる装飾ではなく、人の気持ちや場の意味を整えるために用いられています。
光と絵が互いに支え合いながら、訪れる人を迎える空気を形づくっているのです。
儀装馬車がつなぐ東京駅と皇居
信任状捧呈式などの皇室行事では、『儀装馬車』が使われることがあります。
番組では、スウェーデンの新任大使が東京駅から皇居へ向かう場面が紹介され、現代の東京の街並みの中を、格式ある馬車が進む様子が印象的に描かれていました。
自動車が当たり前となった今だからこそ、馬車の動きや音は、特別な時間の始まりを強く感じさせます。
この儀装馬車は、もともとはヨーロッパから輸入されたものでした。
しかし現在では、国内での製作や修復が行われ、日本の職人の手によって姿が守られています。
千葉県にある工房では、神輿づくりで培われた技が生かされ、細かな装飾や金具の調整、塗装の塗り直しが行われています。
金属部分の輝き、木部の質感、全体のバランスは、見た目だけでなく実際に走行することを前提に整えられています。
長い年月を経た馬車には、時代ごとの傷みや変化が現れます。
それでも、形や雰囲気を大きく変えないよう配慮しながら手を入れることで、かつての姿が今に引き継がれています。
この作業は単なる修理ではなく、歴史そのものを次の時代へ渡す仕事と言えます。
こうして守られてきた儀装馬車は、まさに動く文化財です。
華やかに主張するのではなく、静かに場の空気を引き締めながら、儀式の意味と重みを伝えています。
馬車がゆっくりと進むその時間は、皇居の行事が持つ特別さを、見る人の心に深く刻み込んでいます。
宮中晩餐会を支える食器とガラス
宮殿の整膳室には、明治時代から受け継がれてきた食器が大切に保管されています。
棚に並ぶ皿やグラスの一つひとつは、単なる道具ではなく、長い年月の中で積み重ねられてきた皇室のもてなしの歴史そのものです。
行事のたびに状態を確認し、用途に合わせて慎重に選ばれることで、同じ場でも毎回少しずつ表情が変わります。
宮中晩餐会では、伝統的にフランス料理が基本とされてきました。
一方で、日本の文化や季節感をより深く知ってもらうため、近年は和食も取り入れられるようになっています。
料理に合わせて提供される飲み物も工夫され、日本酒が用意される場面では、器の選び方にも特別な配慮がなされています。
日本酒に使われるのが、繊細なカットが施された江戸切子のグラスです。
光を受けると模様が浮かび上がり、食卓にさりげない華やかさを添えます。
一方、ワインには『御旗御紋付 葡萄酒コップ』が用いられています。
このグラスは明治の頃から使われ続けている意匠で、皇室の晩餐会を象徴する存在です。
長く使われる中で、もし欠けたり破損したりした場合でも、形や模様を変えることはありません。
同じデザインで新たに作り直され、過去から現在へと美しさが途切れることなく受け継がれています。
この仕事を担っているのが、茨城県にあるガラス工房です。
目立つことはありませんが、正確さと再現性が求められる作業によって、皇居の格式は静かに支えられています。
整膳室に並ぶ食器やグラスは、料理を引き立てるためだけの存在ではありません。
そこには、時代を越えて続く約束と、もてなしの心が形として残されているのです。
織物が描く豊明殿の景色
宮殿の中で最も大きな部屋が豊明殿です。
ここは宮中晩餐会が行われる場で、国内外の賓客を迎える、皇居の中でも特に重要な空間です。
天井の高さや広がりだけでなく、壁面そのものが空間の印象を決定づけています。
その壁面を彩っているのが、画家・中村岳陵の原画をもとに制作された綴織『豊幡雲』です。
一見すると大きな絵画のように見えますが、これは筆で描かれたものではありません。
京都の伝統工芸である西陣織の技術を用い、一本一本の色糸を重ねることで表現された、巨大な織物作品です。
雲がゆったりと広がり、流れていく様子を織りで表すためには、色の選び方や糸の重なり方に細かな工夫が必要でした。
明るさや陰影、奥行きは、糸の密度や角度によって生み出され、見る位置や光の当たり方によって表情が変わります。
制作には長い年月がかかり、職人たちは試行錯誤を重ねながら、空間全体に調和する仕上がりを目指しました。
完成した『豊幡雲』は、晩餐会の場を華やかに飾るだけでなく、場の空気を落ち着かせる役割も担っています。
織物ならではの柔らかな質感が、賓客を迎える場にふさわしい温かみを生み出しているのです。
この作品が完成した際には、昭和天皇も現地を訪れ、その出来栄えを視察したと伝えられています。
一過性の装飾ではなく、長く使い続けることを前提にした仕事であることが、ここからも伝わってきます。
豊明殿の壁面に広がる『豊幡雲』は、絵画と工芸の境界を越えた存在です。
皇居という特別な空間の中で、日本の織の技と美意識が、今も静かに息づいています。
床と庭、盆栽に宿る見えない手入れ
千草の間や千鳥の間では、床を覆う緞通の手入れが日常的に行われています。
緞通は厚みがあり、模様も繊細なため、扱い方ひとつで印象が大きく変わります。
掃除機をかける際には、かけ始める位置や進む順番まで細かく決められており、
作業後に靴跡が残らないよう、動線そのものが管理されています。
人の目にはほとんど映らない部分ですが、こうした積み重ねが、部屋全体の静けさを保っています。
宮殿の外に目を向けると、周囲には表情の異なる庭園が広がっています。
手前に石と砂で構成された枯山水、奥には緑が重なる景観、
そして南側には水を取り入れた池を持つ南庭があります。
中でも南庭の大刈込は見どころのひとつで、
この刈込は宮内庁の職員によって、形が崩れないよう長い時間をかけて管理されています。
さらに皇居の中には、専門の場所で管理されている盆栽があります。
その数はおよそ500鉢におよび、種類や樹齢もさまざまです。
国賓を迎える際に玄関ホールに飾られる黒松『鹿島』は、堂々とした姿で場を引き締めます。
また、皇居で最も古いとされる真柏(双幹)は、長い年月を生き抜いた風格を今に伝えています。
皇居の盆栽には、「手入れをしているように見えない形を保つ」という考え方があります。
枝の一本、葉の量ひとつにも手が入っていますが、
完成した姿は自然そのもののように見えることが大切にされています。
12月になると、恒例の春飾りづくりが行われます。
主役となるのは紅梅で、そこに松と竹が添えられ、
『松竹梅』の取り合わせで新年を迎える準備が整えられます。
床、庭、盆栽といった要素は、それぞれが独立しているようでいて、
季節と行事に合わせて一体となり、皇居の時間を静かに形づくっています。
まとめ
皇居の美しさは、特別な儀式や豪華な装飾だけで成り立っているわけではありません。建築、美術、工芸、庭、道具、それぞれの現場で続けられる日々の仕事が重なり合い、今の姿が保たれています。『皇居の美』は、静かな積み重ねこそが本当の美を生むことを教えてくれる番組でした。
【新年一般参賀】〜皇居から中継〜 静かな拍手が重なった朝 天皇皇后両陛下と迎える令和8年の始まり|2026年1月2日
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