現代ジャーナル「ハーンが愛した街・松江」
「おとなのEテレタイムマシン 現代ジャーナル ハーンが愛した街・松江」は、2026年にEテレが放送するアーカイブ番組です。
取り上げられるのは、1990年に放送された「現代ジャーナル」の一本。ラフカディオ・ハーンが日本へやって来てから百年という節目に、ハーンが「もっとも愛した」とされる島根県松江市をじっくり見つめたドキュメンタリーです。
番組では、来日100年を記念して開かれた式典やシンポジウムの様子、そしてハーンが歩いた街並み、ゆかりの場所をたどりながら、「なぜハーンはこの街を愛したのか?」という問いに迫っていきます。
過去の映像を通して、視聴者は昭和の終わりから平成のはじめにかけての松江と、そこに息づくハーンの記憶を追体験していきます。
来日百年の節目に映し出されたラフカディオ・ハーン像
番組の軸にいるのは、のちに日本名小泉八雲となるラフカディオ・ハーンです。
一八五〇年、ギリシャのレフカダ島で生まれ、アイルランドやアメリカで記者・作家として活動してきたハーンは、一八九〇年に念願の日本へやってきました。
同じ年の夏、彼は島根県の城下町・松江に着き、島根県尋常中学校と師範学校の英語教師として働き始めます。
番組は、この松江時代を中心に、ハーンの人生の流れをコンパクトに紹介していきます。ギリシャで生まれ、アイルランドで育ち、アメリカで記者として腕を磨き、日本で作家として花開いた――そんな「世界を渡り歩いた一人の人間」が、なぜ日本の地方都市・松江に深い愛着を抱いたのかが、静かな語り口で語られます。
背景の知識として、ハーンは後に『知られぬ日本の面影』や『怪談』といった作品で世界的に知られる存在になります。これらの本には、松江で見聞きした人々の暮らしや心のありようが、数多く描き込まれています。
番組は、その「原風景」が生まれた街の姿を、百年後の視点から見つめ直していきます。
ハーンが「いちばん愛した」と語った城下町・松江の風景
番組の大きな見どころは、ハーンが愛した松江の街並みを、記録映像でたっぷり見せてくれるところです。
宍道湖と中海にはさまれた「水の都」と呼ばれる松江は、堀川とお城を中心とした城下町です。番組では、松江城の周りを取り巻く武家屋敷や、堀川沿いの静かな通りを歩きながら、ハーンが見たであろう風景をたどっていきます。
特に、城下町らしい雰囲気を色濃く残す塩見縄手の通りは、ハーンゆかりの場所が集まるエリアとして紹介されます。白壁の屋敷、石垣、並木道。そこに差し込む湖からの光や、水面を渡る風が、ゆっくりと画面の中を流れていきます。
少しだけ補足すると、松江は江戸時代から交通の要所で、山陰地方の政治と文化の中心でした。城下町の姿が今も残っているため、「日本らしい情景」を求めて国内外から多くの旅行者が訪れる街でもあります。
ハーンがここに魅了されたのは、風景の美しさだけではなく、そこに暮らす人々の、慎ましくも温かい生活のあり方だったと考えられています。
来日百年記念式典と胸像除幕式でよみがえるハーンへのまなざし
1990年は、ハーンの「来日100年」にあたる年でした。
番組では、松江市で行われた来日百年記念式典の様子が紹介されます。式典には、地元の関係者だけでなく、ハーン研究者やゆかりの人びとが国内外から集まり、スピーチや挨拶を通して、ハーンへの感謝と尊敬の思いを語ります。
あわせて、ハーンの胸像の除幕式の場面も取り上げられます。
松江の人びとが見守るなか、布が外され、静かな表情をたたえたハーンの姿が現れる。その瞬間、会場から自然と拍手が起こり、百年を経てもなお、ハーンがこの街で生き続けていることが伝わってきます。
現在、松江市の小泉八雲記念館前には、ハーンの立像が設置されており、その建立も1990年の来日百年を記念して行われました。
番組は、こうしたモニュメントの意味を映像で示しながら、「一人の外国人作家が、ここまで深く愛され続ける理由」を考えさせてくれます。
世界から研究者が集まった国際シンポジウムのテーマ
番組のもう一つの柱が、ハーン来日100年を記念して開かれた国際シンポジウムです。
会場には、日本だけでなくギリシャやアイルランドなど、ハーンと縁のある国々から研究者たちが集まり、ハーンの作品や人生について、さまざまな角度から発表や議論を行います。
話題になるのは、たとえば「ハーンはどこの国の作家なのか」という問いです。
ギリシャで生まれ、アイルランドで育ち、アメリカで記者として活躍し、日本で作家として名を残したハーンは、一つの国におさまりきらない存在です。研究者たちは、それぞれの立場から、ハーンの「帰属」をめぐって意見を交わします。
ここで語られるのは、国籍や出身地だけではなく、「どの言語で書いたのか」「どんな文化を見つめていたのか」という視点です。
番組は、こうしたやり取りを通して、「異なる文化の間で生きる人」にとって、ハーンが今も重要な存在であることを浮かび上がらせます。
松江に残る小泉八雲ゆかりの場所と当時の暮らし
番組は、ハーンの足跡をたどるように、松江に残るゆかりの場所を紹介していきます。
その中心になるのが、塩見縄手の一角にある小泉八雲記念館と、すぐとなりにある小泉八雲旧居です。
記念館には、ハーンの自筆原稿や初版本、愛用の机と椅子などが展示されています。視力が弱かったハーンのために高さを工夫して作られた机は、彼が原稿に向き合う姿を想像させる大切な資料です。
旧居は、武家屋敷を利用した質素な日本家屋です。
畳の部屋、障子越しのやわらかい光、庭に植えられた木々。番組では、ここでの暮らしぶりをイメージできるように、部屋の配置や窓から見える景色をじっくり見せていきます。
背景情報として、ハーンはこの松江時代に、後に妻となる小泉セツと出会い、日本の家族の中で暮らし始めます。その日々のなかで、彼は神話や民話、庶民の暮らしに宿る「日本の心」を感じ取り、自分の言葉で世界に伝えようとしました。
番組は、生活の場としての家と、その周りの街をていねいに映すことで、ハーンの創作の源を視覚的に伝えています。
ハーンが松江で見つけた日本の精神と、その後の代表作
現代ジャーナルの語りは、松江での体験が、その後の代表作にどうつながっていったのかにも触れていきます。
ハーンの代表作のひとつ『知られぬ日本の面影』には、出雲地方の神話や祭り、人々の信仰がいきいきと描かれています。その多くは、松江時代に見聞きした出来事をもとにしているとされています。
番組は、松江周辺の神社や寺、湖畔の風景を映しながら、「日本のどこにでもある日常」のなかに、ハーンが驚きと敬意を見いだしていたことを紹介します。
たとえば、家の仏壇に向かって手を合わせる姿、季節ごとの祭り、子どもたちの素朴な遊び。そうした小さな場面が、ハーンにとっては「知られざる日本」を象徴する情景でした。
ここで少し専門的な補足をすると、ハーンの作品は「オリエンタリズム」の議論の中で語られることも多く、外国人が日本文化をどう見たかという点で重要なテキストです。
番組は難しい学問用語を使うのではなく、ハーン自身の文章や、作品を読み継いできた人びとの言葉を通して、その魅力をやさしく伝えていきます。
番組が伝える、ハーンを今に受け継ぐ松江市民の思い
1990年当時の映像には、ハーンを敬愛する松江市民の姿も多く映し出されます。
学校でハーンを題材に作文を書く子どもたち、スピーチコンテストに挑戦する若者、ガイドとして観光客にハーンの足跡を説明する地元の人たち。こうした取り組みは、ハーンの来日百年を機にまとめられた報告集にも詳しく記録されています。
番組は、ハーンを「遠い昔の偉人」としてではなく、「今もこの街の暮らしの中で生きている存在」として扱っています。
インタビューに応じる人たちは、「外国人なのに日本人より日本の心をわかっていた人」「松江を世界に紹介してくれた恩人」といった言葉でハーンを語り、その表情から、素朴であたたかな尊敬の気持ちが伝わってきます。
松江にとってハーンは、「観光の顔」であると同時に、「自分たちの街を見つめ直す鏡」でもあります。
番組は、そのことを、派手な演出ではなく、静かな映像と言葉でじっくりと見せてくれます。
おとなのEテレタイムマシンとして、いまこの番組を見る意味
最後に番組は、アーカイブを掘り起こして放送する「おとなのEテレタイムマシン」という枠の意味も、さりげなく伝えてくれます。
1990年に撮られた映像は、すでに三十年以上前のものですが、そこで語られる「異文化を理解しようとするまなざし」や、「一人の作家を通して街を誇りに思う気持ち」は、今を生きる私たちにもそのまま響いてきます。
移動や情報発信の手段が大きく変わった現代だからこそ、ハーンのように、時間をかけて一つの街と向き合い、その奥にある物語を掘り起こす姿勢が、改めて価値を持ち始めています。
そして、松江の人びとが百年の時をこえてハーンを記念し続けてきた歴史は、「よそから来た人も、この街の一員として大切にする」というメッセージにも読み取れます。
この番組を観ることで、視聴者はラフカディオ・ハーンという作家の魅力だけでなく、「一つの街を愛する」ということの豊かさにも触れることができます。
過去のドキュメンタリーを通して、今の私たちの暮らしや、人とのつながり方を見つめ直す――それこそが、「おとなのEテレタイムマシン」が届けてくれる時間旅行なのだと感じさせてくれる一本です。
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