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NHK【ドキュメント20min.】写真家 浅田政志 “家族の15年”を撮る 東日本大震災から15年 岩手県野田村で続く家族写真の物語とは|2026年3月8日★

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震災15年を写す1枚の家族写真

東日本大震災のあと、被災地に通い続けてきた写真家がいます。浅田政志です。
家族の姿を少しだけ演出して撮る「家族写真」で知られる彼が、岩手県野田村で新たな撮影に挑みます。

テーマは、震災から続く「家族の15年」。
それぞれの家族が歩んできた時間を、1枚の写真で表現しようとする試みです。

このページでは「ドキュメント20min.写真家 浅田政志 “家族の15年”を撮る(2026年3月8日放送)」の内容を分かりやすくまとめています。

浅田政志とはどんな写真家なのか

この回をしっかり理解するうえで、まず押さえておきたいのが 浅田政志 という写真家の歩みです。浅田政志は 1979年に三重県で生まれ、日本写真映像専門学校研究科を卒業したあと、スタジオアシスタントを経て独立しました。代表作として広く知られているのが、家族が消防士やカーレーサーなどに扮して写る写真集『浅田家』です。こうした、ただ並んで写るだけではない「演出する家族写真」で注目され、2009年には写真集『浅田家』で第34回 木村伊兵衛写真賞 を受賞しました。さらに 2020年には、『浅田家』と『アルバムのチカラ』を原案にした映画『浅田家!』が公開され、浅田本人を 二宮和也 が演じたことでも話題になりました。

浅田の写真の魅力は、上手に整っていることだけではありません。写真の前にいる人たちが、どんな仕事にあこがれ、どんな日々を送り、どんな関係を重ねてきたのかを、1枚の画面の中にやさしく置いていくところにあります。家族写真は、昔から人生の節目を残す大切な文化でしたが、浅田はそこに遊び心と物語性を持ち込みました。そのため彼の作品は、記念写真でありながら、見る人に「この家族にはどんな時間があったのだろう」と想像させます。今回の番組でも、その力が土台になります。被写体になるのは、ただ写真を撮られる家族ではなく、震災をくぐり抜けてきた家族です。だからこそ今回の 家族写真 は、楽しさだけでも、悲しさだけでも終わらない、時間そのものに触れていく挑戦として映ります。

東日本大震災のあと野田村で見つけた「写真にできること」

番組の大きな柱になっているのが、東日本大震災 の直後から浅田が 岩手県野田村 に通い続けてきた事実です。ステラnetの記事によると、浅田は震災の発生直後、「写真家としてできることをしたい」と思って野田村に入りました。しかし、現地で深刻な被害を目の当たりにし、「写真にできることはない」と心が折れたといいます。そのあとに出会ったのが、津波で流された写真を洗浄し、持ち主へ返すボランティアでした。そこで浅田は、写真にはまだできることがたくさんあると教えられたと紹介されています。

写真洗浄の活動は、見た目以上に大切な意味を持っています。泥や海水をかぶった写真は、そのままにすると傷みが進みやすく、時間との勝負になることがあります。だから洗って乾かし、1枚ずつ確かめて返していく作業は、単なる片づけではなく、思い出の救出でもあります。赤々舎の『アルバムのチカラ 増補版』でも、この本が東日本大震災で流された写真やアルバムを洗浄し、持ち主に返却する人々の活動を取材したものだと説明されています。浅田は震災から約1カ月後に被災地へ向かい、その現場を見つめてきました。今回の番組タイトルにある「家族の15年」は、その延長線上にあります。写真を返すところから始まった関わりが、15年という時間を写すところまで続いている。その流れ自体が、この番組のいちばん深いところだといえます。

岩手県野田村の家族が歩んだ15年の重み

今回の舞台である 野田村 は、岩手県北東部で太平洋に面する村です。東日本大震災では震度5弱を記録し、最大約18mの津波が襲来しました。野田村震災伝承アーカイブによると、村内では約3分の1にあたる 515棟の住家が被害を受け、37人が犠牲になりました。野田村観光協会の震災ガイドでも、漁業や商工業などに大きな被害が出たこと、そして今も復旧と復興の歩みを伝える活動が続いていることが紹介されています。こうした土地で「15年」を撮るというのは、年数を数字で並べることではなく、失ったものと残ったものの両方に向き合うことでもあります。

15年という時間は、長いようでいて、家族の中ではとても具体的です。子どもだった人が大人になり、親の立場や家の役割が変わり、住む場所や働き方が変わった人もいるはずです。一方で、変わらず心に残る景色や、言葉にしにくい記憶もあります。番組概要では、浅田が撮影を希望する家族の「15年の歳月」を1枚で表現することに挑むとされています。ここで大事なのは、震災を説明するために家族がいるのではなく、家族それぞれの時間がまずあり、その時間の中に震災が刻まれているという順番です。野田村では今も震災ガイドや伝承施設を通じて記憶を語り継ぐ動きが続いていますが、家族写真はそれとは別のやわらかな方法で、記憶を次の世代へ手渡していく役目を持てるのかもしれません。

1枚の家族写真に15年をどう写し出すのか

この番組の見どころは、浅田がただ被写体を前にしてシャッターを切るのではなく、家族それぞれの心の動きをどう掘り起こすのかにあります。番組紹介では、震災直後に「写真は無力だ」と感じた浅田が、家族それぞれの心の軌跡をどう探るのかが大きなテーマとして示されています。つまり今回の撮影は、ポーズや背景を決める前に、15年の中でその家族が何を失い、何を守り、どんなふうに今日までたどり着いたのかを聞き取り、受け止める時間を含んだものです。写真は一瞬を切り取る表現ですが、良い写真ほど、その一瞬の外側にある長い時間まで感じさせます。浅田がこれまで家族写真で積み重ねてきた経験は、まさにその点で生きてくるはずです。

ここで面白いのは、家族写真 が「記録」と「演出」の両方を持てることです。一般に写真というと、ありのままを残すものと思われがちですが、家族写真の歴史を見ても、服装を選び、場所を決め、並び方を考える時点で、すでにその家族らしさをどう見せるかという意思が入っています。浅田の写真は、その演出を少し大きく開いて、家族の願いや記憶まで見える形にしようとするところに特徴があります。だから今回の 1枚も、悲しみの証明写真にはならないでしょう。かといって、明るさだけを作る写真でもないはずです。震災の年から 2026年までを生きてきた人たちの表情、立ち方、距離感、選ばれる場所や小道具。そのすべてが合わさって、「15年」という見えない時間を見えるものに変えていく。そこにこの番組の核心があります。

二宮和也の語りがこの番組にもたらすもの

この番組では、語りを 二宮和也 が担当します。これは単なる有名人の起用ではなく、映画『浅田家!』で二宮が浅田政志本人を演じたという関係があるからこそ、特別な意味を持っています。実際にステラnetでも、ナレーションは映画で浅田を演じた二宮和也だと紹介され、映像に出てくる浅田と野田村の家族のやりとりを見ながら、時に微笑み、時に感じ入った表情でナレーションを読んだと伝えています。映画は『浅田家』と『アルバムのチカラ』を原案としており、写真家としての活動だけでなく、被災地での写真との向き合い方も背景にある作品でした。だから今回の語りは、外から説明する声というより、浅田という人物の歩みに一度深く触れた人の声として響いてきます。

見る側にとっても、この組み合わせは大きな入り口になります。映画で浅田政志を知った人は、今回の番組でモデルとなった本人の現在地に触れることができますし、逆にこのドキュメンタリーから入る人は、なぜ二宮が語るのかを知ることで、作品の背景がより立体的に見えてきます。家族を撮る写真家、震災のあと写真の力に向き合い続けた人、そしてその人物を演じた俳優。その線が 2026年のこの番組でつながることで、1本のドキュメンタリー以上の厚みが生まれています。浅田政志 が野田村の家族に向ける視線と、二宮和也の静かな語りが重なるとき、この番組は「震災から15年」の記録であると同時に、「家族をどう残すか」を考える作品としても心に残るはずです。

まとめ

浅田政志が岩手県野田村で家族の15年を1枚の写真に写そうとする姿を追う今回の番組。東日本大震災のあと、写真と向き合い続けてきた写真家が、家族の時間や記憶にどのように寄り添うのかが大きな見どころです。この記事は公開されている番組情報をもとに内容を整理していますが、実際の放送と一部異なる場合があります。番組の放送後、確認できた内容については必要に応じて追記していきます。

【ドキュメント20min.】 この素晴らしき分からない世界|科学がすべてを説明できない理由とブラックホール・麻酔の未解明に迫る 2026年3月2日★


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