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NHK【上皇さまとハゼ 〜研究者の素顔〜】上皇明仁が続けたハゼ研究とは?34論文と新種発見の歩み・皇居生物学研究所の素顔|2026年3月8日

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上皇さまとハゼ研究者の素顔

上皇さまは、長年にわたり魚類研究、とくにハゼ研究を続けてこられたことで知られています。皇太子時代から分類学の研究を積み重ね、新種の発見や学術論文の発表など、研究者としても高い評価を受けてきました。

このページでは「上皇さまとハゼ 〜研究者の素顔〜(2026年3月8日放送)」の内容を分かりやすくまとめています。

皇居の生物学研究所で続く研究の日々や、ハゼを通して見えてくるご家族とのエピソード、そして生き物へのまなざしから見える上皇さまの知られざる姿を紹介します。

皇居で続く研究の日々

番組のはじまりで映し出されたのは、東京の中心にある皇居と、その中の「生物学研究所」でした。ここは、かつて昭和天皇が海の生き物を研究した場でもあり、その流れを受けて上皇さまが研究を続けてこられた場所です。

宮内庁によると、上皇さまは長年にわたりハゼ類の分類研究を続け、学会誌などに34編の論文を発表してこられました。最近もチチブ類の再検証やクモハゼ類の見直しに取り組まれていて、年齢を重ねても研究の歩みが止まっていないことに驚かされます。

葉山の海が原点だった

番組では、上皇さまとハゼの出会いが幼いころの海辺にあったことが語られました。宮内庁も、ご幼少期に葉山御用邸近くの磯でハゼを主とする魚を採集して遊ばれた経験が、今の研究につながっていると説明しています。

神奈川県の葉山は、明治期に御用邸が整えられて以降、保養地として知られてきた土地です。海と山が近く、磯の生き物も豊かです。子どものころに見た小さな魚が、のちに長い研究の道へつながったと思うと、番組の序盤からぐっと引き込まれます。

皇太子時代に始まった本格研究

上皇さまは大学で政治や経済を学びながら、公務にもあたられていました。その忙しい日々の中でも、海の生き物への関心を失わず、やがて皇太子時代にハゼの研究を本格的に始められます。番組では、公務の合間を縫って採集と研究を進めた姿が描かれました。

宮内庁の資料でも、上皇さまは日本魚類学会の会員として昭和38年から論文を発表してきたとされています。趣味の延長ではなく、学問の世界に正面から向き合ってきたことがここからよく分かります。研究対象が小さなハゼであったことは、公務の合間でも標本を持ち帰って調べやすいという実際的な面もあったようです。

ハゼはどんな魚なのか

番組では、身近なマハゼから、南の海にすむ色鮮やかな仲間まで、ハゼの多様な姿が次々に紹介されました。背びれが目立つハタタテハゼ、模様の美しいチゴベニハゼ、丸い背びれが印象的なニチリンダテハゼなど、見た目だけでもずいぶん違います。

ハゼの仲間は、日本に600種以上いると番組で紹介されました。見た目が似ていても、すむ場所や行動が違い、体のつくりにも細かな差があります。だからこそ分類学の対象として奥が深く、1匹ずつ丁寧に見ていく研究が必要になるのです。

動きも生き方も驚くほど多彩

有明海のムツゴロウが干潟の上を動き回る姿や、古座川のボウズハゼが急な流れをのぼる姿も印象的でした。特にボウズハゼは、和歌山県古座川町の観光情報でも、夏に滝をのぼる様子が見られる魚として紹介されています。

こうした例を見ると、ハゼは地味な魚ではなく、環境に合わせて驚くほど多様に進化してきた魚だと分かります。番組が伝えたかったのは、上皇さまが1匹の小魚を追う中で、実は日本の自然の広さそのものを見つめてこられたということなのだと思います。

上皇さまが切り開いた分類学

番組の大きな柱になっていたのが分類学の話でした。分類学は、新しい種を見つけたり、似た生き物どうしの違いを見きわめたりする学問です。上皇さまは、ハゼの模様や骨だけでなく、頭部の感覚器官の並びにも注目し、見分けが難しかった種を判別する手がかりを示されました。

宮内庁の説明でも、上皇さまはハゼ類の系統に重要な形態上の特徴を論文で示し、その後はDNA解析も取り入れながら研究を深めてこられました。1つの特徴だけでなく、いくつもの証拠を重ねて考える姿勢が、研究者としての上皇さまの強さなのだと感じます。

新種発表と論文の重み

番組では、上皇さまが新種を10種発表してきたことも紹介されました。宮内庁の公開ページでも、たとえばオキナワハゼ属の2新種記載など、共著を含む具体的な研究成果が確認できます。

論文の数だけを見るのではなく、その中身に目を向けるとすごさがよく分かります。何百匹もの標本を見比べ、細かな違いを記録し、先行研究とも照らし合わせながら結論を出す。番組で顕微鏡や標本が映るたびに、その積み重ねの大きさが伝わってきました。

家族とともに広がったハゼの世界

この番組のやわらかい魅力は、研究が家族の時間ともつながっていたことです。上皇后美智子さまが「ギンガハゼ」や「アケボノハゼ」の命名に関わり、長女の黒田清子さんが「シマオリハゼ」の名付けに関わったという話は、とても印象に残りました。

生き物の名前は、ただのラベルではありません。どんな色なのか、どんな印象なのか、その魚をどう見たのかが込められます。分類学は冷たい作業に見えがちですが、この場面からは、上皇さまの研究が家族と分かち合う知的な喜びでもあったことが伝わってきました。

推理小説のような論文

番組で特に面白かったのは、「ウロハゼの学名について」の話です。19世紀の文献をたどり、どちらが先に発表されたのかを確かめるため、インクの裏写りまで手がかりにしたという流れは、まさに番組内で語られた通り推理小説のようでした。

分類学では、名前の先後関係がとても重要です。どの名前を正式なものとして扱うかは、学問の土台にかかわります。細かな文献調査まで丁寧に行う姿は、魚を見る研究者であると同時に、資料を読み解く粘り強い学者としての一面も感じさせました。

公務と研究を分けた30年

平成の30年間、上皇さまは天皇として多くの務めを果たされました。国事行為や外国との交流に加え、阪神・淡路大震災や東日本大震災など、被災地へ足を運び、国民に寄り添う姿が広く知られています。

その一方で、研究については公務に影響を出さないよう、はっきりとけじめをつけて続けてこられたと番組は伝えました。宮内庁が紹介する研究歴を見ても、長い年月のあいだ少しずつ着実に論文を重ねてきたことが分かります。派手さはなくても、続ける力そのものが研究の重みになっているのです。

西表島で見えた生き物どうしの助け合い

水中カメラマンの矢野維幾さんが撮影した映像も、番組に広がりを与えていました。西表島の海や河口で、クロオビハゼやミツボシゴマハゼなど、上皇さまが新種発表に関わったハゼの暮らしが紹介されました。

西表島は環境省の資料でも貴重な自然をもつ地域として位置づけられていて、多様な生き物がすむことで知られています。番組で描かれた、ハゼとエビが1つの穴で共生する場面は、1種だけを見ていては分からない自然のつながりを教えてくれました。

小さな魚から生物多様性が見える

番組の終盤で語られたのは、ハゼの多様性が日本の生物多様性そのものを映しているという考えでした。川、海、干潟、河口、急流、サンゴ礁の近くなど、少しずつ違う環境に、それぞれ別のハゼがくらしています。

生物多様性という言葉は難しく聞こえますが、言いかえれば「いろいろな生き物が、それぞれの場所で、それぞれのやり方で生きていること」です。上皇さまが長年ハゼを研究してこられたのは、単に珍しい魚を探すためではなく、その向こうにある自然のしくみを知るためでもあったのでしょう。

世界が認めた研究者としての功績

上皇さまの研究は日本だけでなく海外でも高く評価されてきました。イギリス王立協会のキング・チャールズ2世メダルは、科学の発展に大きく貢献した国家元首などに贈られる賞で、上皇さまは1998年の受賞者です。

番組では、ベトナムの博物館に寄贈された標本の話も紹介されました。採集地に標本を戻すことは、その国の研究の力を育てることにもつながります。自分の成果を自分だけのものにせず、次の研究者へ手渡していく姿勢にも、上皇さまらしさが表れていました。

番組を見て感じたこと

この番組を見て強く感じたのは、上皇さまにとってハゼ研究は長い人生を支えた静かな情熱だったということです。人前に立つ役目の重さとは別に、1匹の小さな魚に向き合う時間があり、その積み重ねが世界から評価される学問になっていったのです。

皇居の研究室、葉山の海、各地の川や干潟、西表島の水中映像。番組は場所を移しながら、1本の細い糸のように研究の歴史をつないでいました。上皇さまの素顔に迫る番組であると同時に、日本の自然の豊かさをあらためて見つめる番組でもありました。

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