冬の秋田県湯沢市へ 小さな旅の始まり
NHKの旅番組 小さな旅 は、派手な観光地ではなく、ふだんの暮らしの中でがんばる人たちに寄りそってきた番組です。今回の舞台は、秋田県南部の城下町 湯沢市。タイトルは「冬 ここに働く 〜秋田県 湯沢市〜」です。
案内役はアナウンサーの山本哲也さん。深い雪に包まれたまちを歩きながら、冬だからこそ動き出す仕事を見つめていきます。
雪に負けずに、静かに、でも力強く働き続ける人たち。その姿を追いかけることで、湯沢という土地の歴史や誇りも浮かび上がってきます。
豪雪の城下町・湯沢市という場所
湯沢市は、秋田県南部にある人口約4万人のまちです。山々に囲まれ、冬には市街地でも1m前後の積雪になるといわれる特別豪雪地帯です。
雪は暮らしを苦しめる一方で、豊かな水や農作物を育ててもくれます。湯沢は、かつて仙台藩と秋田藩の境に近い城下町で、今も古い町並みや商家の蔵が残っています。
番組では、その雪のまちで、冬のあいだにこそ動き出す3つの仕事に光を当てます。
ひとつは世界にも知られる 稲庭うどん。
ひとつは約800年の歴史を持つ 川連漆器。
そしてもうひとつが、根まで食べられる伝統野菜 三関せり です。
どれも、冬の暮らしと切り離せない仕事です。
冬に受け継がれる稲庭うどんづくりと佐藤養助の挑戦
湯沢市の名物といえば、やはり 稲庭うどん です。細くてつるりとしたのどごし、しっかりとしたコシ。乾麺なのに、ていねいに手伸ばしされた生地の力強さが残っています。
その中でも、全国に店を展開しているのが 佐藤養助商店。万延元年に創業し、明治期には宮内省の御用達にもなったという老舗です。
もともと稲庭うどんは、農家が冬の副業として作り始めたものと伝えられています。雪で田んぼ仕事ができない時期に、家の中でできる手仕事として発達しました。手でこね、何度も伸ばし、乾燥させる工程には、細かな温度や湿度の見きわめが必要です。
かつては、製法は一子相伝。佐藤養助の名を継ぐ者だけに作り方が伝えられる、とても閉じた世界でした。しかし番組では、7代目が「地域のために」と製法を公開したエピソードが紹介されます。秘伝を守るだけでなく、地域の産業として残していくことを選んだのです。
この決断があったからこそ、今では多くの職人が稲庭うどんづくりに関わり、国内外へ販売されるまでになりました。
コロナ禍の危機と雇用を守ろうとした八代目の決断
番組の中で、とくに心に残るのが、八代目が語る コロナ禍 の話です。
観光客が消え、百貨店や飲食店も営業を縮小。稲庭うどんの売り上げは大きく落ち込みました。倉庫には出荷できない商品が積み上がり、世界中に広がっていた販路も止まりかけてしまいます。
それでも八代目は、「何としても雇用は守りたい」と語ります。
売り上げがなくても、職人たちの手を止めるわけにはいかない。技術は急には戻ってこないし、一度職人が辞めてしまえば、また育てるのに長い時間がかかります。
そこで会社は、在庫を抱えるリスクを承知で製造を続けたり、新しい販路を探したりと、試行錯誤を続けました。番組では、その時期の不安な空気と、それでも前を向こうとする表情が静かに映し出されます。
雪にじっと耐える田んぼのように、じわじわと耐え続ける覚悟。
湯沢の冬の厳しさは、こうした経営者や職人の心のあり方にも重なって見えてきます。
八百年続く川連漆器 冬の農家仕事から生まれた技
次にカメラが向かったのは、湯沢市川連地区で作られている 川連漆器 です。
川連漆器の歴史は、約800年前の鎌倉時代にまでさかのぼるといわれています。源頼朝の家臣の一族がこの地に館を築き、家臣たちに刀の鞘や弓などの武具に漆を塗らせたのが始まりとされ、その後、農民たちの冬の内職として広がっていきました。
雪で畑の仕事ができないあいだに、木地を削り、下地を塗り、何度も漆を重ねていく。時間のかかる作業を支えたのは、冬の長い夜と、薪の火だけだったとも言われます。
現在の川連漆器は、椀や重箱、盆など、日常づかいの器として親しまれており、その堅牢さと使いやすさから国の伝統的工芸品にも指定されています。
番組では、その川連漆器の仕事場を訪ね、今も冬を中心に続けられている制作風景を追いかけます。
攝津広紀さんのものづくりと分業制を越えたオリジナル
登場するのは、川連漆器の職人で3代目の攝津広紀さんです。
川連漆器の世界では、長く「木地」「下地」「塗り」「加飾」といった分業制が取られてきました。効率よくたくさん作るためには、同じ作業をくり返す分業はとても合理的です。
しかし攝津さんは、その分業制から一歩踏み出し、自分で工程の多くを手がけるスタイルを選びました。木地の段階から形にこだわり、漆の色やつや、加飾の方法までトータルで考えることで、オリジナリティの高い作品を生み出しています。
番組では、作業場の静かな空気の中で、攝津さんが器の表面を指でなぞりながら、厚みや重さのバランスを確かめる様子が映ります。
「伝統を守るだけでなく、自分の時代の川連漆器を作りたい」
そんな思いが、シンプルでモダンな器に表れているように感じられます。
雪国で育まれた古い技術が、今も変化し続けている。そのダイナミックさこそ、地域の伝統産業が生き延びる力なのだと伝わってきます。
若手職人・加藤千貴さんが歩む新しい川連漆器の道
攝津さんのそばには、若い弟子の加藤千貴さんがいます。年齢は28歳。
番組では、加藤さんが木地を削ったり、漆を塗ったりしながら、時おり緊張した表情を見せる姿が印象的です。漆器づくりは、ひとつの器が完成するまでに何十もの工程があり、わずかな気温や湿度の変化でも仕上がりが変わってしまう、気の抜けない仕事です。
日本の伝統工芸では、後継者不足が共通の課題になっています。川連漆器も例外ではなく、最盛期には600人以上いた職人が、今では大きく減っていると言われます。
そんな中で、20代の若い人が漆器の道を選び、この土地で暮らしていくことには、大きな意味があります。
撮影の中で、加藤さんはまだ不安も抱えながら、それでも「ここで続けていきたい」という気持ちを口にします。その姿から、「伝統を残す」という言葉が、誰か特別な人ではなく、ひとりひとりの生活の選択の積み重ねなのだと気づかされます。
伝統野菜「三関せり」雪国が育てた根までおいしい味
3つ目に紹介されるのが、湯沢市三関地区で作られている伝統野菜 三関せり です。
三関せりは、鮮やかな緑色とさわやかな香り、シャキシャキした食感が特徴のせりで、最大の特徴は白く長い根です。湯沢市三関地区で約300年前から栽培されてきたとされる伝統野菜で、鍋料理やきりたんぽ鍋には欠かせない存在です。
寒さが厳しいこの土地では、せりはゆっくりと成長し、地中深くまで根を伸ばします。その結果、葉や茎だけでなく、根にも旨味がぎゅっと詰まるのです。
番組では、雪が積もった畑の中で、農家さんたちが冷たい水に手を入れながら、せりを一株ずつていねいに掘り上げ、根についた土を洗い落としていく様子が映されます。
「根まで食べてほしい」
その思いで、収穫後の洗浄にもたっぷりと地下水が使われます。山からしみ出した伏流水が、せりの成長も、きれいな仕上がりも支えています。
冬の農家を支える三関せりの収穫作業と地下水の恵み
三関せりの収穫は、冬のあいだ、ほぼ毎日のように続きます。
番組で紹介された農家の畑には、他の農家の人たちも手伝いに入っていました。雪で他の作物が育たない季節に、この収穫作業が大切な収入源となるからです。
たくさんの人が、腰まで雪に埋まりながら、黙々と手を動かす光景。そこには、豪雪地帯ならではの助け合いの文化も見えてきます。
三関地区は扇状地に位置し、山々からの伏流水が豊富に湧き出す場所です。その清らかな水があってこそ、三関せりの白く長い根が育ち、洗浄にも惜しみなく使うことができます。
雪、水、土、人の手。
この4つがそろってはじめて、三関せりは「根まで食べられるせり」として市場に並ぶのだと、番組はさりげなく教えてくれます。
「冬 ここに働く」湯沢市で今も息づく暮らしと誇り
番組の最後、山本哲也さんは、雪の降りしきる湯沢の町を見つめながら旅を締めくくります。
豪雪という厳しい現実の中で、それでも黙々と手を動かし、技を磨き、味を守る人たち。
稲庭うどん を伸ばす職人の手。
川連漆器 に漆を重ねる刷毛。
三関せり を冷たい水で洗う指先。
どの仕事も、冬になったからこそ動き出す仕事です。
雪が降るたびに、屋根にのぼって雪を下ろし、道を除雪し、それでも工房の明かりやビニールハウスの灯りは消えることがありません。
秋田県湯沢市は、観光パンフレットに大きく載る華やかな観光地ではないかもしれません。それでも、この土地ならではの食と工芸が、世界へ、そして日本中の食卓へと静かに届いています。
「冬 ここに働く」というタイトルには、そんな誇りが込められているように感じました。
雪の向こう側にある、人の暮らしの温かさまで伝わってくる小さな旅でした。
NHK【あさイチ】秋田県 湯沢市 伝統の技が光る 稲庭うどん――一子相伝の手綯い工程と発祥・佐藤市兵衛の物語
雪国の湿度と気温が稲庭うどんの乾燥に向く理由

秋田県湯沢市の冬は、とても寒く雪が深い地域です。この環境は、実は稲庭うどんを乾燥させる工程にとても向いています。ここでは、その理由をわかりやすく紹介します。
気温が低いことで生地がゆっくり乾く
冬の湯沢市は気温が低く、室内に取り込む空気も冷たくなります。この冷たい空気は急激に水分を奪いません。うどんの生地は一気に乾かすと割れたり縮んだりすることがありますが、湯沢の冬の空気なら、表面と中の水分が同じペースでゆっくりと抜けていきます。この「ゆっくり乾く」という状態が、均一でなめらかなうどんを作るためにとても大切です。
湿度が安定して生地が割れにくい
雪国の冬は外が乾燥していそうに見えますが、湯沢の冬の空気は湿度が比較的安定しており、急に乾燥したり湿ったりする変化が少ない環境です。この安定した湿度によって、うどんの生地がひび割れにくくなります。手延べで細く伸ばされた生地はとても繊細なので、この湿度の安定が仕上がりを左右します。
冬の気候がコシのある仕上がりを生む
低温でゆっくり乾燥すると、生地の内部に残る水分が均等に抜け、うどんの中に細かいすき間が生まれます。このすき間が、ゆでた時に弾力とつるみを感じる稲庭うどん独特のコシになります。湯沢の冬の気候そのものが、食感を作る大切な工程を支えているのです。
湯沢の冬は厳しいですが、その寒さと湿度こそが、細く美しい稲庭うどんを作り上げてきた背景にあります。こうした理由を知ると、手間ひまをかけて作られたうどんの一杯が、より味わい深く感じられます。
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