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【美の壺】600回記念!「能」幽玄はどこから生まれる?能面・能装束・厳島神社の能舞台|2026年1月4日

美の壺
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600回の節目に出会う『能』という日本文化の核心

このページでは『美の壺 選 600回記念!「能」(2026年1月4日放送)』の内容を、放送前に判明している情報をもとにまとめています。
600回という節目で取り上げられるのは、日本文化の総合芸術といわれるです。能面、能装束、能舞台という三つの要素から、『幽玄』の美がどのように生まれてきたのかを見つめ直す構成になっています。長い時間をかけて受け継がれてきた美意識に触れることで、能がなぜ今も人を引きつけ続けるのかが見えてきます。

世阿弥の流れをくむ観世家と能面の世界

番組では、二十六世観世宗家 観世清和さんが登場し、観世家に代々伝えられてきた極上の能面が紹介されます。
観世家は、室町時代世阿弥が大成した能の思想と技を、形として守り続けてきた家であり、能の歴史そのものを体現する存在です。単に古い家系というだけでなく、舞台で使われる面や型を通して、世阿弥の美意識を現在に伝えています。

中でも大きな見どころとなるのが、世阿弥伝来とされる貴重な『鬼の面』です。
鬼の面は、恐ろしさや力強さを表す象徴として知られていますが、この面に刻まれているのは怒りだけではありません。どこか哀しみを含んだ目元や、口元に残るわずかな揺らぎからは、孤独や苦悩といった人間に近い感情までも感じ取ることができます。

能面は、正面から静かに見ているだけでは、表情が乏しく見えることがあります。しかし、舞台の上で役者が動き、首の角度がわずかに変わり、照明や自然光を受けることで、その印象は大きく変化します。
一歩踏み出した瞬間に優しさが立ち上がり、立ち止まったときには厳しさが浮かび上がる。その変化こそが、能面が持つ最大の魅力です。

番組では、この『鬼の面』を実際に掛けて舞う姿が紹介され、面が単なる美術品ではなく、舞と一体になって完成する存在であることが示されます。
能面は、顔を隠すための道具ではなく、役の心を映し出す器です。その奥深さを、観世清和さんの舞を通して体感できる構成になっています。

布で語る物語 能装束の美と職人技

能の舞台を彩るもう一つの主役が『能装束』です。
番組では、京都の工房で長い年月をかけて受け継がれてきた、装束づくりの技が紹介されます。能装束は、舞台を華やかに見せるための衣装ではなく、物語そのものを支える大切な要素です。

能装束に使われる色や文様、そして織りの質感には、それぞれ明確な意味があります。
落ち着いた色合いは役の身分や年齢を表し、細やかな文様は心の内や立場を映し出します。装束は言葉を発することなく、登場人物がどのような存在なのかを静かに伝えています。

金剛流二十六世宗家 金剛永謹さんは、装束が生み出す『詩情』について語ります。
装束の美しさは、止まった状態だけで完結するものではありません。役者が舞い、歩き、身を翻すことで、布が揺れ、重なり合い、はじめて本来の表情を見せます。

舞台の上で光を受けた装束は、わずかな動きによって色の深みを変え、織りの陰影を浮かび上がらせます。
その一瞬一瞬の変化が、悲しみや喜び、切なさといった感情を、言葉以上に強く観る人へ伝えます。

能装束は、役者の身体と一体となって完成する存在です。
番組では、京都の職人技と金剛流の視点を通して、布が語る世界の奥深さが丁寧に描かれていきます。

幽玄を形にする能舞台 国立能楽堂

能の世界を支える土台が『能舞台』です。
番組では、国立能楽堂の舞台を通して、『幽玄』の美を生み出す仕掛けに注目します。能舞台は、華やかな装置や大きな背景を使わず、極限までそぎ落とされた空間で成り立っています。

能舞台は一見すると非常にシンプルな造りですが、その簡潔さこそが、観る人の想像力を大きく広げます。
舞台と客席の距離が近く、余計な装飾がないため、視線は自然と役者の動きや姿勢、足運びに向かいます。わずかな所作や立ち止まる『』が、そのまま物語の深みとして伝わってきます。

舞台の横から奥へと伸びる『橋掛かり』と呼ばれる通路も、能舞台を象徴する重要な要素です。
橋掛かりは、単なる出入り口ではなく、登場人物がこの世から異なる世界へと歩み出す道として感じられます。ゆっくりと進む足取りや、立ち止まる時間そのものが、観る人に物語の始まりや終わりを意識させます。

また、舞台正面に据えられた空間の静けさが、言葉では語られない余白を生み出します。
音の少なさ、動きの少なさが重なることで、舞台には張りつめた空気が生まれ、そこに『幽玄』という感覚が立ち上がります。

番組では、国立能楽堂という現代の舞台空間を通して、能舞台がなぜ何百年も形を変えずに受け継がれてきたのか、その理由が静かに浮かび上がっていきます。

海と異界につながる厳島神社の能舞台

もう一つ紹介されるのが、国宝 厳島神社の『能舞台』です。
海に囲まれた特別な場所に建てられたこの舞台は、一般的な能舞台とは明らかに異なる空気をまとっています。陸の上に静かに構える舞台とは違い、厳島の能舞台は、自然そのものと向き合う場所にあります。

舞台の周囲には海が広がり、時間とともに変わる潮の満ち引きが、舞台の表情を刻々と変えていきます。
静かな水面のゆらぎ、遠くから伝わる波の気配、そして舞台を通り抜ける風の音。こうした自然の要素が重なり合うことで、舞台は現実の世界から少し離れた場所のように感じられます。

この能舞台では、背景として何かを描く必要がありません。
海と空、そして島の気配そのものが、舞台装置の役割を果たします。そのため、役者が一歩踏み出すだけで、舞台と自然が一体となり、物語の世界が静かに立ち上がります。

番組では、この場所だからこそ生まれる『幽玄』の感覚に注目します。
人の手で整えられた舞台と、予測できない自然の動きが交わることで、能が持つ精神性がより深く感じられるのです。そこでは、演じる側も観る側も、同じ空気の中で時間を共有することになります。

厳島神社の能舞台は、能が本来持っている「この世と異なる世界を行き来する感覚」を、最も自然なかたちで体現しています。
番組は、この特別な舞台空間を通して、能舞台が単なる建築ではなく、心の在り方まで支える存在であることを浮かび上がらせていきます。

まとめ 能が今も心に残り続ける理由

美の壺 選 600回記念!「能」』は、能面・能装束・能舞台という三つの視点から、という芸能の核心に迫る回です。人の手で磨かれ、時間を重ねて受け継がれてきた美が、今も静かに息づいていることが伝えられます。


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