走る宮殿の秘密に迫る
このページでは「走る宮殿 お召列車・華麗なる美と歴史(2026年2月23日放送)」の内容を分かりやすくまとめています。
天皇、皇后などが乗車するお召列車。その内部は「走る宮殿」と呼ばれるほど、絹の玉座や精緻な装飾で彩られています。
さいたま市の鉄道博物館に保存される御料車の姿や、明治から令和へと続く歴史をたどりながら、華麗な美と知られざる背景に迫ります。
「走る宮殿」と呼ばれるお召列車とは

(画像元:鉄道王国物語7 お召列車スペシャル | 驚き!ニッポンの底力 | NHK)
天皇、皇后などが乗車するお召列車は、ふつうの移動手段というより、「国の大切な場面を運ぶ特別な列車」です。一般の人が乗る列車とは運行のしかたも違い、安全や警備、時間の組み方まで、すべてが特別仕様になります。
番組「走る宮殿 お召列車・華麗なる美と歴史(2026年2月23日放送)」は、その特別さを、見た目の豪華さだけでなく、列車が背負ってきた歴史の重さまで含めてたどっていきます。
お召列車という言葉はむずかしく見えますが、言ってしまえば「その時代の最上級の技術と心づかいを集めた、いちばん大切な人のための列車」です。だからこそ“走る宮殿”と呼ばれてきました。
さいたま市・鉄道博物館で守られる御料車6両

(画像元:鉄道博物館 | スポット一覧 | VISIT SAITAMA CITY)
今回の大きな見どころは、さいたま市の鉄道博物館で、ふだんは大きなガラスケースの中で保存・展示されている御料車6両の「車内」にカメラが入ることです。
鉄道博物館は埼玉県さいたま市大宮区にあり、館内には歴史的な車両が数多く展示されています。所在地や連絡先などの基本情報も公式に公開されています。
さらに館内の案内では、御料車が車両展示エリアに展示されていること、そして「1号御料車(初代)」など、車両ごとの由来が整理されているのが分かります。
こうした車両は、古いからすごいだけではありません。長い時間を生き抜いた本物を、傷めないように守りながら、私たちが学べる形で見せてくれる。そこに博物館の役割があります。
絹の玉座と刺しゅう、らでんがつくる車内の美
番組は「美の世界」を、かなり具体的に見せていきます。車内には絹織物の玉座があり、細かい刺しゅう絵、そして光の角度で表情が変わる螺鈿(らでん)など、職人の技が重なった内装が登場します。
ここで大事なのは、豪華さが“派手さ”だけでできていないことです。近くで見たときに分かる細工、手で触れたくなる質感、静かに気品を出す色合い。そういうものが積み上がって、乗った人の気持ちまで整える空間になっています。
そして、御料車が「走る宮殿」と言われる理由は、宝石みたいな飾りがあるからではなく、列車の中に“格式のある部屋”を本気で作ってしまったからだと感じます。
剣と勾玉を置く棚が語る「三種の神器」の存在
番組の説明の中で、特に目を引くのが、車内に「天皇が携行する三種の神器の剣と曲玉(まがたま)を置く棚もある」という点です。
この一文だけでも、お召列車がただの豪華客車ではなく、国家の大切な儀礼や象徴と深く結びついていたことが伝わります。剣と勾玉は「剣璽(けんじ)」としてまとめて呼ばれることもあり、歴史の中で特別な意味を持ってきました。
補足として、三種の神器は“すごい宝物”というより、「日本の歴史の中で、天皇の地位や儀礼と結びついて語られてきた象徴」です。だからこそ、置き場所ひとつにも、ルールと緊張感が宿ります。
明治から令和へ お召列車が走り続けた歴史
番組は、明治から令和に至るまでのお召列車の激動の歴史もたどります。
明治は、日本の鉄道そのものが広がっていった時代です。そうした鉄道の発展と一緒に、お召列車や御料車も“その時代の最上級”として整えられていきました。鉄道博物館の案内からも、明治期に製造された御料車が存在し、文化財として扱われていることが分かります。
そして時代が進むほど、列車に求められるものは変わっていきます。技術は新しくなり、社会の空気も変わる。それでも「大切な場面を安全に、きちんと運ぶ」という役目は変わらず続いてきました。
番組の語りを担当するのは和久田麻由子さんと案内されています。落ち着いた言葉で、この“美”と“歴史”の両方をつないでいく構成になりそうです。
まとめとご案内
本記事は「走る宮殿 お召列車・華麗なる美と歴史(2026年2月23日放送)」の事前情報をもとに構成しています。内容は公式発表をもとにまとめていますが、実際の放送内容と一部異なる場合があります。
お召列車の華麗な内装や歴史的背景、御料車の保存展示など、見どころを中心に整理しました。放送後、新たな事実や詳細が確認でき次第、必要に応じて追記いたします。
NHK【歴史探偵】旅する明治天皇 巡幸の真実と六連島灯台から小島行在所、開拓使麦酒醸造所までたどる近代化の軌跡|2026年1月28日
明治期に誕生した御料車の背景

ここでは番組内容に加えて、明治期の御料車がどのように生まれたのかを紹介します。日本の鉄道が始まったばかりの時代、国の近代化とともに特別な車両が必要とされました。その背景を知ると、お召列車の価値がよりはっきりと見えてきます。
鉄道創業期と国家の近代化
日本で最初の鉄道が開通したのは明治5年、1872年の新橋―横浜間です。まだ鉄道そのものが珍しかった時代です。線路も車両も多くは外国の技術を取り入れながら整備されました。鉄道は人や物を運ぶだけでなく、「新しい日本」を象徴する存在でした。その成長の中で、天皇の移動を安全に、そして格式高く行うための専用車両が求められました。こうして御料車が誕生します。
宮内省と職人たちの関わり
当時は宮内省が皇室に関わる事務を担っていました。御料車の製造には鉄道技術者だけでなく、宮内省と関わりのある工芸職人も参加しました。内装には絹織物が使われ、天井や壁面には精緻な装飾が施されました。木材や金具も厳選され、見えない部分まで丁寧につくられています。単なる移動手段ではなく、「走る宮殿」と呼ばれるにふさわしい空間を目指して仕上げられました。
技術と伝統が結びついた車両
明治期の御料車は、外国から学んだ鉄道技術と、日本の伝統工芸が一体となった車両です。安全性や耐久性を重視しながらも、内部には日本らしい美意識が息づいています。近代化の象徴である鉄道と、長い歴史を持つ工芸文化が一つになった姿がそこにあります。明治から令和へと続くお召列車の歴史は、この時代の挑戦から始まったのです。
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