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NHK【小さな旅】この街の志を 〜神奈川県 川崎大師界わい〜|川崎大師参道グルメと久寿餅、FM大師、りんでん喫茶店で味わう下町散策 |2026年1月25日

小さな旅
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川崎大師の街で受け継がれる“志”の物語

このページでは『小さな旅 選「この街の志を 〜神奈川県 川崎大師 界わい〜」(2026年1月25日放送)』の内容を分かりやすくまとめています。
参道に立ちのぼる香のけむり、老舗の久寿餅店に息づく職人の想い、そして住宅街で半世紀続く喫茶店の優しい灯り。
さらに、地域の声をつないできたコミュニティFMの温かなスタジオ――。
にぎやかさと下町のぬくもりが混ざり合うこの街には、人々の静かな情熱が息づいています。

川崎大師平間寺が見守る下町の風景

川崎市川崎区の中心で凛と佇む川崎大師平間寺は、平安時代から続く厄除けの名刹です。参道に足を踏み入れた瞬間、線香の香りと人々の祈りが静かに混ざり合い、この街の呼吸そのものが感じられます。大山門から本堂へ続く道には、参拝客の笑顔や店先から漂う甘い香りがあふれ、昔ながらの下町の暖かさがそのまま残っています。
番組では山本アナが本堂を参拝し、歴史と日常が一つに溶け合うような時間を過ごしていました。この地に流れる“志”の根源は、この寺が長い年月をかけて育んできた人々の信仰と暮らしに支えられています。

受け継がれる久寿餅の味と職人親子のこだわり

川崎大師の参道でひときわ存在感を放つのが、発酵菓子として全国に知られる久寿餅です。くず粉ではなく小麦でんぷんを乳酸発酵させ、13か月以上寝かせて仕上げる独特の製法は、川崎大師の名物として確固とした地位を築いてきました。
登場した横尾和敏さんとその父親は、毎日の気温や湿度を見て微妙に調整する“種かき”や蒸し時間に全神経を注ぎ、理想の弾力と風味を生むため一切の妥協を許しません。親子が向き合う作業台の上には、発酵の力と長い年月の技が凝縮されています。
山本アナが味わった久寿餅は、しっとりした食感と黒蜜の深い甘さが口いっぱいに広がり、ただの伝統菓子ではなく、この街の誇りそのものとして描かれていました。

漁師でもある喫茶店マスターが生むもう一つの日常

住宅街で57年にわたり続いている喫茶店「りんでん」を訪れた山本アナは、夫婦が営む温かな空間、そして驚きの裏側を目にします。
店主の高澤五郎さんは、実は現役の漁師でもあります。東京湾で船を操り、自ら釣り上げた魚を店のランチとして提供しているのです。アジやカサゴなどの鮮魚は、喫茶店らしからぬ本格的な味わいで、地域の常連客にとっては“海のごちそう”が楽しめる特別な場所になっています。
番組では、高澤さんが自ら船を出し、潮の流れを読む姿が映し出されていました。海と喫茶店という、全く異なる場所を同じ情熱で往復する生活が、この街の人々へのまっすぐな思いを体現しています。

コミュニティFMが紡ぐ地域のつながり

旅の終盤に登場したのは、地元密着のラジオ局「FM大師」。94.9MHzで広範囲をカバーし、“街の声をそのまま届ける”役割を担っています。須山さん夫妻が運営し、地域の店や会社を紹介する企画、地元イベントの案内など、温かい情報が常に流れています。
スタジオには、新人パーソナリティーとしてデビューした66歳の女性や、地域の子どもたちも出演。マイクの前で緊張しながらも言葉を紡ぐ姿には、ラジオが持つ不思議な力――人と人をやさしく結ぶ力――が感じられます。
工場や住宅が入り混じる川崎の街で、このラジオ局は“ご近所の心をつなぐ場所”として確かな存在感を放ち続けています。

川崎大師界わいが宿す「この街の志」

今回の旅で映し出されたのは、観光地としての賑わいだけではありません。
そこには、職人、漁師、喫茶店の夫婦、FM大師を支える人々といった、多様な暮らしを営む人々がいました。どの人も、自分にできる形で街のために働き、日々の営みを通して“志”を受け継いでいます。
川崎大師平間寺を中心に、久寿餅の暖簾が揺れ、住宅街の喫茶店からは魚の香りが漂い、ラジオ局には笑い声が響く。古いものと新しいもの、海と下町が重なり合うこの界わいには、何気ない日常の中に確かな情熱が流れているのです。

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川崎大師参道が「観光地」と「生活の場」を両立してきた理由

しげゆき
しげゆき

川崎大師参道は、全国から参拝者が訪れる有名な場所でありながら、地元の人たちの生活の場としても長く使われてきました。その理由は、観光向けにつくられた場所ではなく、暮らしの延長線上に信仰と商いがあったことにあります。参道は「見せるための通り」ではなく、「使われ続けてきた道」でした。この積み重ねが、今も観光と日常を自然に結びつけています。

寺を支えた人々の暮らしが町の形を決めた

川崎大師 平間寺は、漁師が弘法大師像を見つけたという伝承を起点に広まりました。最初から大きな権力や計画で整えられた町ではなく、寺を中心に人が集まり、住み、商いを始めたことで参道が育っていきました。参道沿いの店は、参拝者のためだけでなく、近所の人の普段の買い物や食事を支える存在でもありました。そのため、観光客が増えても、生活の機能が失われることはありませんでした。

商いが「特別」ではなく「日常」として続いてきた

参道の和菓子屋や飲食店は、特別なイベントの時だけ動く店ではありません。毎日店を開け、地元の人にも同じように商品を届けてきました。久寿餅の店も、参拝者向けの名物でありながら、町の味として親しまれてきました。観光用に作られた商品ではなく、日々の仕事として続けてきたからこそ、参道は「非日常」になりきらず、暮らしの匂いを残しています。

観光客と住民が同じ道を歩き続けている

川崎大師参道では、観光客と地元の人が同じ道を歩き、同じ店に立ち寄ります。通勤や買い物の途中で参道を通る人と、参拝に訪れた人が自然に交わる風景が今も続いています。通りを分けず、役割を切り離さなかったことが、観光地化が進んでも生活の場としての機能を守ってきました。この重なりこそが、川崎大師参道が持つ一番の強さです。


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