俵万智「最後の講義」とは?短歌が教室に戻ってくる夜
最後の講義は、「もし今日が人生最後の日だったら、何を語り残すか」というテーマで、各分野の第一人者が若者たちの前で“魂の授業”を行うシリーズです。
その教壇に、この回では歌人の俵万智さんが立ちます。
日本中に短歌ブームを巻き起こした『サラダ記念日』から四十年近く。恋愛、仕事、子育て、親の介護…そんな「ふつうの暮らし」を三十一文字に閉じ込めてきた人が、若い聴講生たちと向き合い、「ことば」と「短歌」のおもしろさを語り尽くします。
番組では、代表作のエピソードだけでなく、どんな思いで短歌を書き続けてきたのか、そして今の若い世代に何を託したいのかが、語られていきます。
日本文学の金字塔『サラダ記念日』が生まれるまで
最初の話題はやはり、歌集サラダ記念日です。
一九八七年に河出書房新社(河出書房新社)から出たこの第一歌集は、二百八十万部を超えて売れたと言われる、日本文学史上まれな大ベストセラーになりました。
当時まだ二十代だった俵さんは、もともと高校の国語教師。授業のあいまに短歌を書き続け、その日常から生まれた一首一首が一冊の歌集になりました。
高校教師と歌人、二つの顔から生まれた視点
俵さんは、早稲田大学で短歌と出会い、卒業後は神奈川県の高校で国語を教えながら創作を続けていました。
教壇に立ちながら、生徒たちの言葉に耳を澄ませる日々。家庭では、家事をこなしながら自分の気持ちを紙に書き留める。
「生活の中でこそことばは生きる」という感覚が、この歌集の大きな骨になっています。
ここで少しだけ補足すると、短歌は千三百年以上前の『万葉集』の時代から続く、日本独自の定型詩です。五・七・五・七・七の三十一文字という“決まった長さ”があるからこそ、日常の一瞬をぎゅっと詰め込める器として、今も愛され続けています。
「この味がいいね」の一首が起こした短歌ブーム
『サラダ記念日』と聞いて多くの人が思い浮かべるのが、有名な一首です。
「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
会話の一言と、なんてことのない夕食の情景。
それなのに、読んだ人の心にすっと入り込んで、「自分にもこんな日があったな」と思い出させてくれます。
口語で書かれた“自分ごと”の短歌
それまでの短歌は、少し難しい言葉や文語表現が多いイメージがありました。
そこに俵さんは、日常会話に近い口語で、恋人とのごくふつうのやりとりをそのまま持ち込んだのです。
「教科書の中の短歌」から、「自分の毎日にある短歌」へ。
この感覚の変化が、一九八〇年代後半の短歌ブームを生み、のちの世代の歌人たちにも大きな影響を与えました。
恋愛・育児・介護…日常のささいな出来事が短歌になる理由
番組では、恋愛だけでなく、子育てや親の介護をテーマにした作品にも触れながら、「日常をどう短歌にするか」が語られます。
短歌の材料になるのは、大事件ではありません。
子どもの何気ないひと言、病室の窓から見えた空、キッチンに立ちながらふとこみ上げた感情。
三十一文字だからこそ言える気持ちがある
日記に書くには大げさだけれど、忘れてしまうには惜しい瞬間。
そうした心の揺れを、短歌の三十一文字はちょうどよく拾ってくれます。
エスエヌエスが広がった今、「長文を書くのはちょっとしんどいけれど、ひとことなら言いたい」という感覚を持つ人は多いですよね。
短歌は、まさにその延長線上にある“ちょっと長めのひとこと”のような詩だと言えます。
“ブラック万智”と呼ばれる「黒い歌」の正体
番組のキーワードとして登場するのが、“ブラック万智”という言葉です。
俵さんの短歌には、明るい恋の歌だけでなく、嫉妬や不安、疲れや怒りといった、どろっとした感情をそのまま詠み込んだ「黒い歌」も少なくありません。
マイナスの感情も、そのまま光に変える
誰にも言えない気持ちを、三十一文字に閉じ込める。
すると、不思議と自分を客観的に見られるようになり、少しだけ心が軽くなることがあります。
番組では、「黒い歌」だからこそ人を励ますことができる、という俵さんの考え方が紹介されます。
つらさや弱さを否定しないで、「そうだよね」と寄り添ってくれる短歌は、読む人にとっても大きな支えになるからです。
若い聴講生たちが挑む、たった三十一文字の「自分のことば」
教室には、俵さんの“最後の講義”を聞きに集まった若い聴講生たちが並びます。
番組の中盤では、彼らが実際に短歌を作ってみる「歌会」の場面が用意されています。
テーマは自分の毎日
自分の毎日の中から一場面を選び、三十一文字にしてみる。
部活での悔しさかもしれませんし、友だちとのささいなケンカかもしれません。
俵さんは、一首一首に目を通しながら、「ここがいいね」「この一語を変えるともっと伝わるよ」といった具合に、鋭く、しかし温かい講評をしていきます。
短歌を作ることは、自分の気持ちをていねいに言葉にしていく作業でもあります。
見ているこちらも、「自分ならどんな三十一文字を書くかな」と思わず考えてしまう時間です。
一千年以上続く短歌という器と、現代口語短歌の新しさ
ここで番組は、短歌そのものの歴史にも少し触れます。
短歌のルーツは、『万葉集』『古今和歌集』の時代までさかのぼります。千年以上前の人びとも、恋や別れ、旅の寂しさなどを、今と同じ五・七・五・七・七の形で歌ってきました。
古い伝統の中で、あえて「今のことば」で書く
そんな長い歴史のある器に、現代のありふれた会話やネットスラングに近いことばを流し込んだのが、俵さんたちの世代です。
「古くさい」と思われていた短歌を、「ふつうの人がふつうの生活を詠むための道具」に変えたこと。
そこに、短歌の新しい可能性があり、今の若い歌人たちにも受け継がれています。
エスエヌエス時代になぜ短歌がブームになっているのか
近年、「短歌ブーム」という言葉を耳にすることが増えました。
短歌を集めた本が多く出版され、投稿サイトやコンテストも盛んです。
背景には、エスエヌエスで“短い言葉で思いを共有する”文化が広がったことがあります。
「三十一文字」は今の時代と相性がいい
俵さんは、インタビューなどで「短歌はエスエヌエスと相性がいい」と語っています。
長い文章は読みづらいけれど、一首なら最後まで読める。
共感したら、そのまま画像にしてシェアすることもできる。
番組では、今の若い世代が短歌とどう出会っているのかにも触れながら、「ことばを通じて人とつながる」感覚の大切さを伝えています。
これから短歌を始めたい人へ、俵万智が伝えたいメッセージ
講義の終盤、俵さんは、自分でも短歌を書いてみたいと思った人に向けて、いくつかのヒントを語ります。
・難しい言葉を使おうとしないこと
・一度にたくさんのことを詰め込みすぎないこと
・リズムにのせて、声に出して読んでみること
「特別な人生」じゃなくていい
俵さん自身、「短歌の材料は、特別な人生ではなく、ふつうの毎日の中にある」と繰り返し語ってきました。
今日は少しうれしかった、今日はなんだかしんどかった。
その小さな揺れを、三十一文字にしてみる。
それだけで、自分の毎日を少し大事に思えるようになる。
番組全体を通して、そんなメッセージがじんわりと伝わってきます。
まとめ:あなたの毎日も「記念日」になるかもしれません
最後の講義で語られるのは、華やかな成功物語だけではありません。
迷ったり、落ち込んだり、誰かを好きになって悩んだり――そんな「ふつうの暮らし」の積み重ねです。
サラダ記念日の一首がそうだったように、何気ない一日にも、あとから振り返れば「記念日」と呼びたくなる瞬間がひそんでいます。
この番組を見たあと、自分の一日を三十一文字で振り返ってみたくなる人はきっと多いはずです。
「今日の自分の短歌は、どんな一首になるかな?」と考えるだけでも、少し世界の見え方が変わってきます。
短歌に興味がある人も、なんとなく名前だけ知っていた人も。
俵万智さんの「最後の講義」は、「ことば」と仲よくなりたいすべての人に向けた、やさしくて力強い授業になっています。
Eテレ【最後の講義 三國清三】ジャポニゼの原点と増毛町の記憶、フレンチ修行の挫折が語る“料理人生”とは|2025年12月10日
短歌の歴史の超要点(万葉集〜現代)

短歌の背景をもう少し紹介します。短歌は日本で千三百年以上受け継がれてきた表現で、もともとは五・七・五・七・七の形で気持ちを伝えるために作られました。最初に大きくまとめられたのが奈良時代の万葉集で、当時の人びとが自然や恋心をまっすぐに歌っています。この万葉集にはさまざまな身分の人の歌が入り、生活の空気まで感じられます。
時代ごとの変化
平安時代になると古今和歌集が作られ、宮中の文化の中でより美しく、整った表現が大切にされました。自然や季節を使った比喩が増え、和歌は教養の中心にありました。
近代への転換
明治になると正岡子規が「短歌をもっと現実に向けよう」と考え、より現代に近い短歌の姿が始まります。生活の中で感じたことを素直に書く流れが生まれ、多くの新しい歌人が登場しました。
現代につながる動き
そして一九八七年に俵万智さんのサラダ記念日が出版され、短歌が一気に身近な存在になります。家事や恋愛、大切な人との日々といった身の回りのことが短歌になることで、多くの人が「自分にも書けるかもしれない」と感じるきっかけになりました。
短歌は昔から形は同じでも、書く人の生活や時代で大きく変化してきました。今はエスエヌエスとの相性も良く、三十一文字が新しい表現の場として広がっています。
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