震災遺児1814人 15年後の歩み
このページでは「クローズアップ現代 東日本大震災15年 『これから』を歩む子どもたち(2026年3月10日放送)」の内容を分かりやすくまとめています。
東日本大震災から15年。2011年3月11日、巨大地震と津波が東北の沿岸を襲い、多くの人の命と暮らしを奪いました。その中には、親を亡くした子どもたちも数多くいました。震災遺児や孤児と呼ばれる子どもは1814人にのぼります。
当時まだ小学生や中学生だった子どもたちは、今では社会に出たり、家庭を持つ年齢になりました。番組では、震災遺児を支えてきた支援団体の活動や、成長した若者たちが抱える悩み、そして新しい人生を歩み始めた人たちの姿を追いました。
15年という長い時間の中で、子どもたちはどのように生きてきたのか。支援はどのように変わってきたのか。震災の記憶を抱えながら前へ進む人たちの姿を通して、未来への課題と希望が見えてきます。
震災で親を亡くした1814人の子どもたち
2011年に発生した東日本大震災は、日本の災害史の中でも最大級の被害をもたらしました。地震の揺れだけでなく、その後に発生した巨大津波が沿岸の町を襲い、2万人近い命が失われました。
その中で、親を亡くした震災遺児・孤児は1814人にのぼります。多くの子どもが突然家族を失い、生活環境も大きく変わりました。
特に被害が大きかった地域は次の沿岸部です。
・宮城県 石巻市
・宮城県 仙台市
・岩手県 大槌町
・岩手県 陸前高田市
これらの地域は津波の被害が非常に大きく、町の多くが流されました。家を失っただけでなく、家族を失った子どもたちも多かったのです。
震災当時は幼かった子どもたちも、15年の時間の中で高校生、大学生、社会人へと成長しました。しかし心の傷は簡単には消えません。震災の経験は、今もそれぞれの人生の中に深く残っています。
あしなが育英会が続けてきた支援
震災遺児を長く支えてきた団体の1つが、あしなが育英会です。
この団体は東京に本部を置き、病気や事故、災害などで親を亡くした子どもたちに奨学金を提供してきました。設立は1960年代で、日本では歴史の長い支援団体の1つです。
東日本大震災のあと、あしなが育英会は被災地でさまざまな支援を行いました。
主な活動には次のようなものがあります。
・震災遺児への奨学金支援
・交流会や合宿の開催
・進学相談や生活相談
・心のケアのサポート
宮城県仙台市では、震災遺児が集まるイベントも行われました。
同じ経験をした人と出会うことは、子どもたちにとって大きな支えになります。「自分だけではない」と感じられることが、前を向く力になるからです。
しかし近年、震災に特化した支援は徐々に縮小してきています。災害から時間が経つにつれ、社会の関心が薄れていくことも影響しています。
母を亡くした五十嵐さんの人生
宮城県に暮らす五十嵐萌さんは、震災で母親を亡くしました。
突然の出来事で家庭の状況は大きく変わりましたが、周囲の支援を受けながら学校生活を続けました。
五十嵐さんは現在、保育士として働いています。
子どもたちと向き合う仕事を選んだ背景には、自分が支えられてきた経験があります。困っている人のそばに寄り添える大人になりたいという思いが、進路を決めるきっかけになりました。
さらに2025年12月、五十嵐さんは女の子を出産しました。
震災で母親を失った少女が、今度は母として子どもを育てる立場になりました。
15年という時間は、悲しみだけではなく、新しい命や未来を生み出す時間でもあったことを感じさせます。
悩みを語れない震災遺児の現実
震災遺児の心の状態について、あしなが育英会はアンケート調査を行いました。
その結果、約3割の人が次のように答えました。
「話せる場所や相手はいたが、話したくなかった」
周囲には支援してくれる大人や友人がいても、自分の気持ちを言葉にするのは簡単ではありません。
震災遺児の中には
・周囲に迷惑をかけたくない
・思い出すのがつらい
・自分の気持ちをうまく説明できない
と感じている人も少なくないといいます。
この調査について、一橋大学大学院社会学研究科の宮地尚子特任教授は、長い時間をかけた支援の必要性を指摘しています。
心のケアは短期間では終わりません。人生の節目ごとに悩みが表面化することもあり、継続したサポートが重要だといわれています。
大学を中退した太一さんの葛藤
岩手県大槌町出身の太一さんも、震災で母親を亡くしました。
高校卒業後、宮城県仙台市の大学に進学しましたが、周囲に悩みを打ち明けることができず大学を中退しました。
進学や就職といった人生の節目では、震災の経験が心に影響することもあります。
例えば
・将来への不安
・家族を失った記憶
・周囲との価値観の違い
こうした悩みを抱える若者も多いといいます。
現在、太一さんは大阪で暮らしています。
被災地から離れて新しい生活を始める震災遺児も増えています。環境を変えることで、自分の人生をもう一度立て直そうとしているのです。
子どもに寄り添う支援者たち
震災遺児を支える取り組みは、被災地だけでなく全国に広がっています。
神戸市などでは、震災遺児に寄り添うボランティアを育てる講座が開かれています。
この講座は
・子どもの話を聞く方法
・心のケアの基本
・寄り添い方
などを学ぶ内容です。
これまでに2000人以上が受講しました。
神戸は1995年の阪神淡路大震災を経験した都市です。その経験から生まれた支援の知識が、東北の震災遺児支援にも生かされています。
災害の経験を次の世代の支援に役立てる取り組みは、日本の防災文化の大きな特徴ともいわれています。
震災15年 子どもたちのこれから
東日本大震災から15年。震災遺児だった子どもたちは、すでに大人になり、それぞれの人生を歩んでいます。
保育士として働く人、大学進学を目指す人、新しい土地で暮らす人。
それぞれの道を歩みながらも、震災の記憶は人生の中に残り続けます。
震災は過去の出来事ではありません。今もなお、人々の人生の中で続いている出来事です。
子どもたちの未来を支えるために、社会がどのように寄り添い続けるのか。
震災から15年という節目に、そのことを改めて考えさせられる内容でした。
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