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未解決のまま消えた三億円 写真が人生を狂わせた事件の裏側【未解決事件 File.10】2026年1月10日

未解決事件
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白昼の街で、忽然と消えた三億円

白いオートバイ、警官の制服、立ち上る白煙。1968年12月、東京の街角で起きた出来事は、あまりにも静かで、あまりにも大胆でした。わずか数分の出来事だったにもかかわらず、日本中を巻き込む未曾有の捜査へと発展し、「三億円事件」という名前だけが、半世紀以上たった今も語り継がれています。

しかし、この事件が残したものは「完全犯罪」という言葉だけではありませんでした。捜査の過程で生まれた誤解、疑い、報道の影で傷ついた人生。未解決のまま時効を迎えたその裏側には、数字や逸話では語りきれない、人間の苦悩と葛藤が静かに積み重なっていたのです。

三億円事件の「3分間」白バイ警官を装った手口の全体像

1968年12月10日の朝、東京・府中の街はごく普通の平日でした。
日本信託銀行国分寺支店を出発した現金輸送車には、東芝府中工場の従業員に支給されるボーナス約3億円が積まれていました。

走行中、その前に現れたのが白バイ警官を装った男です。
白いオートバイ、警官の制服、落ち着いた態度。
違和感を覚える要素はほとんどなく、銀行員は自然に停車に応じました。

男は車を止めさせ、確認を促します。
そして数分後、輸送車は犯人ごと忽然と姿を消すことになります。

犯行にかかった時間は、わずか3分前後
暴力も発砲もなく、街中で成立したこの静かな犯行が、三億円事件を象徴する最大の特徴となりました。

脅迫状と白煙演出 銀行員が信じた「爆弾」の心理操作

この事件は、当日だけで完結したものではありません。
数日前、銀行の支店長宛てに届いた脅迫状が、すでに緊張を生んでいました。

そこには、現金輸送を狙った爆破予告が書かれていました。
具体的な言葉で危険を示す内容は、単なるいたずらとは受け取れないものでした。

当日、警官姿の男が口にしたのは
爆弾装置が仕掛けられているかもしれない
という言葉でした。

断定を避けた表現が、銀行員の判断を揺らします。
さらに車体の下を確認させた直後、白煙が立ち上がりました。

男は続けて叫びます。
ダイナマイトが爆発するぞ

脅迫状の記憶、警官という立場、目の前の白煙。
すべてが重なり、銀行員の意識は犯人ではなく爆弾へと向けられていきました。

その結果、銀行員たちは車から離れ、
犯人は抵抗を受けることなく輸送車を奪取します。
恐怖だけを操作した、極めて完成度の高い犯行でした。

遺留品120点と車の乗り換え 物証が多いのに絞れない理由

事件現場には、約120点もの遺留品が残されていました。
一見すると手がかりは多いように見えますが、その多くは大量生産品でした。

指紋や道具が残っていても、
特定の人物に結びつける決定的な証拠にはなりません。

さらに犯人は、逃走途中で車を乗り換えていたとされています。
この行動により、目撃情報や物証は複数の地点に分散しました。

情報は増え続ける一方で、整理は追いつかない。
捜査対象者は数万人規模に膨れ上がり、
初動の時点で捜査は極めて複雑な状態に入り込んでいました。

モンタージュ写真が招いた混迷 情報殺到と誤報の悲劇

捜査の象徴となったのが、モンタージュ写真です。
犯人像として広く知られるこの写真は、社会に強い印象を残しました。

しかし後に、銀行員の中には
犯人の顔をはっきり見ていなかった
と認める証言もあったことが明らかになります。

モンタージュ写真が広まると、警察には
思い込み、私怨、無関係な通報が殺到しました。
捜査対象はさらに膨張し、現場の負担は増していきます。

深刻だったのが、実名・顔写真報道です。
重要参考人として報じられた男性は、後にアリバイが成立し釈放されました。
しかし偏見と重圧は消えず、
男性はのちに自ら命を絶つという結末を迎えます。

モンタージュ写真は、捜査の道具であると同時に、
新たな被害を生む存在にもなっていました。

重要参考人Sと周辺の再検証 時効、手紙、残された「写真問題」

時効が迫る中、警察はかつて注目された重要参考人Sとその周辺を再検証します。
Sは地元出身で土地勘があり、父親は白バイ隊員でした。

しかし、事件と結びつける確かな証拠は見つかりませんでした。
Sの友人とされたAにも再び注目が集まり、
事件後の生活ぶりが調べ直されますが、最終的にシロと判断されています。

1975年12月、三億円事件は時効を迎えました。
捜査を指揮した土田國保は、捜査員に宛てた手紙を残しています。
そこには、事件を終えざるを得なかった無念さがにじんでいました。

さらに時効後、
モンタージュ写真に使われていた人物が事件と無関係で、すでに亡くなっていた男性だったことが報じられます。
その経緯は、遺族に説明されていませんでした。

三億円事件は未解決のまま終わりました。
残されたのは謎だけではなく、
疑われた人々、壊れた人生、説明されなかった事実でした。

この事件は今も、
終わらせられなかった事件として語り続けられています。

まとめ

三億円事件は、白昼に起きた大胆な犯行として語られ続けてきましたが、その本質は「奪われた金額」だけではありませんでした。脅迫状と白煙による心理操作象徴として独り歩きしたモンタージュ写真、そして捜査と報道の中で疑われ、人生を狂わされた人々の存在が、事件の裏側にありました。未解決のまま時効を迎えたことで、真相は閉ざされましたが、残された傷や問いは今も消えていません。この事件は、過去の出来事ではなく、社会が向き合い続けるべき重い教訓として、静かに問いかけ続けています。

【未解決事件 File.09】年末特別編 世田谷一家殺害事件|特命捜査とDNA鑑定が動かす真相 NHK 2025年12月30日

 


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