ブラタモリが解き明かす川崎大師と鉄道の不思議な関係
このページでは『ブラタモリ(2025年12月20日放送)』の内容を分かりやすくまとめています。日本有数の初詣スポットとして知られる川崎大師が、なぜここまで多くの人を集める場所になったのか。その答えを、鉄道と町の歴史からたどっていきます。参拝、名物、電車、工場が一本の線でつながる流れを知ると、川崎大師の風景が少し違って見えてきます。
川崎大師とはどんな寺か
番組の舞台となった川崎大師は、正式には金剛山 金乗院 平間寺といい、真言宗智山派の大本山として知られています。平安時代、弘法大師像が発見されたことをきっかけに信仰の場となり、空海を本尊として多くの人々の信仰を集めてきました。
江戸時代に入ると、厄除けのご利益で評判が広まり、関東各地から参拝者が訪れるようになります。正月の初詣では特ににぎわい、日本有数の参拝者数を誇る寺へと成長しました。番組では、川崎大師が単に古い寺というだけでなく、人々の生活や願いと結びつきながら発展してきた存在であることが丁寧に示されていました。
久寿餅に隠された誕生の背景
川崎大師を語るうえで欠かせないのが久寿餅です。番組では、この名物が偶然と工夫の積み重ねから生まれたことが紹介されました。小麦粉に水を加えて加工する中で生まれたデンプンを蒸したところ、もちもちとした食感の食べ物ができたのが始まりとされています。
参拝客が増えるにつれて、この素朴な甘味は参道で広く売られるようになり、自然と川崎大師の名物として定着していきました。信仰の場に集まる人々の流れと、地元の食文化が重なり合い、久寿餅は今も参拝の楽しみの一つとして受け継がれています。
川崎大師と鉄道が結びついた理由
川崎大師の人気を大きく後押ししたのが鉄道の存在です。明治32年、参詣客を運ぶ目的で京浜急行大師線が開業しました。日本で鉄道が走り始めて間もない時代に、川崎駅ができ、そこから川崎大師へ向かう路線が整えられたことは大きな意味を持ちます。
番組では、鉄道ができたことで人々が正月に寺へ出かける流れが生まれ、『初詣』という習慣と呼び名が川崎大師を中心に広がっていったことが紹介されました。京都や名古屋に続き、東日本では早い段階で電車が走った地域であったことが、川崎大師の発展を支えた重要な要素でした。
路面電車時代の大師線と町づくり
大師線は、もともと路面電車として走っていました。多摩川の氾濫から町を守るために盛り土された高い場所を電車が通っていた痕跡を、タモリさんたちは現地で確かめていきます。
当時の大師電気鉄道は、電車を動かすために自前の発電所を建設しました。その結果、余った電気を沿線に供給できるようになり、工場が集まるきっかけが生まれます。鉄道は単なる移動手段にとどまらず、町の産業や暮らしを支える基盤として機能していたことが、番組を通して浮かび上がっていました。
工業地帯の発展と大師線の延伸
大師線は当初、川崎大師駅が終点でしたが、時代とともにさらに延びていきます。鈴木町駅では、うま味調味料で知られる企業と、その創業者の名が駅名として残っていることが紹介されました。明治時代、池田菊苗が昆布だしのうま味成分がグルタミン酸であることを発見した話と重なり、鉄道と日本の食の歴史が結びついて描かれます。
さらに小島新田駅まで進むと、昭和19年以降の戦時中、京浜工業地帯が軍需物資を生産する重要な地域となり、大師線が働く人々の足として延伸されたことが説明されました。現在は線路が撤去されていますが、住宅や工場の配置に、かつての線路の名残を見ることができます。
鉄道と工場が生んだ川崎大師のにぎわい
番組の終盤では、鉄道と工場の発展が再び川崎大師の人気につながっていった流れが描かれました。工場には原料を運ぶ専用の引き込み線があり、小麦粉からグルテンを作る過程で大量のデンプンが生まれます。そのデンプンが久寿餅の材料として使われ、参道には多くの店が並ぶようになりました。
参拝、鉄道、工業、名物菓子が互いに影響し合いながら、川崎大師は日本有数の初詣スポットとして発展してきました。ブラタモリは、今あるにぎわいが偶然ではなく、町の歴史の積み重ねによって形づくられてきたことを、静かに伝えていました。
川崎大師の初詣客数が今も高い理由を、都市構造の視点から補足します

川崎大師の初詣は、一時的なブームではなく、毎年安定して多くの人が訪れる状態が続いています。その背景には、信仰の力だけでなく、都市のつくり方や交通の仕組みが深く関係しています。ここでは、都市構造という視点から見えてくる理由を整理して紹介します。
初詣客数が高水準で続いている事実
川崎大師は、毎年お正月の三が日だけで約300万人以上の参拝者が訪れることで知られています。この数字は全国的に見ても上位に入り、関東では明治神宮や成田山新勝寺と並ぶ規模です。特定の年だけ人が集まるのではなく、長年にわたって高い水準を保っている点が特徴です。初詣の定番として名前が挙がり続けることで、「今年も行く場所」として人々の意識に定着しています。
鉄道中心のアクセスが支える都市構造
川崎大師へのアクセスは、京急大師線(京急川崎駅〜川崎大師駅)が中心です。駅から参道までの距離が短く、降りてすぐに参拝の流れに入れる動線が整っています。年末年始には特別ダイヤや終夜運行が行われ、早朝や深夜でも移動しやすい状態が保たれます。車での移動が制限される時期でも、鉄道は安定して機能し続け、参拝行動そのものを下支えしています。
生活圏に組み込まれた初詣という行動
川崎大師は、東京や横浜といった大都市圏のすぐ近くに位置しています。鉄道を使えば短時間で到着でき、特別な旅行計画を立てなくても訪れやすい場所です。さらに、三が日だけでなく1月中旬まで人出が続くため、混雑を避けて時期をずらす選択もしやすくなっています。こうした条件が重なり、初詣が特別なイベントではなく、都市生活の流れの中に自然に組み込まれた行動として定着しています。都市構造と交通インフラが、信仰行動を日常の延長として支えていることが、初詣客数が減らない大きな理由です。
気になるNHKをもっと見る
購読すると最新の投稿がメールで送信されます。


コメント