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NHK【時空鉄道 〜あの頃に途中下車〜】小田急線(小田原 始発編)観光おすすめルートで出会うロマンスカーの歴史とG999系、鶴巻温泉・元湯陣屋の物語|2026年1月31日

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小田急線で“あの頃”へ旅に出る準備をしよう

このページでは時空鉄道 〜あの頃に途中下車〜 小田急線(小田原 始発編)(2026年1月31日)』の内容を分かりやすくまとめています。

小田原を出発した瞬間から、車窓には現在と過去がゆっくり重なり始めます。沿線に深い縁を持つ春風亭昇太ニッチェ、そして案内役の八嶋智人が、思い出の風景や名物グルメを鮮やかによみがえらせていきます。

温泉、青春、ロマンスカーの物語が一本のレールでつながる、心がほどける“時空旅行”のスタートです。

小田原駅と小田原城 城下町を救った小田急線

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小田急線の旅は、観光都市小田原駅から始まります。年間約800万人が訪れるこの駅は、小田原城や海の玄関口として、今や首都圏有数の観光拠点です。番組では、かつてここが“鉄道から見放された街”だった過去が、断定的に語られていました。

明治期、東海道本線が計画されたとき、蒸気機関車では箱根の峠越えが難しいと判断され、ルートは内陸側を通ることに。宿場町として栄えた小田原は線路から外され、一気に衰退していきます。

この流れを変えたのが、1927年に開業した私鉄小田急線です。新宿〜小田原を結ぶこの路線は、その後江ノ島線・多摩線も加えた3路線・全70駅・総延長120.5kmのネットワークへと成長し、いまは1日およそ190万人が利用する首都圏有数の大動脈になりました。

さらに番組で触れられた小田原城の象のエピソードも、この街の“時空”を象徴しています。戦後まもない1950年、小田原城址公園の動物園にタイからやって来たメスのアジアゾウ「ウメ子」は、約60年にわたって市民に親しまれ、日本最高齢クラスのゾウとして見送られました。

城下町の歴史、鉄道から外された悔しさ、そして小田急線開業による復活。小田原は“鉄道が街の運命を変えた場所”として、番組の冒頭から強く印象づけられていました。

鶴巻温泉「元湯 陣屋」 宮崎駿と将棋タイトル戦の舞台

新宿から約1時間、鶴巻温泉駅に降り立つと、そこは日帰りでも楽しめる静かな温泉郷。番組で3人が向かったのは、大正時代から続く老舗旅館元湯 陣屋です。

この宿は、かつて三井財閥の別荘だった建物を受け継ぎ、約1万坪の庭園を持つ贅沢な空間として知られています。深い緑と池を配した庭に、数寄屋造りの建物が点在する光景は、まさに“時空のゆがみ”に途中下車したような非日常。

番組でも触れられていたように、この旅館の女将は宮崎駿監督の親戚筋。庭の奥には、ジブリ作品のモチーフになったと言われる“大きなクスノキ”がそびえています。子ども時代の宮崎監督がこの庭で遊んだ記憶が、『となりのトトロ』に重なっていると語られており、鶴巻温泉はアニメファンにとっても“聖地”と言える場所です。

さらに、将棋タイトル戦の舞台としても有名です。館内の「松風の間」では、竜王戦をはじめとするタイトル戦がこれまでに300局以上行われてきました。大山康晴、羽生善治、藤井聡太といった名棋士たちが、ここで運命の一手を指してきたのです。

番組では、鶴巻温泉
・都心から1時間のアクセス
・宮崎駿の記憶が染み込んだ庭園
・将棋ファン憧れの対局場
という“3つの顔”を持つ場所として描かれていました。温泉街の小さな駅に降りるだけで、日本のポップカルチャーと知の歴史に同時に触れられる、そのギャップこそがこの駅のドラマです。

ロマンスカー誕生 新幹線を変えた特急列車の革命

伊勢原駅周辺の平野に差しかかると、番組は視点を“線路そのもの”へと移していきます。ここで語られた主役が、小田急ロマンスカー。新宿と小田原・箱根を結ぶ特急列車は、単なる観光電車ではなく、日本の高速鉄道史を動かした存在として紹介されました。

1957年に登場したロマンスカーSE(3000形)は、「新宿〜小田原60分」を目標に設計された高性能特急。空気抵抗を減らす流線型のボディ、2両で一つの台車を共有する連接台車方式など、当時の最新技術が惜しみなく投入されました。

このSEは試運転で145km/hを記録し、当時の世界記録を達成。のちに誕生する東海道新幹線0系の開発にも大きな影響を与えたと評価され、現在は「機械遺産」として認定されています。

番組では、歴代のロマンスカーNSE(3100形)、LSE、そして展望席付きの最新型GSE(70000形)にも触れながら、
・先頭からのパノラマビュー
・揺れを抑える連接構造
・観光と通勤の両方を支えるダイヤ
といった“技術とロマンの両立”が強調されていました。

小田急線は単に人を運ぶだけでなく、「旅の時間そのものを楽しむ」という価値観を首都圏に根づかせました。箱根に向かうロマンスカーは、新幹線時代の扉を開けた“走るタイムマシン”として、時空鉄道のテーマにぴったりの存在です。

本厚木・海老名 いきものがかり青春の小田急ライン

中盤、列車は本厚木駅に到着します。ここは一日約12万人が利用する、小田急線きってのターミナル。周辺は平野が広がり、高速道路東名高速・厚木ICとも結ばれたことで、戦後急速に発展してきた街です。

この駅を語るうえで欠かせないのが、地元出身のバンドいきものがかり。ボーカルの吉岡聖恵、ギターの水野良樹、山下穂尊の3人は、本厚木海老名の街角で路上ライブを繰り返し、音楽性を磨いていきました。

番組でも、本厚木の路地やライブハウスを背景に、
「3人が路上で歌っていた風景」
「通行人が足を止め、少しずつファンが増えていった空気」
が追体験されていました。

さらに列車は、もう一つの原点海老名駅へ。ここは海老名サービスエリアとも結びつき、ショッピングモールや映画館が集まる一大商業都市。駅メロにはいきものがかり『SAKURA』が採用され、まさに“音楽と鉄道”が重なり合う象徴的な場所になっています。

その後、相模大野駅で江ノ島線が分岐し、町田駅では“西の渋谷”と呼ばれる繁華街が車窓を彩ります。柿生駅近くでは、地元で愛される油そば店が登場し、B級グルメとローカル線の組み合わせがリアルに描かれていました。

いきものがかりの楽曲が、本厚木海老名の空気と分かちがたく結びついているように、音楽と街の記憶が小田急線という一本のレールで強く結びついている――このブロックは、そんなメッセージを強く感じさせる構成でした。

新百合ヶ丘と日本映画大学 映画とお笑いを生む街

物語はやがて、多摩丘陵の玄関口新百合ヶ丘駅へ。ここは“便利さと自然のバランスがとれた高級住宅地”として人気が高く、コンサートホールやシネコンも集まる文化エリアです。

この街を語る鍵となるのが、日本映画大学。その源流は1975年、映画監督・今村昌平が横浜に開校した「横浜放送映画専門学院」にさかのぼります。1986年には川崎市麻生区の新百合ヶ丘駅前に移転し、「日本映画学校」として本格的な映画教育をスタート。その後、大学化されて現在の日本映画大学に至りました。

番組では、「映画のプロを育てる学校なのに、なぜか芸人もたくさん生まれる」というユニークな側面がクローズアップ。ウッチャンナンチャンバカリズムアルコ&ピースなど、テレビでおなじみの芸人たちがここで学び、映像表現と笑いを掛け合わせてきた歴史が紹介されました。

新百合ヶ丘は、
・映画監督やカメラマンを志す学生
・将来お笑いの世界に飛び込む若者
・静かな住宅街に暮らす家族
が同じ駅を使う、不思議な“文化の交差点”です。

小田急線の車窓から見えるのは、単なるベッドタウンではありません。ここで育った感性が、日本の映画やバラエティ番組として全国に届けられているのだと、番組は断言していました。

読売ランド前〜登戸〜成城学園前 遊園地と名作が並ぶ終着までの旅

旅の終盤、列車は読売ランド前駅へ。ここから歩いていけるよみうりランドは、1964年開園の大型遊園地です。かつては人工芝を敷きつめた読売スキーセンターやジャンプ台、水中劇場、巨大プールなど、昭和〜平成のレジャーを象徴する施設が次々と生まれました。

番組では、遊園地と住宅地が近接する“遊びと暮らしの境界のなさ”が、タイムスリップ映像とともに描かれていました。

そこから再び新百合ヶ丘方面を振り返りつつ、列車は登戸駅へ。ここは藤子・F・不二雄ミュージアムの玄関口。駅からはミュージアム直行のシャトルバスが約10〜15分おきに運行し、『ドラえもん』のキャラクターたちがラッピングされたバスが街を走ります。

ミュージアムのある川崎市多摩区長尾は、藤子・F・不二雄が暮らし、数々の名作を生み出した土地。小田急線に乗ってここを訪れること自体が、“ドラえもんの世界への途中下車”そのものです。

さらに列車は、多摩川に沿って狛江駅和泉多摩川駅を抜け、都会的な景色が濃くなっていくなかで、最終目的地成城学園前駅へと到着します。

成城学園前駅は、古くから映画人・文化人が多く暮らす高級住宅街の玄関口。新宿行きや東京メトロ千代田線直通の始発列車も発着し、「静かな街から、一気に都心へワープできる駅」として描かれていました。

ラストシーンで、小田急線について
春風亭昇太は「自分の半生そのもの」
近藤くみこは「将来を決めてくれた電車」
江上敬子は「コンビ名“ニッチェ”のルーツをくれた路線」
と語ります。

小田原から成城学園前まで――城下町、温泉、特急列車、音楽、映画、遊園地、そして国民的キャラクター。一本のレールに、日本の昭和・平成・令和の記憶がぎっしりと詰まっていることを、番組は“時空鉄道”というコンセプトを通して力強く見せていました。

NHK【時空鉄道〜あの頃に途中下車〜】小田急線の変遷と行楽列車の記憶をたどる“下北沢再開発”と特撮ロケ地の意外なつながり|2026年1月31日


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