これが花!?植物の不思議をめぐる旅
2025年5月18日に放送されたNHK『ダーウィンが来た!』では、「これが花!?植物の不思議をめぐる旅」と題して、北海道のササと沖縄・西表島のウミショウブという、まったく異なる環境で咲く“花”たちの驚くべき生態が紹介されました。どちらも一見地味で見逃してしまいそうな存在ですが、その奥には驚きの進化と生き抜くための戦略が隠されていることが、今回の旅で明らかになりました。
北海道・宗谷丘陵で120年に一度の大開花の現場
2023年、北海道の最北端に広がる宗谷丘陵では、広大なササの草原が一面真っ白に枯れ果てるという、非常に珍しい現象が発生しました。その原因は、ササが一斉に花を咲かせたことによるものでした。ササはイネ科の植物で、日本全国の山や草原などに広く生えていますが、その花が咲くのは数十年から120年に一度とされる非常にまれな出来事です。特に今回のクマイザサの開花は、北海道でも珍しい規模で、研究者たちの間でも大きな注目を集めました。
この大開花では、ササが一気に花をつけて、翌年には枯れてしまうため、景色全体が白く色あせたように見えるのです。これは病気ではなく、自然の摂理によるもので、ササの生き方そのものが関係しています。
・クマイザサは、通常は地下茎を伸ばして仲間を増やしている
・地下茎は、地面の下を這うように伸び、そこからたくさんの芽が出て広がる
・この方法は、花を咲かせて種をつくるよりも早く広がることができる
しかし、地下茎だけでは環境変化への対応が難しくなり、子孫が遠くに広がりにくいという問題もあります。そのため、何十年かに一度、ササは全体で力を合わせたように一斉に花を咲かせ、種をつくって世代交代を行います。
開花が始まると、ササの花をエサにする昆虫たちが次々と集まってきます。例えばケシキスイやササノミモグリバエなどの小さな虫たちが見られました。さらに、花が終わって実ができると、その実を目当てに動物たちも集まってくるようになります。このように、ササの一斉開花は、短い間にたくさんの生き物が集まる“命のリレー”のような時間を生み出します。
また、この花が人間を救った歴史も紹介されました。明治34年、北海道の名寄市では冷害などによる大凶作が発生しました。ちょうどその年、ササが開花期を迎えており、住民たちは落ちていたササの実を拾って団子を作り、飢えをしのいだとされています。
・当時の人々は、ササの実を粉にして練り、団子状にして加熱して食べていた
・保存性が高く、炭水化物をしっかり摂取できるため非常食として重宝された
・番組では、当時の資料をもとに「ササの実だんご」を再現し、当時の苦しい生活の中で植物の実がどれほど大切な食料だったかを伝えた
自然のリズムによってたまたま咲いた花が、人間の命を救ったという事実は、植物の力強さと不思議さを改めて実感させるものでした。花の咲く周期が長いため、次にこの光景が見られるのは百年後かもしれませんが、その日まで自然のサイクルが守られていくことの大切さを考えさせられました。
西表島の海を“走る”花畑の神秘
番組の後半では、舞台を一気に南国の海へと移し、沖縄県・西表島でしか見られない不思議な現象が紹介されました。それは、夏の大潮の日だけに現れる“海の上を走る花”ウミショウブの雄花です。この現象はとても幻想的で、一見すると自然のいたずらのようにも思えますが、実は植物が長い年月をかけてたどり着いた命をつなぐための巧妙な戦略なのです。
ウミショウブは「海草(かいそう)」と呼ばれる植物の一種で、見た目は昆布などの海藻に似ていますが、実は海藻ではなく、陸上の植物と同じく花を咲かせる“種子植物”です。昔は陸地で暮らしていた植物が、光合成を安定して行える浅い海の砂地に適応し、長い進化の末に海中でも花を咲かせられるようになりました。
ウミショウブの雄花が見られるのは、年に数日だけの“夏の大潮”という特別な時期。しかもその花の大きさは、わずか2ミリほどの白くて丸い粒状という小ささです。
・雄花はウミショウブの根元から分離し、泡とともに水面へ浮かび上がる
・浮かんだ瞬間に花びらが反り返り、海水を包み込んで立ち上がるような形になる
・風の力を利用して水面を滑るように移動する様子は、まるで小さな船が走っているよう
この光景は、自然界でも非常にめずらしく、植物が“水の上で花粉を運ぶ”という例はほとんどないとされています。風や虫の助けを借りず、自ら水面を“走る”ことで受粉相手にたどり着くというこの方法は、まさに“海に生きる植物の知恵”です。
そして、時間が経ち潮が引き始める干潮のタイミングになると、雌花が水面に顔を出します。そこへ走ってきた雄花が雌花の中央にある雌しべに接触し、自然と受粉が行われる仕組みになっています。この一連の流れは、まるで海の上で行われる静かな儀式のようで、視聴者の心を引きつける場面でした。
受粉が成功すると、秋にはウミショウブに5cmほどの細長い実が実ります。その中には、浮袋(うきぶくろ)付きの種が入っていて、実が割れるとその種がゆっくりと水面に浮かび上がります。しばらくの間、水面を漂いながら場所を探し、やがて海底へと沈み、そこで根を張って新しい命が始まるのです。
・浮袋によって遠くまで運ばれる可能性がある
・潮の流れに乗って新しい場所にたどり着くこともある
・海底に到着すると、そこで静かに根を伸ばしはじめる
このように、ウミショウブは海という厳しい環境の中で、風や虫に頼ることなく、波と泡と風だけを使って子孫を残すという進化の結果を見せてくれました。見逃してしまいそうな小さな花の背後には、生き抜くための見事な仕組みと、美しさが同居していることがわかります。自然の力と植物の知恵が融合したこの現象は、まさに“走る花畑”という名前にふさわしいものでした。
ウミショウブとアオウミガメの関係と共存への取り組み
西表島の美しい海に生きるウミショウブとアオウミガメ。この2つの生き物は、それぞれが自然の中で大切な役割を果たしていますが、近年そのバランスに変化が起きていることが番組で紹介されました。
アオウミガメは、ウミショウブを主なエサとする海の生き物で、以前は人間にとっても貴重なたんぱく源として食用にされていました。そのため、一時期は乱獲により個体数が大きく減少し、絶滅の危機にさらされていたほどです。しかし、時代が変わるにつれ、アオウミガメを食べる文化は衰退し、今では保護対象として大切にされるようになりました。
・食文化の変化により捕獲数が減少
・ウミガメ保護活動が各地で行われるようになった
・その結果、アオウミガメの個体数は回復傾向にある
このようにして数を増やしつつあるアオウミガメですが、その増加が新たな問題を引き起こしつつあります。それは、エサとして大量にウミショウブを食べることで、ウミショウブの群生地が急速に減少しているという問題です。これは、自然な生態系の変化がもたらす“ゆがみ”のひとつとも言えるかもしれません。
特にウミショウブは、一年のうち限られた期間にしか受粉・繁殖ができないデリケートな植物であり、成長にも時間がかかるため、食べ尽くされると簡単には元に戻りません。そのため、アオウミガメの増加が、逆にウミショウブの絶滅リスクを高めてしまうという、皮肉な現象が起こっているのです。
このような現状を受けて、西表島ではウミショウブを守るための保護活動が始まっています。
・海中に保護柵を設置し、ウミショウブの群生地をカメから守る
・柵の中にウミショウブの苗を植えて再生を図る取り組み
・地元の研究者や住民による監視と調査活動
こうした取り組みは、ただ植物を守るというだけでなく、ウミショウブとアオウミガメの共存を目指す“バランスの調整”として行われています。自然は常に変化していますが、その変化がどちらか一方に偏ってしまうと、やがて大きな影響を及ぼします。だからこそ、人の手でその調和を保つ努力が必要になっているのです。
今回の放送では、ウミショウブを守るためのこうした地道な取り組みにスポットを当てながら、自然との付き合い方についても深く考えさせられる内容となっていました。ウミガメを守ることも大切、でもその背景には守らなければならない植物もある——自然界のつながりは、見えないところで複雑に絡み合っているということを、改めて感じさせるエピソードでした。
まとめ
今回の『ダーウィンが来た!』では、北海道の笹と沖縄のウミショウブという全く異なる環境に生きる植物が、それぞれ驚くような方法で子孫を残し続けていることが紹介されました。どちらも生きるために長い年月をかけて進化してきた結果であり、普段目にする植物にもこんなにも奥深い世界があるのだと気づかされる回でした。
自然の仕組みは複雑で、時に人間の生活とも密接につながっています。これからも番組を通して、そんな自然の不思議を学んでいきたいですね。
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