科学はなぜ「すべてのワケ」を知っているわけではないのか
この回のテーマは、とてもシンプルで、とても挑戦的です。
「科学はすべてのワケを知っているのか?」という問いに、番組ははっきり「いいえ」と答えます。
学校の授業やニュースを見ていると、科学は何でも答えをくれる“便利な道具”のように感じてしまいます。
でも最先端の研究者たちに話を聞いてみると、むしろ「分からないこと」の方が圧倒的に多いのです。
番組では、宇宙・身近な野菜・医療という、まったく違う三つの世界を通して、
「分からないこと」がどれだけ深く、どれだけ面白いのかを見せていきます。
ブラックホールに広がる“まだ説明しきれない”宇宙の謎
まず取り上げられるのが、宇宙の中でもとびきり“分からない存在”、ブラックホールです。
ブラックホールは、とてつもなく重い天体です。
あまりに重いため、近くを通る光さえも抜け出せません。
その内側では、時間や空間のルールが、私たちの知っているものと大きく変わってしまうと考えられています。
最先端の理論物理学では、一般相対性理論と量子力学という二つの大きな柱を、
どうやってブラックホールの内部で両立させるのかが大きな課題になっています。
どちらの理論も実験では非常によく当たるのに、
ブラックホールの中心近くでは、計算上「矛盾」があらわれてしまうのです。
番組に登場する研究者は、そんな矛盾だらけの計算と毎日向き合っています。
「まだ誰も見たことがない場所のことを、数式だけを頼りに考える」――
その姿は、一見すると気が遠くなる作業ですが、本人たちはどこか楽しそうです。
科学史を振り返ると、ニュートンの万有引力からアインシュタインの相対性理論まで、
「よく分かっていない現象」に挑んできた人たちの積み重ねで、今の宇宙像が形づくられました。
ブラックホールも、今まさに同じように、「分からなさ」が次の時代の理論を生み出そうとしているのです。
キャベツ一玉から見えてくる生命と構造のふしぎ
次に焦点が当たるのは、一見とても身近な存在、キャベツです。
丸い玉に葉がびっしりと重なっているキャベツ。
スーパーで毎日のように目にする野菜ですが、その「形」には、まだ説明しきれていない点がたくさんあります。
植物の成長には、「フィボナッチ数列」と呼ばれる数の並びや、
「らせん」のパターンが関わっていることが、いろいろな研究から分かってきました。
キャベツの葉の並び方も、そうした規則と関係があると考えられていますが、
なぜ植物が自らそのパターンを選ぶのか、どこまでが遺伝子の指示で、
どこからが環境とのやり取りなのか――完全には解き明かされていません。
番組では、キャベツを「ただの野菜」としてではなく、
「自然が長い時間をかけて作り上げた、緻密な構造物」として見つめます。
葉を一枚一枚はがしていくと見えてくる規則性。
その奥にある「生命の設計図」の一端を、研究者の視点で追いかけていきます。
身近なキャベツを通して、「分からないのは宇宙だけじゃない。
台所の中にも、まだ解き明かされていない世界がある」というメッセージが、
自然と伝わる構成になっています。
いまだ完全には解けていない麻酔の仕組み
三つ目のテーマは、医療の現場には欠かせない麻酔です。
手術のとき、私たちは麻酔のおかげで痛みを感じず、
気がついたら手術が終わっていた、という経験をします。
しかし、「なぜ意識が消えるのか」「どのように痛みの感覚だけが切り離されるのか」
という根本的な部分は、実はまだ完全には分かっていません。
神経細胞の膜にどう作用するのか、
脳のどのネットワークをどれくらい“静かにさせているのか”など、
世界中でさまざまな仮説が検証されていますが、
「これが決定的な答えだ」と言い切れる理論は、まだ確立していないのです。
番組では、麻酔の研究に携わる専門家が登場し、
最新の実験やデータをもとに「ここまでは分かっている」「ここから先はまだ謎だ」と、
境界線をていねいに語っていきます。
私たちの意識がどう生まれ、どう消えるのか。
それは脳科学にとっても大きなテーマであり、
麻酔はその入り口として、とても重要な“鍵”になっています。
医療は進歩しているのに、「完全な理解」はまだ先――
そこに、このテーマの面白さと奥深さがあります。
最先端の科学者が語る「分からないことは報酬」という感覚
番組全体を通して、研究者たちははっきりと言います。
「この世界は分からないことばかりだ」と。
でも、それは嘆きではありません。
むしろ彼らにとって、分からないことは“報酬”であり、
次の実験へと自分を突き動かすエンジンになっています。
ブラックホールの計算が行き詰まったとき。
キャベツの成長を数式に乗せようとして、どうしてもズレが出るとき。
麻酔のデータを解析しても、「ここから先が説明できない」と分かったとき。
その瞬間に、「まだやることがある」「ここに新しい発見が眠っている」と、
彼らの目が輝いていく様子が、インタビューの言葉や表情から伝わってきます。
科学というと、「正解を一つずつ埋めていく作業」のように見えがちですが、
実際に現場にいる人たちは、「分からない部分が残るからこそ続けられる」と感じている。
この価値観のギャップを、番組は丁寧に見せてくれます。
すべて分かったらガッカリ?科学が抱える哲学的な問い
番組の中で繰り返し投げかけられるのが、
「もしこの世界のすべてが分かってしまったら、私たちは本当に幸せなのか?」という問いです。
たしかに、技術が発達すれば、生活は便利になります。
でも、何もかもが予測できて、何一つ意外性がない世界は、
どこか味気なく感じてしまうかもしれません。
哲学や科学史の分野では、昔から「人間はなぜ知ろうとするのか」
「どこまで知れば満足なのか」というテーマが議論されてきました。
答えは簡単には出ませんが、ひとつだけはっきりしているのは、
“完全な理解”を目指す過程そのものが、人間らしさにつながっている、という視点です。
番組に登場する科学者たちも、
「分からないことがあるから、自分はここにいる」と語ります。
その姿からは、「知ること」と「知らないままでいること」のあいだを、
私たちがどうバランスを取って生きていくのか、静かに問いかけるような空気が感じられます。
「分からない世界」とともに生きる私たちへのメッセージ
番組のラストに向かうにつれて、
焦点は、ブラックホールやキャベツや麻酔だけでなく、
「分からない世界とどう付き合いながら生きていくか」という、私たち自身の話に移っていきます。
将来のこと、仕事のこと、人間関係のこと。
私たちの日常も、“分からないこと”でいっぱいです。
その不安を少しでも減らそうとして、情報を集め続けて疲れてしまう――
そんな経験を持つ人も多いはずです。
この回が伝えてくれるのは、
「分からないことは、必ずしも“悪者”ではない」という視点です。
分からなさは、怖さと同時に、可能性でもある。
科学者たちが、そのど真ん中で笑っている姿を見ていると、
私たちの身近な“モヤモヤ”も、少しだけ違って見えてきます。
分からない世界を、ひとつの敵ではなく、
これからも付き合っていく“パートナー”として見てみる。
そんな視点の変化を、20分という短い時間の中でそっと差し出してくれる番組です。
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