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【歴史探偵】お殿様の秘宝はなぜ人魚のミイラだったのか 南部家と江戸時代博物学の謎|2026年1月21日★

歴史探偵
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金銀ではなかった“お殿様の宝”が語り始める物語

このページでは『歴史探偵 お殿様の秘宝(1月21日放送)』の内容を分かりやすくまとめています。
お殿様のお宝と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは金や銀、豪華な調度品かもしれません。ところが今回、姿を現すのは怪しげな石や人魚のミイラ。ひと目では価値が分からない、不思議な品ばかりです。
なぜお殿様は、これらを大切に集めたのか。そこには、当時の殿様に課せられていた重要な役割と、世界へとつながる大きな流れが隠されていました。歴史と科学が交差する調査の先で、静かに眠っていた秘宝が語り出す真実に迫ります。

南部家の“秘宝”とは何か

番組が追うのは、南部家の秘宝と呼ばれる、八戸藩・南部氏が代々集めてきた特別なコレクションです。そこに並ぶのは、きらびやかな金銀財宝ではありません。人魚や天狗のミイラ、正体不明の石、ラベルの付いた植物や鉱物、生薬のような品々です。

これらは偶然集められたものではなく、すべて「見る」「比べる」「調べる」ための標本として丁寧に管理されてきました。容器の形や保存の仕方からも、南部家がこれらを単なる珍品ではなく、知識の対象として扱っていたことがはっきりと伝わってきます。

なぜ八戸藩の殿様は、価値が分かりにくいものにこれほど力を注いだのか。金にならない宝を集め続けた行動そのものが、すでに大きな意味を持っています。この“秘宝”こそが、殿様の役割と時代の使命を解く、決定的な手がかりなのです。

目玉は「人魚のミイラ」科学調査で何が分かる?

この回の中心に立つのは、まちがいなく人魚のミイラです。
お宝の箱から出てくるのは、伝説の存在を思わせる異様な姿。その瞬間、ただの珍品では終わらない空気が走ります。

しかも注目は「ある」「ない」の話ではありません。
資料目録には「天狗と人魚のミイラ」が特に重要なものとして記され、なかでも「双頭の人魚」は関連資料がいくつも残っているとされています。人魚の“百ヒロ”“足皮”“肉”“ホ子”“頭皮”といった言葉が並ぶ時点で、南部家がこれを一度きりの見せ物ではなく、繰り返し向き合う対象として扱ってきたことが伝わってきます。

そして決定打になるのが、国立科学博物館による科学調査です。
X線撮影などの調査結果が具体的に記録され、双頭の人魚は「どのように作られたか」まで輪郭が浮かび上がります。頭部は紙の張子に魚の口がはめ込まれ、腕や手指には軸が通り、下半身は棕櫚(しゅろ)の木で形づくられ、表面のウロコやヒレはコイ類と同定された――。ここまで分かると、もう“伝説”の一言では片づきません。

つまり番組が見せるのは、「正体は人魚でした」という結論ではなく、人魚のミイラが“実物として成立するまでの仕組み”そのものです。
素材、構造、加工の痕跡。そこに歴史の記録と科学の目が重なったとき、これは不思議な置物から、時代の思想を映す証拠へと姿を変えます。

さらに目録には、江戸期の文献での人魚の説明や、疫病除けとして「人魚の瓦版」が流行したこと、見世物として「人魚の干物」が人気だったことにも触れられています。
この背景が加わることで、南部家が人魚を集めた理由は一気に深くなります。薬、まじない、見世物、そして知の収集。複数の目的が折り重なった地点に、南部家の“狙い”がはっきりと立ち上がってくるはずです。

「怪しげな石」標本コレクションの正体

番組に登場する「謎の石」の正体は、南部家が体系的に集めた標本コレクションです。
それは偶然拾われた石ではなく、鉱物として分類され、名前を与えられ、保存されてきた“調査対象”でした。

資料目録を見ると、鉱物・石類には一つひとつラベルが付けられ、「雲母(うんも)」など鉱物名らしき記載が残っています。ガラス容器に収められ、寸法や状態まで細かく整理されていることからも、八戸藩の南部家がこれらを明確に「標本」として扱っていたことが分かります。
ここにあるのは、不思議な石ではなく、知識として蓄えられた石なのです。

さらに展示紹介によれば、最後の八戸藩主である南部信順の資料の中には、生薬や鉱物に加え、人魚の爪や牙、肉、猿の手、象の肉といった品まで含まれていました。
一見すると混沌とした集まりですが、これらはすべて「正体を確かめ、記録する」ために集められたものです。

番組があえて怪しげな石と表現しているのは、見た目が奇妙だからではありません。
本当の異様さは、こうしたものを迷信や飾りではなく、「標本」として扱い、並べ、残した点にあります。石も、鉱物も、正体不明の物質も、すべては世界を理解するための材料でした。
この標本コレクションは、南部家が目に見えない価値よりも「知」を選び取った、静かな決断の証なのです。

なぜ集めた?藩主に求められた役割

南部家が“秘宝”を集めた理由は、はっきりしています。
それは見せるためでも、信じさせるためでもありません。殿様の役割として、記録し、分類し、世界を理解するためです。

八戸南部家旧蔵の人魚や天狗のミイラについて、資料目録は「見世物や信仰対象とは異なる側面から捉えられる資料」と断言しています。天狗には産地が明示され、人魚には複数の関連資料が残されていました。
これは偶然の収集ではありません。南部家は、正体不明の存在であっても、出どころを押さえ、形を比べ、情報として積み重ねてきたのです。

つまり南部家の収集は、珍品自慢ではなく、知の管理でした。
不思議なものを「信じる」のではなく、「調べる」。怪異を排除するのではなく、「理解しようとする」。その姿勢こそが、藩主に課せられた役割だったといえます。

最後の八戸藩主である南部信順が残した大量の標本は、藩の終わりとともに集められた“遺産”ではありません。
それは、幕末から維新という激動の時代に、殿様が果たそうとした使命の記録です。政治だけでなく、世界の成り立ちを知として集め、次の時代へ渡す。その静かな責任が、この秘宝の背後に確かに存在していたのです。

世界を巻き込む物語への接続点

この秘宝が導く先は、日本の一藩に閉じた物語ではありません。
南部家のコレクションは、そのまま世界を巻き込む物語へとつながっていきます。

資料目録には、明治6年に刊行された『萬國通商往来』の存在が示されています。そこには多種多様な交易品と並び、「人魚」が挿絵付きで掲載されていました。
これは、不思議な存在が空想の中にとどまらず、交易の対象として実際に流通していたことを意味します。珍品は国境を越え、海外へと運ばれていった可能性が高いのです。

人魚や天狗、鬼といった“ミイラ”は、時に薬として扱われ、時に高い稀少価値を持つ商品として取引されてきました。その過程では、より価値を高めるための精巧な偽装や加工も行われ、真贋が入り混じる世界が広がっていきます。
怪異は信仰であると同時に、知識であり、そして経済でもありました。

ここで、南部家の秘宝は決定的な意味を持ちます。
殿様の手元に残された標本は、世界中を巡った“怪しいモノ”の終着点であり、同時に検証の出発点でした。海外から入ってきた情報や品を、記録し、比べ、正体を確かめる。その作業が、日本と世界を静かにつないでいたのです。

番組が掲げる「歴史から科学まで」「専門家チームで解明」という構図は、この地点で一本につながります。
殿様のコレクションを掘り下げるほど、当時の知識ネットワークと国際的な流通の姿が浮かび上がり、物語は必然的に世界規模へと広がっていくのです。 

まとめ

お殿様の秘宝は、金銀財宝ではなく、人魚のミイラや怪しげな石といった「知」を集めた証でした。南部家は、不思議な存在を信仰や見せ物としてではなく、記録し、分類し、正体を探る対象として扱ってきました。その姿勢は、殿様に求められた役割であり、日本と世界をつなぐ知識の拠点でもあったのです。秘宝をたどることで、江戸から近代へ続く大きな流れが見えてきます。
※放送内容を確認し次第、事実関係や専門家の解説をもとに追記します。

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