失われても、消えない 未来に残したい風景が語りかけるもの
このページでは『世界ふれあい街歩き スペシャル 未来に残したい風景(2026年1月4日放送)』の内容を分かりやすくまとめています。この回で描かれたのは、戦争と大規模火災という大きな出来事によって姿を変えた街を、もう一度歩く時間でした。キーウ(ウクライナ)とラハイナ(アメリカ)。どちらも過去の放送では穏やかな日常が映っていた場所です。番組は「失われたもの」だけでなく、「それでも続いている暮らし」や「人の心のよりどころ」に目を向け、未来に何を残したいのかを静かに問いかけていました。
スペシャルのテーマ「未来に残したい風景」とは何か
今回のスペシャルは、かつて番組で歩いた街をあらためて訪れ、時間の経過によって変わった姿を見つめ直す構成でした。未来に残したい風景とは、きれいな景色や有名な建物だけを指しているわけではありません。番組が伝えていたのは、その場所で暮らしてきた人たちの記憶や、積み重なってきた日常そのものです。
街の通り、広場、祈りの場、仕事場。そこに立つ人の表情や足取りまで含めて「風景」だと、番組は静かに示していました。大きな出来事によって街が変わってしまっても、すぐに答えを出すのではなく、今の姿をそのまま受け止めること。その時間こそが、未来につながる一歩だと感じさせる内容でした。
映像は感情を強くあおることなく、歩く速度やカメラの目線を保ち続けます。だからこそ、見る側は「もし自分がこの街を歩いたらどう感じるだろう」と自然に考えることになります。この問いかけこそが、このスペシャルの中心にあるテーマでした。
戦争前のキーウ 広場と祈りの場に残る心の風景
キーウは長い歴史の中で、政治や社会の大きな変化を何度も経験してきた街です。1991年に旧ソビエトから独立して以降、街の中心にある独立広場は、市民の思いが集まる場所として存在してきました。
番組では、戦争が始まる前のキーウの姿が振り返られます。広場には人が行き交い、街には日常の音がありました。2014年には、親ロシア派政権に抗議する市民がこの広場を占拠し、治安部隊と衝突した出来事も起きています。こうした過去の出来事が、街の記憶として今も残っています。
また、12世紀初頭に創建された修道院を訪れる場面もありました。長い歴史を持つこの修道院は、観光のための場所ではなく、街の人が心を落ち着かせる祈りの場です。時代が変わっても、修道院は変わらずそこにあり、人々の思いを受け止めてきました。戦争前のキーウでは、こうした場所が日常の一部として自然に存在していたことが、映像から伝わってきました。
侵攻が続く現在のキーウ 写真が増える壁と、残された家族の時間
2022年2月に始まったロシアによるウクライナへの軍事侵攻によって、キーウの風景は大きく変わりました。相次ぐミサイル攻撃で、多くの住宅や民間施設が破壊され、攻撃は今も断続的に続いています。
独立広場には、ロシア軍と戦い命を落とした兵士たちの写真が並べられていました。以前よりも写真の数は増え、戦闘が一部の地域だけでなく、国全体に広がっている現実を物語っていました。写真一枚一枚が、誰かの人生であり、家族の時間であることを、静かに伝えています。
番組では、息子を亡くした女性とも出会います。大きな言葉で悲しみを語る場面はなく、その場に立つ姿そのものが、失われた時間の重さを感じさせました。
再び訪れた修道院では、募金活動が行われ、修道士のミハイルさんと再会します。この修道院では、ほぼ毎日のように兵士の葬儀が行われているといいます。ミハイルさんは、その現実がとても辛いと話しながらも、教会も人々も和解の道を探していかなければならないと語っていました。修道院は今も、悲しみを抱えた人たちの心の支えとして、街の中にあり続けています。
火災前のラハイナ 海の町の歴史と日本人の足あと
ハワイ、マウイ島のラハイナは、青い海とともに生きてきた町です。サーファーに憧れの地として知られ、かつてはハワイ王国の都として栄えた歴史もあります。海沿いのメイン通りには、昔ながらの建物が並び、どこか懐かしさを感じさせる景色が広がっていました。
番組では、火災前のラハイナの様子が紹介されます。サーフボードを作り続けてきた職人の男性は、機械に頼らず、昔ながらの方法で自分の手だけを使って板を仕上げてきました。年齢を重ねても仕事を続ける姿は、町の文化そのものでした。
また、ラハイナには多くの日本人が暮らしてきた歴史があります。訪れたお寺では、ラハイナで人生を終えた日本人が多くいたことが語られました。この寺は、移民として暮らしてきた人たちにとって、心のよりどころとなる場所でした。火災前のラハイナには、こうした人の営みが自然に溶け込んでいました。
火災後のラハイナ 失われた建物、続く営み、象徴がつなぐ希望
2023年8月に発生した大規模な山火事によって、ラハイナの街は大きな被害を受けました。市街地まで火が広がり、100人あまりが亡くなりました。番組で再び訪れたラハイナでは、多くの建物が失われ、かつての風景は大きく変わっていました。
サーフボード職人の工房は跡形もなくなり、若い頃の貴重な資料も焼けていました。それでも職人のマークさんは、仲間の場所を借りてサーフボード作りを続けています。家と工房を失っても、仕事をやめることはありませんでした。その姿は、暮らしをつなごうとする強い意志を感じさせます。
ラハイナ浄土院も火災で何も残らず、鐘つき堂は土台だけになっていました。その場所では法要が行われ、境内の敷地でランチ会が開かれていました。食事を共にする時間が、人と人を再び結びつける場になっていました。
さらに、ラハイナの象徴として知られるバニヤンの木も紹介されます。大きな被害を受けながらも、手当てを受けて立ち続けるその姿は、「命がある限り、生きている限り、明日を仰ぎ見ることができる」という思いを象徴していました。失われたものの中で、続いていく営みと希望が、静かに描かれていました。
まとめ
キーウとラハイナ。番組が歩いた二つの街は、どちらも大きな傷を抱えています。それでも、人は祈り、働き、集まり、日常をつなぎ続けていました。『未来に残したい風景』とは、元に戻った街並みではなく、困難の中でも続いていく人の営みそのものなのかもしれません。この回は、失われたものの大きさと同時に、消えずに残るものの確かさを、静かに伝えていました。
【映像の世紀】独ソ戦で壊された街・ウクライナの真実とは|ヨーロッパ2077日の地獄 第2部|2025年7月28日放送
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