浦和の魅力を街ブラで発見
埼玉県の人気エリア 浦和 を舞台に、街の魅力を歩いて探る番組「首都圏いちオシ! LIFE!が街ブラ?ゲスとあんたのいいタウンだな〜 浦和へ!」。
歴史ある名物グルメや、個性あふれるアート、そしてスポーツ文化まで、街のさまざまな顔が紹介されました。
このページでは「首都圏いちオシ!(LIFE!が街ブラ?ゲスとあんたのいいタウンだな〜 浦和へ!)(2026年3月8日)」の内容を分かりやすくまとめています。
うなぎの街として知られる浦和の名物や、子どもたちに人気のマンガ教室、不思議な彫刻美術館、さらに浦和レッズジュニアまで、街を歩いて見えてきた魅力を順番に紹介していきます。
うなぎの街から始まる
番組の最初に映し出されたのは、うなぎの街・浦和を象徴する風景でした。浦和は江戸時代、中山道の宿場町としてにぎわい、周辺の川や沼でとれたうなぎを旅人にふるまったことが、名物として広まったきっかけとされています。今も「浦和のうなぎ」は地域を代表する食文化として知られています。
番組で取り上げられた「浦和うなこちゃん」は、そのうなぎ文化を広く伝えるために生まれたキャラクターです。さいたま市の案内でも、やなせたかしさんがデザインした浦和のうなぎPRキャラクターとして紹介されていて、2008年には浦和駅西口に石像も設置されました。街の名物が、食べ物だけでなく親しみやすい存在として根づいているところに、浦和らしいやさしさがあります。
老舗うなぎ店の味
2人が訪ねたのは、創業89年と紹介された老舗うなぎ店です。番組内の説明では2代目の大森好治さんが登場し、浦和うなこちゃん誕生の背景も語られました。実在する老舗として知られる 山崎屋 は、埼玉県さいたま市浦和区仲町1-10-8にあり、JR浦和駅西口から徒歩約5分の場所にあります。店の公式サイトでも、浦和の中心部で長く営業していることが確認できます。
番組では、蒲焼が関東風で、蒸してから焼くのが特徴だと伝えられました。関東風のうなぎは、一度蒸すことで身がやわらかくなり、たれをまとった表面の香ばしさと、中のふんわり感が両立しやすいのが大きな魅力です。浦和でうなぎ文化が続いてきた背景には、歴史だけでなく、こうした調理技術の積み重ねもあります。老舗の味は、街の記憶そのものだと感じさせる場面でした。
うなこちゃん誕生の秘密
番組では、うなこちゃんの誕生に音楽が関わっていたことも印象的に紹介されました。大森さんによると、昔は食べ物の歌が流行った時期があり、うなぎにもそうした親しみやすい歌があればと考え、やなせたかしさんに曲づくりを頼んだところ、キャラクターも一緒に描いてもらったという流れでした。
この話は、浦和のうなぎ文化が、ただ名物を売るだけではなく、街の中で楽しく受け継がれる工夫をしてきたことをよく表しています。やなせたかしさんは『アンパンマン』で広く知られる存在ですが、地域キャラクターの仕事も多く手がけました。浦和うなこちゃんが長く愛されているのは、見た目のかわいさだけでなく、街の人たちの思いが込められているからです。
子どもに人気のマンガ教室
続いて番組が向かったのは、2024年にオープンしたマンガ教室でした。講師の石川さんは漫画家のアシスタント経験があり、その技術を子どもたちに伝えていると紹介されました。教室では、子どもが自分の描きたいものに向き合い、困ったときにだけ助言をもらえる形が大切にされていました。
ここで心に残るのは、教える側の石川さん自身も、漫画家として再チャレンジを続けていることです。教室は子どもの学びの場であると同時に、大人がもう一度夢に向かう場にもなっていました。浦和には文教地区としての顔がありますが、こうした「学びを楽しむ空気」が街の中にあることも、その魅力の1つだと感じます。
4コマ漫画に挑戦
番組では、塚地武雅さんと田中直樹さんも「うなぎ」をお題に4コマ漫画に挑戦しました。塚地さんは、うなぎをつかまえようとしたら竜に変わっていたという、勢いのある発想の作品を描きました。石川さんは、竜の迫力があり、最後の決めとしても強いと評価していました。
一方の田中さんは、西条がうなぎのようにぬめるという、少しひねりのある4コマを描きました。石川さんはその発想を好み、田中さんの作品の方が好みだったと話していました。番組のこの場面は、上手に描くことよりも、自由に考えて形にする楽しさが伝わる時間でした。子どもたちが集まる教室の空気も、きっとこうした「まず描いてみる」おもしろさに支えられているのだと思います。
箇条書きで見ると、この教室の魅力は次の通りです。
・子どもが描きたいものを中心に進める
・困ったときに講師が助言する
・4コマのような短い作品でも表現を学べる
・講師自身も挑戦を続けている
学びの場というと、正解を教わる場所を思い浮かべがちです。けれどマンガ教室では、自分の考えを形にする力そのものが育っていました。これは絵の技術だけでなく、人前で考えを伝える力にもつながる大切な経験です。
住宅街の不思議な美術館
そのあと2人が訪ねたのは、住宅街にある私設美術館でした。迎えてくれたのは彫刻家のしまずよしのりさんと妻のリコさんです。番組では、1本の木から削り出した作品や、森の命の誕生を思わせる彫刻が紹介され、家の中に入った瞬間に別世界が広がるような雰囲気が伝わってきました。
この場所は モッキンカン 木の森美術館 として実在し、さいたま市南区大谷口593にあります。公式案内では、JR浦和駅パルコ前からバスで太田窪3丁目下車徒歩約2分とされています。住宅街の中にありながら、木の作品が空間いっぱいに広がる個性的な美術館として知られています。
しまずよしのりさん夫妻の歩み
番組によると、しまずよしのりさんは16歳から彫刻を始め、独学で技術を磨いてきました。これまでに500点以上を制作し、2012年にこの美術館を開館したと紹介されました。埼玉県のアート資源調査でも、美術学校で学ばず個性を大切にしながら、木彫だけでなく絵画や書など幅広い表現を続けてきた作家として紹介されています。
番組の中で語られた、名誉や財産よりも自由に生きたかったという言葉は、とても強く残ります。作品に「思い入れのある1点はない」と話していたのも、1つに絞れないほど、どの作品にも生き方そのものが刻まれているからかもしれません。高校時代から才能を見てきたリコさんの存在も大きく、2人で作り上げた場所だからこそ、この美術館には展示施設以上のぬくもりがあります。
木の作品が見せる命の形
2階に展示されていたイボタガの幼虫の作品は、制作に1年かかったと紹介されました。番組を見ていると、虫や森の生き物がただ大きく作られているのではなく、命の重さや不思議さまで木に刻もうとしていることが伝わってきました。
木彫は、石や金属と違って素材そのものに年輪や割れ目があり、その個性を生かしながら形を生み出す表現です。だからこそ、しまずさんの「木の森」という世界観ととても相性がいいのでしょう。実際にモッキンカンは、巨大昆虫シリーズをはじめ、自然をモチーフにした作品群で知られています。見る人がほっとするというリコさんの言葉も、番組で映った作品の表情を見るとよく分かります。
浦和レッズの未来へ
番組の後半では、浦和レッズのジュニアチームが登場しました。浦和はサッカーの街としても有名で、トップチームだけでなく育成組織も厚く、多くの子どもたちが高いレベルでプレーしています。浦和レッズの育成公式サイトでも、ジュニアチームが正式に案内されています。
塚地さんと田中さんは、ダイレクトシュートにも挑戦しました。番組の空気は明るくにぎやかでしたが、その中で見えてきたのは、子どもたちの受け答えの落ち着きと、自分のプレーを言葉で説明する力です。スポーツの現場で育つのは技術だけではなく、考えて伝える力でもあると感じさせる場面でした。
ジュニア選手たちの言葉
豊田昊選手は、得意なプレーについて、ドリブルで相手を抜くことだと語りました。相手の重心を見てずらしてから抜くことを意識しているという言葉からは、感覚だけでなく、しっかり相手を見て判断していることが伝わります。
高田悠斗選手は、浦和の好きなところとして、ファンが多くて盛り上がるし楽しいと答えていました。黒木唯斗選手は、サッカー以外の趣味を「ブランコ」と答え、乗っていると空を飛んでいるみたいだと話しました。この一言がとても印象的で、競技に真剣な子どもたちが、ちゃんと子どもらしい感性も持っていることがよく伝わりました。浦和レッズ育成の公式サイトには、黒木唯斗選手と髙田悠斗選手の名前も掲載されています。
浦和が愛される理由
今回の放送を通して見えてきたのは、浦和が1つの名物だけで語れない街だということです。うなぎの歴史があり、学びの場があり、個人の表現が息づく美術館があり、子どもたちが本気でスポーツに打ち込む環境もあります。それぞれが別々に見えて、実は全部「人が育つ街」という1つの魅力につながっていました。
番組の流れに沿って振り返ると、浦和はにぎやかな都会でも、静かな住宅街でも、その場所ごとに違う顔を見せてくれます。それでも共通しているのは、人が大切にしてきたものが今もちゃんと残っていることです。うなぎも、マンガ教室も、美術館も、浦和レッズも、全部が「この街の今」を作っていました。放送後にあらためて内容を整理してみると、浦和は見るたびに新しい入り口が見つかる、とても奥行きのある街だと分かります。
NHK【首都圏いちオシ!】横浜の“料理発祥ホテル”は何がすごい?ゲスとあんた街ブラで見えた洋食文化の原点|2025年12月7日
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