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【Eテレであさイチ】わたしの台所物語(9) 封じてきた記憶とエンゲル係数100%、シングルファーザーと50代介護福祉士の人生を映す台所|2026年2月26日

あさイチ
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『わたしの台所物語(9)』台所に詰まった人生の物語

わたしの台所物語は、朝の情報番組あさイチから生まれた人気シリーズです。家の中でもいちばん生活感が出る場所、台所。その小さなスペースに、その人の性格や癖、家族との歴史まで、いろいろなものがぎゅっと詰まっています。

今回の「(9)」では、2つの家庭の台所が登場します。ひとつは、24年前に妻をがんで亡くし、9歳の娘を男手ひとつで育ててきた60代の男性の台所。もうひとつは、「エンゲル係数100%」と言い切る京都の50代女性の台所です。

どちらの物語にも、派手なドラマチックさはありません。ですが、炊飯器の湯気や鍋のぐつぐつした音、まな板のトントンというリズムの奥から、その人だけの人生がふわっと立ち上がってきます。

台所は、ただ料理をする場所ではなく、「自分の毎日」と向き合う場所。今回の放送は、そのことがじんわり伝わってくる回になっています。

60代・高原純一さん「封じてきた記憶」前妻を亡くして始まった台所

最初の物語は、東京に暮らす60代の男性、高原純一さんの台所です。高原さんは大学でマーケティングを教える先生。キッチンはコンパクトにまとめられ、道具も動線も、無駄がないように配置されています。いちばん好きな料理は。料理そのものが大好きだと話します。

けれど、今は居心地がいいその台所は、もともと「つらい記憶」が詰まった場所でした。20年以上前、高原さんは前の妻をがんで亡くしました。それまでほとんど台所に立ったことがなかったのに、突然ひとりで9歳の娘のご飯を作ることになったのです。

当時は、長時間労働が当たり前だった時代。朝から晩まで働き、仕事が終わると急いで家に戻り、娘の夕食を作り、食べさせて、また取引先のもとへ向かう。電車に揺られている時間が、唯一「走らなくていい」休憩時間。そのくらい、毎日が必死でした。

専門的な言葉で説明すると、日本では一時期「過労死」という言葉が社会問題になるほど、働きすぎが普通になっていた時期があります。高原さんのように、家族を支えるために休む間もなく働いた人は少なくありません。その過酷さが、台所の記憶にも色濃く残っていたのだと感じさせられます。

長時間労働の時代に9歳の娘を育てたシングルファーザーの日々

シングルファーザーとしての生活は、いつも時間との戦いでした。仕事から帰ると、冷蔵庫の中身を見て、頭の中で素早くメニューを組み立てる。娘の食べやすさや栄養のバランスも考えながら、短時間で料理を仕上げていきます。

当時の日本では、ひとり親家庭の支援体制も今ほど整っていませんでした。家事代行や配食サービスも、今よりぐっと選択肢が少ない時代です。だからこそ、「誰かに頼る」ことが難しく、すべてを自分で抱え込んでしまう父親は多かったはずです。

高原さんも、娘のためにできる限りのことをしながらも、「普通の家庭なら子どもに用意できるものを、自分は十分に与えられていないのではないか」という罪悪感を、ずっと手放せずにいました。

それでも、週末だけは少し特別です。2人でスーパーに買い物へ行き、何を作るか相談しながら食材を選ぶ。その時間は、忙しい毎日の中で、親子がゆっくり呼吸できる貴重なひとときでした。

20年を経て変わった父と娘の距離と、鍋がつなぐ新しい家族時間

月日が流れ、娘は大人になりました。高原さんは再婚し、今は妻と3人で暮らしています。20年を過ごした台所には、新しい家族の風景ができています。

今の高原さんにとって、台所は「苦痛の場所」ではなくなりました。鍋に火をかけてぐつぐつと煮込んでいるあいだ、妻と一緒にグラスを持ち、ふっと力を抜いて乾杯する。それが何よりの楽しみであり、ご褒美の時間です。

一方で、彼の中にはずっと消えない思いがありました。「あの頃の娘に、もっと普通の暮らしをさせてあげたかった」という強い悔いです。しかし、あるとき娘がこう打ち明けてくれます。

「あの頃が、すごく楽しかった」

娘にとって、父と2人でスーパーに行き、台所で一緒にご飯を囲んだ日々は、大変さ以上に「楽しい思い出」になっていたのです。スーパーで選んだ食材、小林カツ代のレシピ本を見ながら作ったオムレツ。その一つひとつが、父と娘の宝物のような時間でした。

その一言をきっかけに、高原さんはずっと「封印」していたオムレツ作りを、20年ぶりに再開します。かつては悲しみと緊張でいっぱいだったフライパンの前が、今はあたたかい記憶とともにある場所へ変わっていきました。

台所の道具は変わっても、そこで焼かれるオムレツの香りは、親子の心をもう一度静かにつないでくれます。

京都・池澤由香里さん「エンゲル係数100%」小さな台所と2人暮らし

もうひとつの物語は、京都に暮らす50代の女性、池澤由香里さんの台所です。築62年の家で、結婚してから25年ずっと同じ台所を使い続けてきました。夫とは離婚し、就職して独立した長男は家を出て、今は次男との2人暮らしです。

池澤さんのモットーは、「お金に余裕はないけれど、食生活だけは豊かに」。その思いを込めて、自らの暮らしを**エンゲル係数100%**と表現します。

エンゲル係数とは、家計の中で食費が占める割合のこと。一般的には、この数値が高いほど「食費の負担が大きい」と言われますが、池澤さんの場合は、そこにマイナスのニュアンスはありません。「ほかを削っても、食べることにはお金を使いたい」という前向きな宣言でもあるのです。

彼女の台所は広くはありませんが、こだわりの調理家電や、選び抜いた食材が揃い、小さなスペースに“生活の質”がぎゅっと凝縮されています。

介護福祉士として働きながら、食だけはゆずらない生活の工夫

池澤さんは介護福祉士として働いています。介護の現場は、体力も気力も使う仕事です。利用者さんの生活に寄り添いながら、自分の家に帰れば、今度は母としての役割が待っています。

次男とは、生活リズムがなかなか合いません。仕事のシフトの都合で、一緒に食卓に座れない日も多い。それでも「同じものを食べさせてあげたい」という思いから、作り置きのおかずを丁寧に準備します。

冷蔵庫の中には、カレーや煮物、和え物など、タッパーに分けられたおかずが並びます。次男は自分のタイミングで温めて食べる。それでも、同じ台所で作られたご飯を食べるという事実が、親子をつないでいます。

池澤さん自身は、家族のために働き、すき間時間に料理を作り、夜遅くに残りご飯をひとりで食べる生活を、10年以上続けてきました。決して楽ではありませんが、その姿勢には「自分の人生をあきらめない」という強さがにじんでいます。

不登校だった2人の子どもを支えた「しんどくても食べていれば明日が来る」

池澤さんの2人の子どもは、どちらも不登校の時期を経験しました。学校に行く・行かないという選択は、親にとっても子どもにとっても、心に重くのしかかるテーマです。

そんななかでも、池澤さんが決して手放さなかったのが「ちゃんと食べること」。

しんどい朝でも、お弁当を作る。食欲がないと言う子どもに、消化の良いスープや、好きなおかずを工夫して用意する。食卓に座れない日でも、「台所から漂う香り」が家の中に満ちているようにしておく。

池澤さんには、「しんどくても、食べてさえいれば明日は来る」という信念があります。これは医学的にも、栄養が心身の回復に大きく関わることが知られているのと響き合う考え方です。体にエネルギーが入れば、心が少しだけ前を向く力が生まれます。

だからこそ、彼女は何年も、毎日欠かさず台所に立ち続けてきました。その姿は、派手なヒーローではありませんが、静かに家族を支え続ける「生活のヒロイン」のようです。

お寺の手づくり市と琵琶湖の佃煮、京都・鴨川が見守る日常

池澤さんの休日は、ほとんどが「食材の買い物」で終わります。京都の街には、昔ながらの商店街や市場が残っていて、地元の野菜や加工品が豊富に並びます。

とくに楽しみにしているのが、お寺で開かれる手づくり市。そこで、毎回同じ人からハンドメイドケーキと琵琶湖産の佃煮を買うのが習慣になっています。顔なじみの出店者とのやりとりは、単なる買い物を超えた「小さな交流の時間」です。

京都の家のそばを流れる鴨川は、市民の散歩コースとしても知られる川です。晴れた日には、川辺を歩きながら、その日の献立を考えることもあるかもしれません。都市の真ん中にありながら、四季の移ろいを感じられる場所がそばにあることも、池澤さんの「食への感性」を育てているように見えます。

そして、番組内で紹介される地元野菜の店として、京都生協下鴨店が名前を挙げられています。地域の生協は、全国各地で「暮らしを支えるインフラ」のような存在。ここで買った野菜が、池澤さんの台所でまた別の物語を生み出していきます。

台所は人生の記憶装置 その場に立ち続けるということ

今回のわたしの台所物語(9)に登場する2人は、まったく違う人生を歩んできました。前妻を亡くし、長時間労働のなかで娘を育てた父親。離婚や不登校、経済的な不安を抱えながらも、「食べること」にすべてをかけてきた母親。

共通しているのは、「台所から逃げなかった」ということです。つらい日も、悲しい日も、忙しすぎる日も、火をつけて、鍋をかきまぜて、ご飯を用意する。その繰り返しが、家族の命をつなぎ、今日と明日をつなぎ、自分自身の心も、ぎりぎりのところで守ってきました。

台所には、失敗した料理の記憶も、笑いながら食べた日の記憶も、涙をこらえながら包丁を握った日の記憶も、すべて残っています。まるで小さな「人生の記憶装置」のようです。

この回を見終わったあと、きっと多くの視聴者が、自分の家の台所を少し違う目で見るはずです。

いつもの流し台や、ちょっと欠けたお皿、焦げた鍋。そこに染み込んだ時間こそが、その家の歴史であり、そこで生きてきた人たちの物語なのだと、教えてくれる放送回になっています。

NHK 【あさイチ】わたしの台所物語▽五味太郎さんスペシャルインタビュー|あさイチの台所物語体験談と五味太郎の魅力、川湯温泉の蒸気浴ウォークと鶏すき煮、『ひよこは にげます』感想まで|2026年1月21日


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