鈴木修が世界を動かした理由
このページでは『午後LIVE ニュースーン(2026年1月28日放送)』の内容を分かりやすくまとめています。
岐阜の山あいで生まれた一人の青年が、やがてスズキを世界へと導く存在になる――その歩みはまるで物語のようでした。
机より現場を選び、汗と土の匂いのする工場で学んだ経験は、のちにアルトやワゴンRという大ヒット車を生み出す力となりました。さらにインド進出や大手メーカーとの提携など、次々と挑戦を続け、日本の小さな軽自動車メーカーを世界規模へ押し上げていきます。
常に未来を見据え、自らの足で現場に立ち続けた94年の軌跡。その一歩一歩が、今のスズキを形づくりました。
鈴木修の原点と「浜松のスズキ」への道のり
鈴木修さんは、岐阜県下呂市の農家に生まれ、働きながら中央大学法学部へ進学しました。卒業後は銀行に勤めていましたが、取引先だったスズキ自動車工業に娘婿として招かれ、28歳で入社します。入社直後から「現場を見たい」と強く願い、新工場の建設を担当しました。現場の声を聞きながら徹底的に工程を見直し、予算の1割を残して完成させた経験が、後に生涯貫いた現場主義とコストダウン哲学の原点になりました。
本社のある静岡県浜松市は、二輪車や楽器が集まる“ものづくりの街”。この土地の気質に支えられながら、鈴木さんはスズキを世界へ広げる土台を築いていきました。
軽自動車の常識を覆した「アルト47万円」の衝撃
1970年代後半、日本はオイルショックの真っただ中で、軽自動車の未来が不透明な時代でした。そんな中1979年に登場したのが、車両価格47万円という衝撃の安さを打ち出したアルトです。グラム単位で部品を軽量化し、内装の素材まで見直すなど、細部まで無駄を削り続けたことで、この価格が実現しました。
軽量化により燃費性能も大幅に向上。当時の日本の家計を直撃していたガソリン価格の高騰において、アルトは“安く走れる車”として一気に人気を集めます。アルトの成功は軽自動車市場を再び活性化させ、スズキを国内トップメーカーへ押し上げる転機となりました。
GM提携とインド進出で進んだ世界戦略
アルトで国内基盤を固めたスズキは、次のステージとして世界市場に挑みます。1981年、アメリカのゼネラルモーターズ(GM)と正式に提携し、北米での販売網を得ることで海外展開を加速させました。
さらに1983年には、インド政府の「国民車を作ってほしい」という要請に応え、国営企業マルチ・ウドヨグとの合弁でインドへ進出。道路事情も厳しい国でしたが、壊れにくく扱いやすい小型車を作り続けた結果、現在のスズキ(マルチ・スズキ)はインドでシェア約50%を獲得する巨大企業へと成長しました。
その後もハンガリーやベトナムなどにいち早く生産拠点を築き、スズキは“軽自動車メーカー”から“新興国の移動を支える企業”へと姿を変えていきます。
不況を味方に変えた「ワゴンR」と現場主義
1990年代、バブル崩壊と円高によって日本の自動車産業は深刻な不況に陥りました。しかしスズキは、この逆境の中で新しいヒットモデルを生み出します。それが1993年に発売されたワゴンRです。
背の高いボディにより広い室内空間を確保し、「小さくてもゆったり乗れる軽」という新ジャンルを切り開きました。当初は月販4,000台の計画だったにもかかわらず、実際には1万台以上の注文が殺到。ワゴンRはスズキの新たな代表車となり、軽自動車の世界をさらに広げました。
鈴木さんは80歳を過ぎても工場に足を運び、細かい改善点を次々と指示。現場から無駄を見つけ、どうすれば1円削れるか、どうすれば1秒短縮できるかを常に考え続けていました。この姿勢が、不況でも利益を確保し続ける“スズキらしさ”をつくりあげました。
世界の巨大メーカーと手を組み電動化時代へ
2000年代後半、世界的金融危機となったリーマン・ショックでGMが経営難に陥り、提携は終了。しかし鈴木さんはすぐに次の一手を打ちます。
環境技術の強化を目指してドイツのフォルクスワーゲン(VW)と資本提携を結び、のちにはトヨタ自動車との提携へと舵を切りました。スズキの得意とする小型車技術と、トヨタの電動化・安全技術を組み合わせることで、次世代モビリティに向けた体制が整えられていきます。
どれほど企業規模が大きくなっても、「スズキは浜松の中小企業だ」という意識を忘れず、小回りの利く意思決定で次々と未来への扉を開いていったのが鈴木修さんでした。
94年の生涯が自動車産業に残したもの
鈴木修さんは94歳で亡くなるまで、ずっと現場の空気を吸い続けた経営者でした。農家の生まれから中央大学、銀行勤務を経てスズキへ入り、アルト、ワゴンRという大ヒット車を世に送り出し、インドを中心に世界の足となる企業へと育てました。
「現場に答えがある」という信念を生涯貫き、日本の小さな軽自動車メーカーを世界に広げたその姿は、今も浜松やインドの街角、そしてスズキの車を必要とする多くの人々の中で生き続けています。
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